マタイの福音書第27章第45節~第56節:イエスさまの死マタイの福音書第27章第27節~第31節:兵士たちがイエスさまをばかにする

2015年12月05日

マタイの福音書第27章第32節~第44節:十字架刑

第27章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Crucifixion

十字架刑


32 Along the way, they came across a man named Simon, who was from Cyrene, and the soldiers forced him to carry Jesus’ cross.

32 途中で彼らはクレネから来たシモンという名前の人に会いました。兵士たちはシモンにイエスさまの十字架をむりやりに運ばせました。

33 And they went out to a place called Golgotha (which means “Place of the Skull”).

33 そして彼らはゴルゴタと呼ばれる場所(これは「どくろの場所」の意味)へと出て行きました。

34 The soldiers gave him wine mixed with bitter gall, but when he had tasted it, he refused to drink it.

34 兵士たちはイエスさまに苦いものを混ぜたぶどう酒を渡しましたが、イエスさまはそれを味わうと飲むことを拒みました。

35 After they had nailed him to the cross, the soldiers gambled for his clothes by throwing dice.

35 兵士たちはイエスさまを十字架に打ち付けた後で、イエスさまの着物を賭けてさいころを投げました。

36 Then they sat around and kept guard as he hung there.

36 それから兵士たちはそのあたりに座って、イエスさまがそこに掛けられているところで、見張りをしました。

37 A sign was fastened above Jesus’ head, announcing the charge against him. It read: “This is Jesus, the King of the Jews.”

37 イエスさまの頭の上に掲示が留められ、それはイエスさまの罪状を明らかにしていました。「これはユダヤ人の王、イエスである」と書かれていました。

38 Two revolutionaries were crucified with him, one on his right and one on his left.

38 二人の革命家がイエスさまと共に十字架に掛けられました。ひとりはイエスさまの右に、ひとりはイエスさまの左にです。

39 The people passing by shouted abuse, shaking their heads in mockery.

39 通り過ぎる人々は、あざけりで頭を振りながら悪口を叫びました。

40 “Look at you now!” they yelled at him. “You said you were going to destroy the Temple and rebuild it in three days. Well then, if you are the Son of God, save yourself and come down from the cross!”

40 人々はイエスさまに叫びました。「さぁ、自分を見てみなさい。あなたは寺院を破壊して、それを三日で建て直すと言いました。ではもしあなたが神の子なら、自分を救って十字架から降りて来なさい。」

41 The leading priests, the teachers of religious law, and the elders also mocked Jesus.

41 祭司長たち、律法学者たち、長老たちもイエスさまをあざ笑いました。

42 “He saved others,” they scoffed, “but he can’t save himself! So he is the King of Israel, is he? Let him come down from the cross right now, and we will believe in him!

42 彼らは言いました。「彼は他人を救ったが自分は救えません。彼はイスラエルの王なのだな。いま彼に十字架から降りさせなさい。そうしたら私たちは彼を信じましょう。

43 He trusted God, so let God rescue him now if he wants him! For he said, ‘I am the Son of God.’”

43 彼は神さまを信じていた。だから神さまが彼を求めるのなら、いま神さまに彼を救わせましょう。彼は『私は神の子だ』と言ったのですから。」

44 Even the revolutionaries who were crucified with him ridiculed him in the same way.

44 イエスさまといっしょに十字架にかけられた革命家たちも、同じようにイエスさまをあざ笑いました。




ミニミニ解説

マタイの第27章です。

ピラトに十字架刑を命じられたイエスさまは、ローマ兵によって先端に鉛を埋め込んだむちで40回も打たれ、すでに多量の出血で瀕死の状態になっています。エルサレムに駐留していたローマ帝国の兵士たちは、全員が中庭に出て来てイエスさまを愚弄したのでした。いよいよ兵士たちは十字架にかけるために、イエスさまをエルサレムの市外へ連れ出します。

