マタイの福音書第27章第32節~第44節:十字架刑マタイの福音書第27章第11節~第26節:ピラトの前でのイエスさまの裁判

2015年12月05日

マタイの福音書第27章第27節~第31節:兵士たちがイエスさまをばかにする

第27章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Soldiers Mock Jesus

兵士たちがイエスさまをばかにする


27 Some of the governor’s soldiers took Jesus into their headquarters and called out the entire regiment.

27 総督の兵士たちの何人かがイエスさまを官邸の中に連れて行き、連隊の全員を呼び出しました。

28 They stripped him and put a scarlet robe on him.

28 兵士たちはイエスさまを裸にして、緋色のローブを着せました。

29 They wove thorn branches into a crown and put it on his head, and they placed a reed stick in his right hand as a scepter. Then they knelt before him in mockery and taunted, “Hail! King of the Jews!”

29 兵士たちはいばらの枝で冠を編んでイエスさまの頭に載せ、右手に笏(しゃく)として葦の棒を持たせました。それから兵士たちは冷やかしてイエスさまの前にひざまずき、ばかにして言いました。「ユダヤ人の王さま!ばんざい!」

30 And they spit on him and grabbed the stick and struck him on the head with it.

30 そして兵士たちはイエスさまにつばを吐きかけ、棒を掴み、イエスさまの頭をたたきました。

31 When they were finally tired of mocking him, they took off the robe and put his own clothes on him again. Then they led him away to be crucified.

31 いよいよ兵士たちがイエスさまをからかうのに飽きてしまうと、ローブを脱がせ、イエスさまの服をもう一度着せました。それから兵士たちは十字架にかけるためにイエスさまを連れていきました。




ミニミニ解説

マタイの第27章です。

イエスさまはローマ帝国総督のピラトの法廷へと連れて行かれました。ピラトはイエスさまが無実であることに気づいていたので過越の祭りの慣例を使って解放しようとしましたが、サンヘドリンは群衆を巧みに扇動してバラバを解放させ、群衆にはイエスさまを十字架にかけるように要求させます。ピラトは事態を収拾できないばかりか、熱狂する群衆を見ていると、そのままでは暴動さえ起こりそうな気配を察して、自分にはイエスさまの死の責任はない、責任はユダヤ人の側にあると言った上で、イエスさまの十字架刑を命じました。

今回の場所に対応する箇所は「マルコ」に見つかります。Mark 15:16-20(マルコの福音書第15章第16節~第20節)です。

「16 兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。17 そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、18 それから、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んであいさつをし始めた。19 また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。20 彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。」([新改訳])。

いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式にあてはめると、今回のマタイの記述はほぼ「マルコ」から引用していることがわかります。

前回の最後、第26節にはこのように書かれていました。「26 So Pilate released Barabbas to them. He ordered Jesus flogged with a lead-tipped whip, then turned him over to the Roman soldiers to be crucified.」([NLT])。「26 そこでピラトはバラバを群衆に釈放しました。ピラトはイエスさまを鉛を埋め込んだむちで打ち、それからローマ兵に引き渡して十字架にかけるように命じました。」([拙訳])。

ピラトはまずイエスさまをむちで打つように命じます。「むち打ち」を科せられた受刑者は上半身を裸にされて両手を自分の前にある一本の柱に結びつられます。刑に使われる「むち」は先端部分が三つに分かれており、そこには鉛が編み込んであります。受刑者を打つ回数は、刑の重さにより異なりますが、ユダヤの律法が許す回数は最大で40回、むち打ちを行うのはローマ兵です。

先端に鉛を埋め込んだむちで40回も打たれると、数回目で背中から腰の皮膚が引き裂けて筋肉がむき出しになり、その上をさらにむちで打つと、えぐり出された筋肉の繊維がリボンのように何本も垂れ下がり、ときには骨が露出することもあると言います。裂傷の上を繰り返し打たれることで、おびただしい出血が生じ、血圧が急速に低下し、心拍数が増えて意識障害に陥ります。十字架に至る以前にむち打ちの段階で死んでしまう受刑者がほとんどだったようです。今回の箇所はこのむち打ち刑の済んだ後です。

イエスさまにむち打ちの刑を行った兵士たちはイエスさまを総督官邸の中庭に連れて行きます。先端に鉛を埋め込んだ革のむちでローマ帝国の兵士に40回もむき出しの背中から下半身にかけて打たれたイエスさまは、この時点で大量の出血で意識障害に陥っているはずです。死んでいないのが不思議なくらいです。ピラトの総督官邸は「プレトリウム(Praetorium)」と呼ばれていて、これは古代ローマの執政官を「Praetor」と呼んだところから来ているのでしょう。おそらく石造りの壮大な建物と思われます。

兵士たちはエルサレムに駐留していた全員が中庭に出て来てイエスさまを愚弄し始めます。中東の戦争などでもイラクやアフガニスタンに駐留したアメリカ軍が敵軍の捕虜を辱めたなどという報道が写真や映像付きで行われたりしました。逆に戦国時代の織田信長の軍は、そう言う行為を一切しなかったことで軍の統制力を証明した、などと伝えられたりします。いずれにしても軍の支配する状況下では個々の兵士の行動をどこまでコントロールできるかはその軍の統制次第です。軍が敵国の捕虜を適切に取り扱わなかった記録や物語は後を絶ちません。

イエスさまの背中はズタズタに裂けて、そこからおびただしく出血しています。そのイエスさまに兵士はローブを着せてイバラの冠をかぶらせます。ズタズタに裂けた背中にローブを着せたり脱がしたり、というのは考えただけでも痛いです。そうやって兵士たちはイエスさまを好きなだけいたぶり、それに飽きるといよいよイエスさまを十字架に掛けるために連れて行きます。






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