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2016年01月26日

聖書の成り立ち(歴史)

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底本

翻訳の土台となる本を底本といいます。ややこしいことに聖書にはいくつかの底本があるのです。聖書は66冊の本を集めて編纂したもので66冊のそれぞれについて本当の本当に最初に書かれた一冊というのは確かにあったのです。でも旧約聖書の最初の本は今から約3500年前、新約聖書の最初の本は今から約2000年前に書かれました。これらのオリジナルは古すぎて残っていません。当時の紙は素材的にこれほど長い年月の使用や保存に耐えないのです。

これは印刷技術が発明されるよりはるか昔の話です。よってオリジナルの本は「手書き」で複製されていきます。私たちが今日発見するのはこうして手書きで複製された原書なのです。

これだけの厚みのある書物を手で書き写すのですからさぞかし写し間違いが発生するのだろうと思われる方は多いかも知れませんが、当時は聖書を写す「写本の専門職」がいて、発見されるそれぞれの原本と原本(「写本」とか「写し」と言います)は驚くほどの正確さで記述が合致します。発見される聖書の写しにはいくつかのタイプがあります。またそれぞれの写しが聖書のすべての本を収録しているわけではありません。ほんの少しの違いからそれらの写本は大きく3つのグループに大別され、そのグルーピングにはキリスト教の歴史と深く関わる理由があるのです。


Papyri

「papyri(パピリ)」は聖書の写しの最初の形です。古代エジプト・ギリシャ・ローマで用いられ、パピルス(papyrus)というナイル河畔に生えるアシに似た草から作った紙のようなものに書かれていることからこう呼ばれます。パピルスの木から作られた紙は、通常木の軸にグルグルと巻き付けて巻物状にして、それを細長い箱に収めて軸の部分を回して巻き取りながらスクロールして読めるようにしてあります。その後はパピルスを同じサイズになるように切断して切りそろえて、それを中央から半分に折って束ねるようになりました。つまり今日の本に近い形です。これを「codex(コーデックス)」と呼びます。

今日までに見つかっている「papyri」は88点とのことで、2世紀~8世紀に作られたものです。このうち半分近い41点が2~4世紀の初期のものです。最も古いpapyriは西暦125年のもので「ヨハネの福音書」の一部が含まれています。


羊皮紙

4世紀からは羊皮紙(parchment)が使われ始めました。獣皮から作る紙で毛や肉の部分を取り除いた獣皮を切りそろえて加工して使います。12世紀に今日のような紙が生まれるまで使われました。

羊皮紙その1:Uncials :「Uncials(アンシアルズ)」は羊皮紙に書き写された聖書の最初のグループです。「アンシアル字体」は4~8世紀に写本作業に用いられた太くて丸味のあるギリシア語の大文字体のことで、このグループの写本は全体が大文字で記述されています。今日までに約290点のUncialsが見つかっていて、時期は4世紀~15世紀に分布します。これらのうち最も古い二つは「Codex Sinaiticus」(通称「Aleph」)と「Codex Vaticanus」(通称「Beta」)で、それぞれが見つかった場所、シナイ山とバチカンの修道院の名前にちなんで命名されています。どちらも4世紀初めの写本です。さらに重要なのはこの二つが聖書全体を収録した最古の写本だと言うことです。「Aleph」と「Beta」はそれぞれの呼称(コードネーム)で、ヘブライ語のアルファベットの最初の文字「Aleph」とギリシア語のアルファベットの二つ目の文字「Beta」にちなんでいます。この二つの次に古い写本は「Codex Alexandria」で5世紀初めの写本です。

羊皮紙その2:Minuscules :次のグループは「Minuscules(ミナスキュールズ)」です。「minuscule」は「とても小さい」の意味で、全体が小文字の筆記体で記述されていて大文字は必要なところだけに現れます(つまり今日の一般的な書き方と同じということ)。9世紀~15世紀に分布します。今日までに約2,800点のMinusculesが見つかっていて、一番古いものは西暦835年の写本です。


写本以外の拠り所

聖書の原典を議論するときに参考にするのは写本だけではありません。他にもいくつか参考となる文献があります。

Lectionaries :「Lectionaries(レクショナリーズ)」は教会の礼拝の儀式の中で読み上げる原稿として用意されたもので、ここにはところどころに聖書の記述が含まれます。今日までに約2,200点のLectionariesが見つかっていて9世紀~15世紀に分布します。

Patristic Citations :「Patristic Citations(パトリスティック・サイテイションズ)」は初期の教会の牧師が記述したノートで、ここには新約聖書からの引用が見られます。この文献の難点はその牧師が実際に聖書を見ながら書き写したのか、自分の記憶に頼って書いたのかが定かでないところです。多数の文献が見つかっていて1世紀~5世紀に分布します。

初期の版 :ここに言う「初期の版」とはギリシア語の新約聖書を他の言語に翻訳した翻訳版聖書のことです。これらのうち最も重要なのは初期のラテン語の版で「Itala」と呼ばれます。新約聖書が最初にラテン語に翻訳されたのはおそらく西暦200年頃ですが、これまでに見つかった50点の初期の版の中で一番古いものは4世紀のものです。もうひとつ重要な外国語の版として挙げられるのが「Vulgate」と呼ばれるラテン語の版です。Jerome(345~420)が翻訳に関与したとされ、「Vulgate」はローマカトリック教会の正式な聖書として採用された版でもあります。これまでに8,000点が見つかっていて一番古いものは4世紀のものです。

このようにこれまでに数千点にも及ぶ文献が見つかっていますが、新約聖書についてはそのうち85%の記述の完全な合致が確認されています。つまりどの版の新約聖書を読んでも翻訳の元になった底本の観点では85%の部分については同じものを読んでいることになります。85%という数字は私にはかなりの安心感を与えます。