今回の場所に対応する箇所は「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」のすべての福音書に見つかります。平行箇所を読むと実際に十字架の場面で何が起きていたのかがよくわかりますので、直接関係のない部分も引用します。順番に見てみましょう。

マルコはMark 15:20-32(マルコの福音書第15章第20節~第32節)です。

「20 彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。22 そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。23 そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。24 それから、彼らは、イエスを十字架につけた。そして、だれが何を取るかをくじ引きで決めたうえで、イエスの着物を分けた。25 彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。26 イエスの罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。27 また彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。28 {こうして『この人は罪人とともに数えられた。』とある聖書が実現したのである。} 29 道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。30 十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」 31 また、祭司長たちも同じように、律法学者たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。「他人は救ったが、自分は救えない。32 キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。」また、イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった。」([新改訳])。

ルカはLuke 23:26-43(ルカの福音書第23章第26節~第43節)です。

「26 彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。27 大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女たちの群れが、イエスのあとについて行った。28 しかしイエスは、女たちのほうに向いて、こう言われた。「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい。29 なぜなら人々が、『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は、幸いだ』と言う日が来るのですから。30 そのとき、人々は山に向かって、『われわれの上に倒れかかってくれ』と言い、丘に向かって、『われわれをおおってくれ』と言い始めます。31 彼らが生木にこのようなことをするのなら、枯れ木には、いったい、何が起こるでしょう。」 32 ほかにもふたりの犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために、引かれて行った。33 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。35 民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」 36 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、37 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。38 「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。39 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。40 ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。41 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」 42 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」 43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」」([新改訳])。

ヨハネはJohn 19:17-24(ヨハネの福音書第19章第17節~第24節)です。

「17 彼らはイエスを受け取った。そして、イエスはご自分で十字架を負って、「どくろの地」という場所(ヘブル語でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。18 彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスといっしょに、ほかのふたりの者をそれぞれ両側に、イエスを真ん中にしてであった。19 ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。それには「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」と書いてあった。20 それで、大ぜいのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったからである。またそれはヘブル語、ラテン語、ギリシヤ語で書いてあった。21 そこで、ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」と言った。22 ピラトは答えた。「私の書いたことは私が書いたのです。」 23 さて、兵士たちは、イエスを十字架につけると、イエスの着物を取り、ひとりの兵士に一つずつあたるよう四分した。また下着をも取ったが、それは上から全部一つに織った、縫い目なしのものであった。24 そこで彼らは互いに言った。「それは裂かないで、だれの物になるか、くじを引こう。」それは、「彼らはわたしの着物を分け合い、わたしの下着のためにくじを引いた」という聖書が成就するためであった。」([新改訳])。

いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式にあてはめると、今回のマタイの記述はほぼ「マルコ」から引用していることがわかります。


下は寺院の北のアントニウス要塞から十字架のゴルゴタに至る経路です。上の俯瞰図は『Holman Bible Atlas』から、下のエルサレムの地図は『New Living Translation: Life Application Study Bible』からです。矢印は私が付けています。

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イエスさまが十字架に掛けられた「ゴルゴタ」の場所については、二箇所の可能性があると言われています。一つはエルサレムの北西の城壁の外で現在の聖墳墓教会のある場所、もうひとつは最近になって言われ始めたエルサレムの北側の城壁の外です。どちらにしても十字架刑はローマ帝国に反抗した者がどういう末路をたどることになるか、それを見せしめとして被征服民に見せるための残虐刑でしたので、人通りの多い通りの横で行われました。イエスさまがむち打ちの刑を受けたピラトの官邸は、エルサレム市内北東部にある寺院の北の要塞にあったとされます。

私たちがよく目にする十字架を背負って歩くイエスさまの姿は、十字に組まれた枕木のような太い材木の交差部分を肩に担ぐ姿として描かれますが、実際には十字架の縦の柱は処刑地にあらかじめ立てられていて、受刑者が背負って運ばされたのは水平に渡す横木だけのようです。処刑地に着くと受刑者は裸にされ、最初に横木に両腕を打ち付けられ、その状態で横木をつり上げて縦の柱の上に載せて縛りつけ、「T字」の十字架にするのです。その状態で両足を貫くように足首のところを縦の柱に打ち付けます。

