マタイの福音書:第28章マタイの福音書第27章第45節~第56節:イエスさまの死

2015年12月05日

マタイの福音書第27章第57節~第66節:イエスさまの埋葬、墓の番兵

第27章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Burial of Jesus

イエスさまの埋葬


57 As evening approached, Joseph, a rich man from Arimathea who had become a follower of Jesus,

57 夕方が近づくと、アリマタヤ出身の裕福な男で、以前にイエスさまの弟子になっていたヨセフという人が、

58 went to Pilate and asked for Jesus’ body. And Pilate issued an order to release it to him.

58 ピラトのところへ行って、イエスさまの死体の引き渡しを求めました。ピラトは死体をヨセフに渡すように命令を発しました。

59 Joseph took the body and wrapped it in a long sheet of clean linen cloth.

59 ヨセフは死体を運んでいき、細長いきれいな亜麻布で巻きました。

60 He placed it in his own new tomb, which had been carved out of the rock. Then he rolled a great stone across the entrance and left.

60 ヨセフは死体を岩をくりぬいて作った自分の新しい墓に安置しました。それからヨセフは大きな石を転がしてきて入り口をふさぎ、帰りました。

61 Both Mary Magdalene and the other Mary were sitting across from the tomb and watching.

61 マグダラのマリヤともうひとりのマリヤは墓の向かいに座って見ていました。



The Guard at the Tomb

墓の番兵


62 The next day, on the Sabbath, the leading priests and Pharisees went to see Pilate.

62 翌日の安息日に、祭司長たちとファリサイ派の人たちはピラトに会いに行きました。

63 They told him, “Sir, we remember what that deceiver once said while he was still alive: ‘After three days I will rise from the dead.’

63 彼らはピラトに言いました。「閣下、あの詐欺師がまだ生きていたときに、『三日後に自分は死者の中からよみがえる』と言っていたのを私たちは覚えています。

64 So we request that you seal the tomb until the third day. This will prevent his disciples from coming and stealing his body and then telling everyone he was raised from the dead! If that happens, we’ll be worse off than we were at first.”

64 それで三日目になるまで閣下が墓を封印するようにお願いしたいのです。こうすれば弟子たちが来て死体を盗み、みなに彼が死者の中からよみがえったと言うのを阻止します。そんなことが起こると、私たちは前の状態より、いっそうまずいことになりますので。」

65 Pilate replied, “Take guards and secure it the best you can.”

65 ピラトは答えました。「番兵を連れて行き、あなた方にできる限り墓を守りなさい。」

66 So they sealed the tomb and posted guards to protect it.

66 そこで彼らは墓を封印し、墓を守らせるために番兵を配置しました。




ミニミニ解説

マタイの第27章です。

前回、イエスさまは十字架に掛けられて死にました。そのときには寺院の至聖所の幕が真っ二つに裂け、地面が揺れていくつもの岩が二つに割れました。またマタイでは墓が開いて、中から以前に死んでいた信仰厚い男女がよみがえり、たくさんの人の前に姿を現したと書かれていました。

今回の前半部分、イエスさまの埋葬に対応する箇所は「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」のすべての福音書に見つかります。順番に見てみましょう。

マルコはMark 15:42-47(マルコの福音書第15章第42節~第47節)です。

「42 すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、43 アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。44 ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。45 そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた。46 そこで、ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り降ろしてその亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納めた。墓の入口には石をころがしかけておいた。47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスの納められる所をよく見ていた。」([新改訳])。

ルカはLuke 23:50-56(ルカの福音書第23章第50節~第56節)です。

「50 さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。51 この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。52 この人が、ピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。53 それから、イエスを取り降ろして、亜麻布で包み、そして、まだだれをも葬ったことのない、岩に掘られた墓にイエスを納めた。54 この日は準備の日で、もう安息日が始まろうとしていた。55 ガリラヤからイエスといっしょに出て来た女たちは、ヨセフについて行って、墓と、イエスのからだの納められる様子を見届けた。56 そして、戻って来て、香料と香油を用意した。安息日には、戒めに従って、休んだが、」([新改訳])。

ヨハネはJohn 19:38-42(ヨハネの福音書第19章第38節~第42節)です。

「38 そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのからだを取り降ろした。39 前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た。40 そこで、彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。41 イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。42 その日がユダヤ人の備え日であったため、墓が近かったので、彼らはイエスをそこに納めた。」([新改訳])。

いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式にあてはめると、今回のマタイの記述はほぼ「マルコ」から引用していることがわかります。が、今回は省略がかなり多く見られます。

最初の省略はマルコの最初の部分第15章第42節に書かれている、その日が「安息日の前日であった」という点。

安息日は土曜日ですので、イエスさまの十字架が起こったのは金曜日だったと言うことになります。ユダヤ人にとっての金曜日は、大切な安息日のための「準備の日」です。安息日にはユダヤ人は律法で働くことが許されておらず、休まなければなりません。イエスさまの時代には安息日にしてよいこと、してはいけないことの細則が聖書の外側に慣習法として定められていて、歩いてよい距離や持ち上げてよい重さの上限までもが厳密に決められていました。毎週土曜日には料理を始め、様々なことができなくなりますから、前日のうちにいろいろと準備をしておかなければならないのです。もちろん準備の行動そのものが長く習慣化していますから、毎週大あわてということではありません。いつものように準備するのです。

それとここで大切なのがユダヤ人の一日は日没から始まると言うことです。つまり安息日は土曜日となっていますが、その土曜日が始まるのは金曜日の日没からなのです。十字架から死体を降ろして埋葬するという作業は律法上は明らかに「労働」ですから、安息日に行うことはできません。イエスさまが息を引き取ったのは午後三時頃だったと書かれていますから、ここに書かれているアリマタヤのヨセフはそれからピラトのもとへ出向いて死体を引き取る許可を得て、死体を十字架から降ろして運び、グルグルと亜麻布を巻き、墓の中へ横たえると言う埋葬の一連の作業を日没までに大急ぎで終えたということになります。

なぜ大急ぎで日没までに埋葬を終えたかったかの理由は、旧約聖書のDeuteronomy 21:22-23(申命記第21章第22節~第23節)に次の記述があるからだと思います。「22 もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときは、23 その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない。」([新改訳])。

次の省略はマルコの第43節にアリマタヤのヨセフについて書かれている「ヨセフは有力な議員であり」の部分です。アリマタヤのヨセフは、イスラエルの最高議決機関であるサンヘドリンの議員だったのです。イエスさまはローマ帝国への反逆者として十字架刑に処せられた問題の人物なのですから、国会議員の立場でイエスさまの死体を引き取りたいとローマ帝国に願い出ることは、大変な勇気と決断を要したことだと思います。ですがヨセフはここもマタイでは省略されていますが、「みずからも神の国を待ち望んでいた人」だったのです(第43節)。これは旧約聖書を信じるユダヤ人全員にあてはまる言い回しですが、ここでわざわざ記述していると言うことは、ヨセフがイエスさまの説く「神さまの国」を待望していた、つまりはイエスさまの信者だったという意味でしょう。マタイの第57節には、「以前にイエスさまの弟子になっていたヨセフという人」と書かれています。が、これは秘密裏に弟子になっていたという意味だと思います。ヨハネの第19章第38節には「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」と書かれています。

ヨハネではさらに同じく議員のニコデモが合流したと書かれています。サンヘドリンの中にこういう人たちがいたのには驚きます。どんな集団も個人の集合でできているのですから、「サンヘドリンは」とか、「ファリサイ派は」などと、集団をひとくくりにまとめて評価するのは大変危険なことなのです(私自身、このメルマガでそういう評価をたくさんしてしまっています)。しかもこのヨセフとニコデモは、十二使徒を始めとするイエスさまの直弟子たちが師を見捨てて逃げ出してしまったと言うのに、国会議員である自分の立場を危うくしてでもイエスさまの死体を引き取ろうと名乗り出たのです。ヨセフもニコデモも、おそらくこの行動を咎められて、サンヘドリンはもちろんのこと、ユダヤのコミュニティそのものから追放されることになったのではないか、と思います。

次の省略は第44節の「ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。」の部分です。総督のピラトはイエスさまがすでに死んだことが信じられなかったのです。と言うことはヨセフはイエスさまが息を引き取ったのを目撃すると、日没までに埋葬を終えたいがために大あわてでピラトのところへ出向いたのでしょう。イエスさまが死んだという報告はこの時点ではまだピラトには届いていなかったのでしょうし、ピラトが想定していたよりもイエスさまがずっと早くに死んだということになります。