二つの写本のグループ

新約聖書の85%の部分はどの写本を見ても一致しています。残る15%の部分に相違があるわけですが、全体を比較すると少なくとも原典が二つのグループに大別できることがわかります。

Byzantines :一つ目は「Byzantines(ビザンティーンズ)」です。ビザンチン教会、つまり東方正教会(=11世紀にローマ教会から分離してギリシアやロシアなど東欧諸国に多くの信者を持つ教会)がずっと使っている聖書なのでこう呼ばれます。「Byzantines」は見つかった文献の大多数(80~90%と言われる)を占めますが分布時期は後半、つまり4世紀以降で比較的新しいのです。ただし中にはそれよりも古い文献があり、数点のPapyriも含まれます。

Alexandrian :原典のもう一つのグループは「Alexandrian(アレクサンドリアン)」です。エジプトの町の名前にちなんでいます。見つかった文献の中ではほんの一握りの少数派(10%程と言われる)なのですが、分布時期が古いのが特徴です。つまり4世紀以前です。「Codex Sinaiticus」(Aleph)と「Codex Vaticanus」(Beta)のcodexは、この「Alexandrian」のグループに属し、他にPapyriもあります。

「Alexandrian」は少数派で古い文献、「Byzantines」は多数派で新しい文献とまとめることができますが、地理的にはPapyriやCodexなどの最も古い文献はエジプト周辺で見つかって、比較的新しい文献は小アジア(現トルコ共和国の黒海と地中海に挟まれたアナトリアと呼ばれる半島部分)やギリシアから見つかる傾向があります。これについてはエジプトの暑く乾いた気候がパピルス紙を良好に保存したからであって、小アジアやギリシアにもあったはずの古い「Byzantines」の文献は保存がかなわずに失われてしまっただけなのだという説や、初期の教会から危険視されていたグノーシス派(Gnosticism)などの異端派が改竄を加えた聖書は、初期の教会の指導者たちには容易に見分けられたから結果としてそれらの写本は作られなかった、だから小アジアやギリシアには正統派の正しい写しだけが多数残っているのだという説もあります。


二つの底本のグループ

はたしてどちらのグループが最初にイエスの弟子たちが記した新約聖書に等しい、あるいは近いのか、これは大きな議論になっていて、結果として二つのグループからそれぞれ別々の底本が生まれています。

Majority Text (MT) :「Majority Text(マジョリティ・テキスト)」は多数派で新しい文献の「Byzantines」に基づきます。「Byzantines」は見つかった文献の80~90%という大多数(Majority)を占め、神さまの備えとして最良の聖書は文献の多数派の中に保たれるという考えに基づいてこう呼ばれています。なお底本の議論には「Textus Receptus (TR)(テクスタス・レセプタス)」というグループが登場することもありますが、これはMTに大変近い底本です。

MTグループに入る主要な底本は今日次の二つで、この二つの底本の内容はほぼ同じです。

  • The Greek New Testament According to the Byzantine Textform (Maurice A. Robinson & William G. Pierpont)
  • The Greek New Testament According to the Majority Text (Zane C. Hodges & Arthur L. Farstad)

Critical Text (CT) :「Critical Text(クリティカル・テキスト)」は少数派で古い文献の「Alexandrian」に基づきます。評論家・評論家(Critics)が作った底本なのでこう呼ばれます。1800年代の後半、ウェスコット(B.F. Wescott)とホルト(F.A. Hort)の二人の研究者が最初に「Critical Text (CT)」の基本的な考え方、つまり新約聖書の原典は他の古文書と同じアプローチで鑑定すべきとの視点を示したのが始まりです。ウェスコットとホルトによれば原典の正しさを示すのは見つかった写本等の数ではなく「重み付け」が必要とします。ウェスコットとホルトが重視した「重み付け」は写本の古さです。古ければ古いほど正しいはずという考え方によれば、当然元になる原典は分布時期の古い「Alexandrian」になります。

CTグループに入る主要な底本は今日次の二つで、この二つの底本の内容はまったく同じです。

  • The Greek New Testament (The United Bible Societies/ "UBS"/ Kurt AlandやBruce Metzgerなど5名による)
  • Novum Testamentum Graece (Eberhand Nestle & Kurt Aland/ "Nestle-Aland")


15%の相違とは

それでは15%の相違とはいったいどんな相違なのでしょうか。実はこれらの相違のうちの大半は見比べたときにどちらが正しくてどちらが間違っているかが容易にわかります。ということはそもそも底本の違いというのはほとんどないということになります。たとえば上でとてもよく似ていると書いたMTとTRは相違点を冷静に検証すると99%合致することがわかります。またCTとMTでも同様に98%合致します。ということは相違の議論は15%についての議論ではなく全体の1~2%の相違についての議論に過ぎないということになります。

さらに言うとこの残された1~2%部分の相違の大半が取るに足らない些細な相違なのです。たとえばギリシア語のスペルの違いとか語順の違いなどです。こういう相違が聖書を書き写すときに発生した「書き写しミス」であることは容易にわかりますし、翻訳されるときにはまったく影響を受けませんから原語で聖書を読むのでない限り意識する必要さえありません。

ただしここで大切なことがひとつだけあります。それは底本の異なるグループ間の相違は、全体に占める量や相違の内容を見ればほとんど気にする必要がないレベルだとしても、いくつかの重要な相違点は依然としてあると言うことです。そしてここが最大の議論のポイントになっているのです。でも心配はいりません。これら数カ所の重要な相違点については今日の聖書ではほとんどの場合、脚注等で相違の内容を示していますから両者の違いを自分で読み比べることができるのです。










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