マタイの福音書第25章第31節~第46節:最後の裁きマタイの福音書第25章第1節~第13節:十人の付き添いの女性のたとえ話

2015年12月07日

マタイの福音書第25章第14節~第30節:三人のしもべのたとえ話

第25章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Parable of the Three Servants

三人のしもべのたとえ話


14 “Again, the Kingdom of Heaven can be illustrated by the story of a man going on a long trip. He called together his servants and entrusted his money to them while he was gone.

14 もう一度言います。天の王国は長い旅に出る男の話にたとえることができます。男はしもべたちを呼び集めて、不在の間、自分のお金を彼らに預けました。

15 He gave five bags of silver to one, two bags of silver to another, and one bag of silver to the last -- dividing it in proportion to their abilities. He then left on his trip.

15 男は五袋の銀を一人に、二袋の銀をもう一人に、一袋の銀を最後の一人に与えました。能力に応じて銀を分けたのです。それから男は旅に出かけました。

16 “The servant who received the five bags of silver began to invest the money and earned five more.

16 五袋を受け取ったしもべはお金を投資して五袋をもうけました。

17 The servant with two bags of silver also went to work and earned two more.

17 二袋を受け取ったしもべも仕事に行き、二袋をもうけました。

18 But the servant who received the one bag of silver dug a hole in the ground and hid the master’s money.

18 ところが一袋を受け取ったしもべは地面に穴を掘って主人の金を隠しました。

19 “After a long time their master returned from his trip and called them to give an account of how they had used his money.

19 長い時間が経ってしもべたちの主人が旅から帰って来ると、しもべたちを呼んで彼らがどのように男のお金を使ったかについて報告をさせました。

20 The servant to whom he had entrusted the five bags of silver came forward with five more and said, ‘Master, you gave me five bags of silver to invest, and I have earned five more.’

20 男が五袋の銀を預けたしもべはさらに五袋を持って前へ出て言いました。「ご主人さま、ご主人さまは私に投資のために五袋をくださいました。私はさらに五袋をもうけました。」

21 “The master was full of praise. ‘Well done, my good and faithful servant. You have been faithful in handling this small amount, so now I will give you many more responsibilities. Let’s celebrate together!’

21 主人は褒め称えました。「よくやった。私の良き忠実なしもべよ。あなたはこの少額の取り扱いに忠実だったから、私はさらにたくさんの責任をあなたに与えよう。さぁ、一緒にお祝いしよう。」

22 “The servant who had received the two bags of silver came forward and said, ‘Master, you gave me two bags of silver to invest, and I have earned two more.’

22 男が二袋の銀を預けたしもべが前へ出て言いました。「ご主人さま、ご主人さまは私に投資のために二袋をくださいました。私はさらに二袋をもうけました。」

23 “The master said, ‘Well done, my good and faithful servant. You have been faithful in handling this small amount, so now I will give you many more responsibilities. Let’s celebrate together!’

23 主人は言いました。「よくやった。私の良き忠実なしもべよ。あなたはこの少額の取り扱いに忠実だったから、私はさらにたくさんの責任をあなたに与えよう。さぁ、一緒にお祝いしよう。」

24 “Then the servant with the one bag of silver came and said, ‘Master, I knew you were a harsh man, harvesting crops you didn’t plant and gathering crops you didn’t cultivate.

24 それから男が一袋の銀を預けたしもべが来て言いました。「ご主人さま、私はご主人さまが植えていない所から刈り取り、栽培していない所から収穫されるような無情な方だと知っていました。

25 I was afraid I would lose your money, so I hid it in the earth. Look, here is your money back.’

25 私はご主人さまのお金を失うのが怖かったので、お金を地中に隠しておきました。あなたのお金をお返しします。」

26 “But the master replied, ‘You wicked and lazy servant! If you knew I harvested crops I didn’t plant and gathered crops I didn’t cultivate,

26 ところが主人は答えました。「お前は悪いなまけ者のしもべだ。私が植えていない所から刈り取り、栽培していない所から収穫することを知っていたのなら、

27 why didn’t you deposit my money in the bank? At least I could have gotten some interest on it.’

27 なぜお前は私の金を銀行に預けなかったのだ。少なくとも私は利息を受け取ることができただろうに。

28 “Then he ordered, ‘Take the money from this servant, and give it to the one with the ten bags of silver.

28 それから主人は命じました。「このしもべから金を取り上げて、銀十袋を持っている者に与えなさい。

29 To those who use well what they are given, even more will be given, and they will have an abundance. But from those who do nothing, even what little they have will be taken away.

29 与えられた物をよく使う者には、さらに与えられて豊かになります。ですが何もしない者からは、ほとんど持っていない物までもが取り上げられるのです。

30 Now throw this useless servant into outer darkness, where there will be weeping and gnashing of teeth.’

30 さぁ、この役に立たないしもべを外の暗やみに放り出しなさい。そこには泣き声と歯ぎしりがあるのです。」




ミニミニ解説

マタイの第25章です。

第25章は第24章とセットになっています。第24章でイエスさまが語った「未来の予告」の話はイエスさまが地上に戻る「終わりの日」がいつ来るかは誰にもわからないのだから、決して油断するな、警戒を怠るなというメッセージで締めくくられました。第25章にはそれを説明するたとえ話が三つ収録されています。前回は一つ目の「十人の付き添いの女性のたとえ話」、今回は二つ目、「三人のしもべのたとえ話」です。