40回のむち打ちを受けたイエスさまはすでに瀕死の状態です。とても長い道のりを歩けるような状態ではありません。しかも十字架の横木を背負うか引きずるかして、処刑地まで運ばなければならないのです。ローマ兵はそんなイエスさまの状態を見て、たまたま通りかかったユダヤ人に材木を背負わせます。「シモン」という名前のこの人は「クレネ」から来たと書かれています。クレネは北アフリカの地中海寄りにあった都市で、多くのユダヤ人が居住していたことが知られています。過越しの祭りにはクレネのような外国の居住地からたくさんのユダヤ人がエルサレムを訪れましたから、シモンもそのうちのひとりだったのでしょう。

イエスさまの処刑の地「ゴルゴタ」は「どくろの場所」の意味だと書かれています。きっとゴルゴタは大通りからよく見える小高い丘で、その丘には遠くから見るとまるで頭蓋骨の目の部分のようなくぼみが二つあったことから「どくろの場所」と呼ばれていたのでしょう。

第34節でローマ兵はイエスさまに「苦いものを混ぜたぶどう酒」を差し出します。マルコでは「没薬を混ぜたぶどう酒」と書かれています。「没薬(もつやく)」はアフリカ北東部などに生える「ミルラ」という木の脂(ヤニ)から製した物質で、香として焚いて使用する他、殺菌作用があることから鎮静薬、鎮痛薬、健胃剤などに使われていました。またミイラを作るときに遺体の防腐処理に使われていたことも知られています。ローマ兵が没薬を混ぜたぶどう酒を受刑者に飲ませるのは、おそらく少しでも肉体の苦痛を和らげてあげよう、という意図かと思われますが、イエスさまはこれを拒否します。自分が十字架に掛かり苦しんで死ぬことが神さまの意志であると知っているので、それを正しく受け止めようという意志だと思います。

第35節、ローマ兵はイエスさまを十字架に打ち付けます。「兵士たちはイエスさまを十字架に打ち付けた後で」と簡単な記述で済まされていますが、ここでは恐ろしいことが行われています。

受刑者は処刑地でまず裸にされ、地上に横たえた横木に両手を打ち付けられます。太く長い釘を使って両手首の中央部分を打ち付けるのです。十字架が直立すると、自分の身体で十字架に留められている場所は両手と、交差した両足の三箇所だけになります。この三箇所で自分の全体重を支えなければならないのです。ときどき「手のひら」を貫かれたイエスさまの絵がありますが、手のひらでは容易に裂けてしまい、受刑者は十字架から落下してしまいます。そうならないようにローマ兵は手首の中央部分を骨と神経を貫いて釘を打ち付けるのです。これがどれほどの痛みか、想像できません。

両手首への打ち付けが終わると、横木はイエスさまをぶら下げた状態で、あらかじめ地面に埋め込むように立ててある縦木に沿って引き上げられて行きます。このときぶら下がるイエスさまの体重を支えているのは両手首に打ち付けられた釘だけです。あるいは十字架が完成するまでは、脇の下を通すように布のベルトのようなもので受刑者を吊って落下を防いでいたかも知れません。

つり上げられた横木は上方で縛って縦木に固定されます。縦木の上に載せる形になると「T字型」の十字架が完成します。イエスさまの足は足首のところで交差され、さらに太く長い釘で縦木に打ち付けられます。これも両足の骨と神経を貫いて打ち付けられます。これでイエスさまは両腕を広げた姿で十字架に吊り下げられた形になりました。

上半身を支えているのは両手首に打たれた釘だけなので、直立すると上体が前へ倒れ込みます。不自然に上体が前へのめる形になるため、往々にして肩が外れて脱臼します。体重を支えるためには膝を折り、釘で貫かれた両足首の部分と腰を縦木に強く押し当てなければなりません。これでかろうじて下半身を支えるのです。

