マタイの福音書第26章第57節~第68節:議会の前に立つイエスさまマタイの福音書第26章第36節~第46節:イエスさまがゲッセマネで祈る

2015年12月06日

マタイの福音書第26章第47節~第56節:イエスさまが裏切られ逮捕される

第26章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Is Betrayed and Arrested

イエスさまが裏切られ逮捕される


47 And even as Jesus said this, Judas, one of the twelve disciples, arrived with a crowd of men armed with swords and clubs. They had been sent by the leading priests and elders of the people.

47 イエスさまがまだこの言葉を話しているときに、十二弟子のひとりのユダが、剣やこん棒で武装した男たち大勢と共に到着しました。この者たちは祭司長たちや民の長老たちから差し向けられていたのでした。

48 The traitor, Judas, had given them a prearranged signal: “You will know which one to arrest when I greet him with a kiss.”

48 裏切り者のユダは男たちに事前に合図を伝えておきました。「私が口づけをしてあいさつをするので、あなた方には誰を捕まえるのかわかるはずです。」

49 So Judas came straight to Jesus. “Greetings, Rabbi!” he exclaimed and gave him the kiss.

49 それでユダはまっすぐにイエスさまのところへ来ました。ユダは「こんにちは、先生。」と叫んでイエスさまに口づけしました。

50 Jesus said, “My friend, go ahead and do what you have come for.”  Then the others grabbed Jesus and arrested him.

50 イエスさまは言いました。「友よ、さぁ、あなたが来た目的を成しなさい。」 すると他の者たちがイエスさまを捕まえて逮捕しました。

51 But one of the men with Jesus pulled out his sword and struck the high priest’s slave, slashing off his ear.

51 しかしイエスさまといっしょにいた者のひとりが剣を抜き、大祭司のしもべに打ちかかり、耳を切り落としました。

52 “Put away your sword,” Jesus told him. “Those who use the sword will die by the sword.

52 イエスさまはその者に言いました。「剣をしまいなさい。剣を用いる者は、剣で滅びます。

53 Don’t you realize that I could ask my Father for thousands of angels to protect us, and he would send them instantly?

53 わからないのですか。私は父にお願いして数千人の天使を私たちの護衛に呼ぶこともできたのです。父は即座に送って下さったことでしょう。

54 But if I did, how would the Scriptures be fulfilled that describe what must happen now?”

54 ですが私がそうしていたら、聖書にいま起こらなければならないと書かれている部分はどうやって実現するというのですか。」

55 Then Jesus said to the crowd, “Am I some dangerous revolutionary, that you come with swords and clubs to arrest me? Why didn’t you arrest me in the Temple? I was there teaching every day.

55 それからイエスさまは群衆に向かって言いました。「私はあなた方が剣やこん棒を持って逮捕しに来なければならないような、危険な革命家か何かなのですか。どうして私を寺院で逮捕しなかったのですか。私は毎日あそこで教えていたのに。

56 But this is all happening to fulfill the words of the prophets as recorded in the Scriptures.” At that point, all the disciples deserted him and fled.

56 しかしこれらすべてのことは聖書に記された預言者たちの言葉が実現するために起こっているのです。」 そのとき弟子たち全員がイエスさまを見捨てて逃げました。




ミニミニ解説

マタイの第26章です。

エルサレム市内で過越の晩餐を終えたイエスさまの一行は、城壁の外に出て市の東側に広がるオリーブ山に移動し、イエスさまはそこで深く苦悩して神さまにお祈りを捧げました。イエスさまはできるならば苦しみの杯を取り除いていただきたいが、神さまの意志が成されることを何よりも尊重するとお祈りしました。イエスさまがお祈りをしている間、一緒に見張っているようにと言われた弟子たちは、睡魔に抗することができずに眠りに落ちてしまいます。そして弟子たちはイエスさまから「立ちなさい。行きましょう。見なさい。私を裏切る者が到着しました。」という言葉で起こされます。裏切り者のユダが武装した集団を引き連れて到着したのです。

今回と同じ部分の話は「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」のすべての福音書に見られます。「マルコ」はMark 14:43-52(マルコの福音書第14章第43節~第52節)です。