死体を受け取ったヨセフは埋葬の準備を整えます。ヨセフが用意した「長い亜麻布」は包帯のような細長い布のことです。ユダヤ人はエジプトでミイラを細長い布でグルグル巻きにするのと同じような方法で死体を布で巻いて埋葬していたのです。

エルサレム周辺で墓として使われていたのは自然の洞窟や、岩肌をくりぬいて作った狭い穴です。通常これらの穴の中には最初に遺体を安置する低い台があります。ヨセフは日没が来る前に大急ぎでイエスさまの死体をそこに安置しました。通常、墓の入り口は緩い坂の下のあたりに来るように作ってあって、墓の入り口をふさぐのは円盤状の岩です。円盤状の重い岩を何人かでゴロゴロと転がして来て、ちょうど入り口がふさがるように置くのです。

マタイの第60節には「ヨセフは死体を岩をくりぬいて作った自分の新しい墓に安置しました。」と書かれていますが、イエスさまが埋葬された墓がアリマタヤのヨセフが所有していた墓であると書いているのはマタイだけです。この墓が新しい墓であったこともまた重要で、それは墓の中に他の死体が存在しないことを意味します。この後でイエスさまの死体が消失するとき、墓は完全に空っぽなので、死体の消失が否定することのできない事実となるのです

最後の部分、イエスさまの埋葬の様子を眺めていたのは、マタイでは「マグダラのマリヤともうひとりのマリヤ」と書かれていますが、マルコを読むとこの「もうひとりのマリヤ」は、「ヨセフの母のマリヤ」であることがわかります。ガリラヤからイエスさまについてエルサレムまで上ってきた女性たちは、イエスさまの十字架を目撃し、イエスさまが息を引き取るとどうやって埋葬したものかとやきもきしていたことでしょう。するとどこからともなくイエスさまの埋葬を名乗り出る人物が表れたのです。女性たちはイエスさまが埋葬される様子を遠くから眺めています。この女性たちが安息日が明けた翌朝の日曜日に最初に墓を訪れて、イエスさまの死体が消失していることを目撃するのです。


続く、墓の番兵に対応する箇所は「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」の福音書には見つかりません。いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式にあてはめると、この部分のマタイの記述はほぼマタイの「独自の資料」からと言うことになります。

第62節は、[NLT]では「The next day, on the Sabbath,(拙訳:翌日の安息日に)」と始まっているのに、[KJV]を見ると「Now the next day, that followed the day of the preparation(拙訳:さて次の日、準備の日の翌日)」となっていて「安息日(the Sabbath)」という言葉が登場していません。「準備の日の翌日」はすなわち「安息日」のはずですが、わざわざ回りくどい言い方をして「安息日」という単語を避けているようにも読めます。これは場合によるとその後で語られる、祭司長たちとファリサイ派の人たちがピラトの元を訪れてお願いをする、という行為が、実は安息日に禁止されている「労働」にあたるからなのかも知れません。

イエスさまを死に追いやった祭司長たちとファリサイ派の人たちは、ピラトの前でイエスさまが「三日後に自分は死者の中からよみがえる」と言った件を持ち出します。彼らが心配しているのはイエスさまの弟子たちがイエスさまの死体を盗み出しておいて、三日後に「墓は空っぽだ。イエスさまの死体はない。なぜならイエスさまは予告どおりに復活したからだ。」と主張して民意を集め、決着したはずのイエスさまをめぐる問題が再燃するのではないかと言うことです。

これに対しピラトは「番兵を連れて行き、あなた方にできる限り墓を守りなさい。」と言います。イエスさまの逮捕のときと同様にここでもサンヘドリンの要請でローマ兵が出動することになります。イエスさまの逮捕の場面でも書きましたが、ローマ帝国軍の最小行動単位は16人前後の歩兵で構成されるユニットなので、ここでも最低でも16人の訓練された兵士たちがイエスさまの墓の前へと送り込まれたことになります。

彼らは墓に着くと墓の入り口をふさぐ大きな円盤状の石を封印し、一帯の警備にあたります。イエスさまの墓がこのようにしてローマ兵に警護されたことにより、結果として三日後にイエスさまの墓が本当に空っぽだったことが見つかったとき、弟子たちが死体を盗んだのだのに違いないという嫌疑が、逆にかけにくくなるのです。






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