十字架の下で兵士たちは脱がしたイエスさまの着物を分けて、どの部分を誰が持って帰るかのばくちを行います。

第37節、イエスさまの頭の上のあたりに罪状を書いた板が打ち付けられたとあります。「T字型」の十字架ではどのあたりに罪状書きを留めたのだろうかとも思いますが、いずれにしても十字架上で罪人の上半身は前へ倒れ込んでしまうので罪状書きを打ち付けるスペースは十分にあったのだろうと思います。イエスさまの罪状書きには「これはユダヤ人の王、イエスである」と書かれていました。これはイエスさまがローマ帝国の属領であるユダヤの地で、「ユダヤ人の王」を名乗った反逆者だったという意味でしょうか。十字架刑はローマ帝国の支配に逆らう者がどんな末路をたどるかを見せしめとして提示するるために行われる残虐刑だったからです。

このときゴルゴタの丘で十字架に掛けられたのは三人でした。イエスさまの左右にも一人ずつ、ローマ帝国への反逆を企んだ反乱分子が十字架に掛けられました。[KJV]を見ると一緒に処刑をされたのは「thieves」と書かれていて、この単語の意味は「窃盗犯」、つまり泥棒です。原語のギリシア語の単語をどのように解釈するかで、英訳時にあてはめられる単語が異なってきますが、十字架刑は反逆者を見せしめにする残虐刑でしたので、[KJV]の「thieves」よりも、[NLT]の「revolutionaries」の方が適訳ではないかと思います。

反逆者の十字架は人通りの多い通りからよく見える場所に立てられましたので、たくさんの人がイエスさまの近くを通りかかります。第39節には「通り過ぎる人々は、あざけりで頭を振りながら悪口を叫びました。」と書かれています。過越しの祭りの間、イエスさまは寺院でたくさんの人を集めて教えていましたから、必ずしも通りかかった人たちのすべてがイエスさまをあざ笑い、ののしったとは思えませんが、結果としてイエスさまは、この時点で人々の期待を裏切ってしまう形になりました。

人々はイエスさまがユダヤ人のリーダーとなってローマ帝国の支配を打ち破り、かつてのダビデ王の頃のような栄光の王国を復活すると期待していたのです。人々はそういう期待の気持ちをもって寺院でイエスさまの話を聞き、イスラエル各地で行ったという奇跡の話をささやき合って褒め称え、きっとこの人がイスラエルを解放し王国を復活すると信じたのです。ところがそのイエスさまが自分たちの目の前で血だらけでズタズタの瀕死の状態で十字架に掛かっています。人々はすっかり落胆して「お前にはガッカリだよ」と言っているのです。

第40節では「さぁ、自分を見てみなさい。あなたは寺院を破壊して、それを三日で建て直すと言いました。ではもしあなたが神の子なら、自分を救って十字架から降りて来なさい。」と言った人のことが書かれています。この「打ちこわした寺院を三日で建て直す」エピソードは福音書では何カ所かに出てきて、サンヘドリンの法廷でも証言の一つとして言われていました。これは当時のイスラエルの人々の間でささやかれていたイエスさまの有名な言葉なのでしょう。

この言葉について、John 2:21(ヨハネの福音書第2章第21節には「しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。」と書かれています。打ち壊されて後に三日でよみがえるのは、イエスさま自身のことを言っていた、と言うのです。ユダヤ人はイエスさまが期待に背いたとして落胆していますが、実はこの十字架死と復活こそが、ユダヤ人のみならず世界の人類全体を救済する神さまの計画の成就だったのです。

第41節以降では、ついにイエスさまの処刑に成功した祭司長たち、律法学者たち、長老たち、つまりサンヘドリンを構成するサドカイ派やファリサイ派がイエスさまをあざけっています。

第44節では、イエスさまと一緒に処刑された二人の反乱分子が、隣の十字架の上からイエスさまをあざ笑っています。






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