今回とよく似ているたとえ話はルカにも収録されています。Luke 19:11-28(ルカの福音書第19章第11節~第28節)です。

「11 人々がこれらのことに耳を傾けているとき、イエスは、続けて一つのたとえを話された。それは、イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現われるように思っていたからである。12 それで、イエスはこう言われた。「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。13 彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』 14 しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った。15 さて、彼が王位を受けて帰って来たとき、金を与えておいたしもべたちがどんな商売をしたかを知ろうと思い、彼らを呼び出すように言いつけた。16 さて、最初の者が現われて言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、十ミナをもうけました。』 17 主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』 18 二番目の者が来て言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。』 19 主人はこの者にも言った。『あなたも五つの町を治めなさい。』 20 もうひとりが来て言った。『ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。21 あなたは計算の細かい、きびしい方ですから、恐ろしゅうございました。あなたはお預けにならなかったものをも取り立て、お蒔きにならなかったものをも刈り取る方ですから。』 22 主人はそのしもべに言った。『悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。23 だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。そうすれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ。』 24 そして、そばに立っていた者たちに言った。『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。』 25 すると彼らは、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言った。26 彼は言った。『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。27 ただ、私が王になるのを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の目の前で殺してしまえ。』」 28 これらのことを話して後、イエスは、さらに進んで、エルサレムへと上って行かれた。」([新改訳])。

「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、ここは「Q資料」からの採用と言うことになります。

ではたとえ話の解釈です。話の裏の意味を考えてみましょう。今回は主人としもべの話です。マタイでは主人は「長い旅に出る男」として描かれています。ルカでは「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。」と描かれています。この主人はイエスさまを指していると考えられます。聖書ではイエスさまは十字架死の後に復活して一度天という遠い国に帰り、「終わりの日」に王として地上に戻って来て「最後の裁き」を行うとされているからです。

主人は自分が留守の間にしもべたちに財産の運用を託します。イエスさまのしもべなのですから、これはクリスチャンのことでしょう。託される財産は、[NLT]では「bags of silver」と書かれているので私は「銀の袋」と訳しましたが、[KJV]ではここには「talent」という単語が使われています。「talent」を研究社の英和中辞典(第六版)で調べると、「語源」のところには「ギリシャ語「タラント(貨幣の単位)」の意」とあり、さらに「『才能』の意は聖書「マタイ伝」25章14‐30にある「才能に応じてタラントを分けた」たとえ話から」と書かれています。つまり「talent」はもともとギリシャ語で「円」とか「ドル」のような貨幣単位を表していたのですが、聖書のマタイの今回の部分に基づいて「才能」という意味を持つようになったのです。ちなみに[新改訳]は「タラント」と訳していますが、この話は一般的に「タラントンのたとえ」として、「タラント」の後に「ン」をつけて呼ばれることが多いと思います。

財産を預かったしもべはマタイもルカも三人いて、マタイでは能力に応じて預けられるお金が異なり、ルカでは同額を預かりながら能力に応じて運用結果が異なります。どちらにしても大きな成果をあげたしもべと、中程度の成果をあげたしもべと、お金を失うことを恐れて隠しておいたしもべの三人です。

成果をあげたしもべはイエスさまからお褒めの言葉を預かります。「Well done(よくやった)」とは何とも良い響きです。イエスさまからこんな言葉をかけていただけたら感激です。

ところが三人目のしもべは預かったお金を失うのが怖くてしっかりと隠しておいたのでした。マタイでは地中に埋めて、ルカではふろしきに包んでおいて、しもべはそれに一度も触れることはなかったのです。イエスさまはこのしもべを激しく叱ります。預けておいたお金は取り上げられて、それは成果をあげたしもべにさらに与えられ、マタイではこのしもべは鳴き声と歯ぎしりの聞こえる外の暗やみに放り出されてしまいます。つまり与えられたお金を隠しておいた人は、最後の裁きで天国に入れてもらえない側に入れられるということになります。

私は一番最初にこの話を読んだときに、どうしてもう一人、運用にチャレンジして失敗してしまうしもべを描かなかったのだろうか、と思いました。もしイエスさまが結果如何に関わらずそのしもべを褒める場面が描かれていたら、みんな安心してイエスさまから託されたものを使えるだろうに、と考えたのです。でもよく考えてみたら、しもべは神さまから託されたものを使うのですから、失敗するわけがないのです。クリスチャンには全知全能の神さまがついているのですから必ず成功するのです。だから成功を収めるしもべの話しか描いてないのだろう、と思い直しました。きっと大成功を収めた最初のしもべは神さまを疑う気持ちが少なくて、私みたいに「どうしてもう一人、運用にチャレンジして失敗してしまうしもべを描かなかったのだろうか」などということは微塵も考えないのです。純粋な気持ちで神さまを信じて運用をしているのです。

英和辞典に書かれているように、クリスチャンが神さまから預かるものを「才能」と解釈するのはとてもわかりやすいと思います。私は「才能」は十人十色で、百人の人がいたら百種類の才能があると思っています。「あの人は才能があって良いなぁ」とうらやましがるのは勝手ですが、たぶん才能はどの人にも同じように与えられているのだと思います。自分の才能を見つけてそれを神さまを信じて使えば間違いなく結果がついてくるのです。嘘みたいに幸運が続いて神さまの祝福が降り注ぐのです。金銭や財産のことを言っているのではない、と考える必要もないと思います。聖書に登場する神さまに忠実で誠実な人には、経済的な祝福を受けている人がたくさんいますから。私の考え方だとこのたとえ話はルカのように、与えられる財産(才能)はみな同じ額なのに運用結果が大きかったり中くらいだったり少しだったりする方がしっくり来ます。神さまを疑う気持ちが少なくて、神さまを褒め称えて生きる人ほど神さまからたくさんの祝福が受けられるのではないかと思うからです。

ちなみに財産を隠しておいた人はルカでは暗闇に放り出されることはありません。イエスさまの前で殺されるのはイエスさまが王になるのを望まなかった人たちです。

次回は三つ目のたとえ話、「最後の裁き」です。






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