「43 そしてすぐ、イエスがまだ話しておられるうちに、十二弟子のひとりのユダが現われた。剣や棒を手にした群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、律法学者、長老たちから差し向けられたものであった。44 イエスを裏切る者は、彼らと前もって次のような合図を決めておいた。「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえて、しっかりと引いて行くのだ。」 45 それで、彼はやって来るとすぐに、イエスに近寄って、「先生」と言って、口づけした。46 すると人々は、イエスに手をかけて捕らえた。47 そのとき、イエスのそばに立っていたひとりが、剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とした。48 イエスは彼らに向かって言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕らえに来たのですか。49 わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕らえなかったのです。しかし、こうなったのは聖書のことばが実現するためです。」 50 すると、みながイエスを見捨てて、逃げてしまった。51 ある青年が、素はだに亜麻布を一枚まとったままで、イエスについて行ったところ、人々は彼を捕らえようとした。52 すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた。」([新改訳])。

「ルカ」はLuke 22:47-53(ルカの福音書第22章第47節~第53節)です。

「47 イエスがまだ話をしておられるとき、群衆がやって来た。十二弟子のひとりで、ユダという者が、先頭に立っていた。ユダはイエスに口づけしようとして、みもとに近づいた。48 だが、イエスは彼に、「ユダ。口づけで、人の子を裏切ろうとするのか」と言われた。49 イエスの回りにいた者たちは、事の成り行きを見て、「主よ。剣で撃ちましょうか」と言った。50 そしてそのうちのある者が、大祭司のしもべに撃ってかかり、その右の耳を切り落とした。51 するとイエスは、「やめなさい。それまで」と言われた。そして、耳にさわって彼をいやされた。52 そして押しかけて来た祭司長、宮の守衛長、長老たちに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのですか。53 あなたがたは、わたしが毎日宮でいっしょにいる間は、わたしに手出しもしなかった。しかし、今はあなたがたの時です。暗やみの力です。」([新改訳])。

「ヨハネ」はJohn 18:1-13(ヨハネの福音書第18章第1節~第13節)です。

「1 イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。そこに園があって、イエスは弟子たちといっしょに、そこに入られた。2 ところで、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこで会合されたからである。3 そこで、ユダは一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たちを引き連れて、ともしびとたいまつと武器を持って、そこに来た。4 イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、「だれを捜すのか」と彼らに言われた。5 彼らは、「ナザレ人イエスを」と答えた。イエスは彼らに「それはわたしです」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。6 イエスが彼らに、「それはわたしです」と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた。7 そこで、イエスがもう一度、「だれを捜すのか」と問われると、彼らは「ナザレ人イエスを」と言った。8 イエスは答えられた。「それはわたしだと、あなたがたに言ったでしょう。もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのままで去らせなさい。」 9 それは、「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした」とイエスが言われたことばが実現するためであった。10 シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。11 そこで、イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。」 12 そこで、一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たちは、イエスを捕らえて縛り、13 まずアンナスのところに連れて行った。彼がその年の大祭司カヤパのしゅうとだったからである。」([新改訳])。

いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式にあてはめると、この部分がほぼ「マルコ」から採用されていることがわかります。

ルカではイエスさまは弟子のひとり(ヨハネではそれがペテロと書かれています)が切り落とした男の耳をその場で治してしまう様子が書かれています。またマルコの最後には、はだかで逃げる青年の話がくっついています。ヨハネではイエスさまが群衆に一度、「だれを捜すのか」と問いかけ、それに対して群衆が「ナザレ人イエスを」と言ったのに対し、イエスさまが「それはわたしです」と答えると、群衆はその言葉を聞いて後ずさりして地に倒れてしまう様子が書かれています。

オリーブ山で祈りを捧げていたイエスさま一行の元へ、ついにイエスさまを逮捕するための一群が到着します。一群を率いてきたのは十二使徒のひとりのユダです。

一群は剣や棍棒で武装しています。一群が誰であったのか、マタイには「この者たちは祭司長たちや民の長老たちから差し向けられていた。」とだけ書かれているだけですが、ヨハネには、John 18:12(ヨハネの福音書第18章第12節)に「一隊の兵士と千人隊長、それにユダヤ人から送られた役人たち」と書かれています。千人隊長と一隊の兵士は明らかにローマ帝国軍のことです。「一隊の兵士」と言った場合、ローマ軍の最小行動単位は16人前後の歩兵で構成されるユニットなので、サンヘドリンからの通告を受けた総督のピラトが、イエスさまの逮捕のために最低でも16人程度の兵士を送り込んだことになります。

第48節にあるように、ユダはイエスさまの逮捕に向かう一群にあらかじめイエスさまを特定する合図を教えてありました。灯りのないオリーブ山の中は暗いので、たいまつの明かりでは顔の判別が困難でしょうし、ローマ帝国軍の兵士はイエスさまの顔自体を知らなかったでしょうから、イエスさまの逮捕を確実にするためにユダが合図を考えておいたのです。

第49節でユダがイエスさまに口づけをして合図すると、第50節では一群がイエスさまを即座に捕らえてしまいます。そのときにイエスさまがユダにかけた言葉、「友よ、さぁ、あなたが来た目的を成しなさい。(My friend, go ahead and do what you have come for.)」はマタイだけに登場する言葉です。

投入された兵士たちはおそらくイエスさまという人物について、多数の支持者に取り巻かれた危険分子として報告を受けていたでしょうから、抵抗らしい抵抗もなく逮捕があっさりと完了したので拍子抜けだったのではないでしょうか。ただ弟子の中に一人、剣を抜いて大祭司のしもべに切ってかかり、相手の耳を切り落とした人がいました(第51節)。ヨハネにはこれがペテロだったこと、ルカではイエスさまが切り落とされた耳をその場で治してしまう様子が書かれています。

イエスさまが剣を振るうペテロに言った第52節~第54節の言葉はマタイだけに登場する「独自の資料」からの編集です。「剣をしまいなさい。剣を用いる者は、剣で滅びます。わからないのですか。私は父にお願いして数千人の天使を私たちの護衛に呼ぶこともできたのです。父は即座に送って下さったことでしょう。ですが私がそうしていたら、聖書にいま起こらなければならないと書かれている部分はどうやって実現するというのですか。」

イエスさまは神さまの存在、神さまの力、神さま意志を100%信じている方なので、イエスさまが神さまにお願いすることは文字どおりに実現するのです。宇宙を造られた創造主であり、全知全能の力を持つ神さまがついているのですから、イエスさまには恐れるものは何もないのです。ですがイエスさまは苦しみの杯を避けるためにその力を使うことはせず、神さまの意志を実現するためにやすやすと捕まります。それは聖書に書かれていた預言がすべて成就するためなのです。

第55節、それでもイエスさまは逮捕されつつ、毅然と言い放ちます。「私はあなた方が険やこん棒を持って逮捕しに来なければならないような、危険な革命家か何かなのですか。どうして寺院で逮捕しなかったのですか。私は毎日あそこで教えていたのに。」

イエスさまは過越の祭りに至る一週間の間、毎日寺院に通って人々に教えていたのです。逮捕しようと思えばいつでも逮捕できる状況にありました。しかしサンヘドリンの議員たちは過越の祭りでたくさんの人が集まっている寺院でイエスさまの逮捕劇が起こると、それがイエスさまを支持する民衆による暴動の引き金になるのではないかと恐れていました。ひとたび暴動が起きれば鎮圧のためにローマ帝国軍が投入され、サンヘドリンに与えられて来た限定的な自治権が取り上げられ、サンヘドリンを中心に指導者層が享受してきた既得権をも奪われかねません。なので寺院の中ではサンヘドリンはイエスさまに手を出せなかったのです。サンヘドリンは誇り高いユダヤ民族の最高議決機関であるはずなのに、こともあろうに自分たちを支配する異邦人のローマ帝国から受ける既得権に基づく利害の維持を最優先に考えていたと言うことです。

イエスさまは逮捕の時点から十字架にかけられるまでの間、一貫して毅然とした態度をとり続けます。常に神さまの目に正しく映ることを願い求め、妥協することなく誠実を貫くイエスさまには恥じたり逃げ隠れしたりする理由がひとつもないからです。これは自信にあふれた言葉とは裏腹に、第56節で師を見放してさっさと逃げ去ってしまう弟子たちとは対照的です。






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