マタイの福音書:第23章マタイの福音書第22章第34節~第40節:もっとも重要な掟

2015年12月10日

マタイの福音書第22章第41節~第46節:救世主は誰の息子か

第22章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Whose Son Is the Messiah?

救世主は誰の息子か


41 Then, surrounded by the Pharisees, Jesus asked them a question:

41 それからファリサイ派の人たちに取り囲まれて、イエスさまは彼らにひとつ質問をしました。

42 “What do you think about the Messiah? Whose son is he?” They replied, “He is the son of David.”

42 「あなた方はメシアについてどう思いますか。メシアは誰の息子でしょうか。」 彼らは答えました。「メシアはダビデの息子です。」

43 Jesus responded, “Then why does David, speaking under the inspiration of the Spirit, call the Messiah ‘my Lord’? For David said,

43 イエスさまは答えました。「それではなぜダビデは聖霊によってメシアを『私の主』と呼ぶのでしょうか。ダビデは言っています。

44 ‘The LORD said to my Lord, Sit in the place of honor at my right hand until I humble your enemies beneath your feet.’

44 『主は私の主に言いました。私があなたの敵をくじいてあなたの足下に従わせるまでは、私の右側の栄誉の座に着いていなさい、と。』

45 Since David called the Messiah ‘my Lord,’ how can the Messiah be his son?”

45 ダビデはメシアを『私の主』と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの息子でありえるのでしょうか。」

46 No one could answer him. And after that, no one dared to ask him any more questions.

46 誰もイエスさまに回答することができませんでした。そしてそれ以降、誰もイエスさまにあえて質問をしませんでした。




ミニミニ解説

マタイの福音書第22章です。

イエスさまは十字架にかけられる前の一週間、毎日寺院へ通い、そこで人々に教えていました。マタイではイエスさまが祭司長たちと長老たちに話した三つのたとえ話が書かれ、これに続いて四つの問答が書かれています。最初の問答は「シーザーへの税金」でした。次が「死者の復活」、三つ目が「もっとも重要な掟」、今回は最後の四つ目、「救世主は誰の息子か」についての問答です。

同じ話は「マルコ」と「ルカ」に登場します。

マルコは前回の続きでMark 12:35-37(マルコの福音書第12章第35節~第37節)です。「35 イエスが宮で教えておられたとき、こう言われた。「律法学者たちは、どうしてキリストをダビデの子と言うのですか。36 ダビデ自身、聖霊によって、こう言っています。『主は私の主に言われた。「わたしがあなたの敵をあなたの足の下に従わせるまでは、わたしの右の座に着いていなさい。」』 37 ダビデ自身がキリストを主と呼んでいるのに、どういうわけでキリストがダビデの子なのでしょう。」大ぜいの群衆は、イエスの言われることを喜んで聞いていた。」([新改訳])。

ルカはLuke 20:41-44(ルカの福音書第12章第41節~第44節)です。「41 すると、イエスが彼らに言われた。「どうして人々は、キリストをダビデの子と言うのですか。42 ダビデ自身が詩篇の中でこう言っています。『主は私の主に言われた。43 「わたしが、あなたの敵をあなたの足台とする時まで、わたしの右の座に着いていなさい。」』 44 こういうわけで、ダビデがキリストを主と呼んでいるのに、どうしてキリストがダビデの子でしょう。」([新改訳])。

「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、これは「マルコ」からの採用と言うことになります。

オリジナルの「マルコ」では、イエスさまが話している相手は寺院の中でイエスさまのまわりに集まった群衆です。三つ目の「もっとも重要な掟」の問答の後でファリサイ派はイエスさまに質問をすることをあきらめています。イエスさまはファリサイ派が質問をあきらめたところで群衆に対して「律法学者たちはどうして」とそのファリサイ派を話題の種にして話をし、最後の第37節では「大ぜいの群衆はイエスの言われることを喜んで聞いていた。」とイエスさまがファリサイ派に挑戦するのを群衆が楽しんでいた様子が書かれています。が、「マタイ」ではファリサイ派は前回から引き続きイエスさまを取り囲んでその場所に残っていて、今回の問答もイエスさまが話している相手がファリサイ派になっています。

このように「マタイ」では「イエスさま」対「ファリサイ派」の対立の構図で話を構成するケースが多く見受けられます。これは「マタイの福音書」を使っていた教会(あるいは教会群)の出身母体がユダヤ人の保守派層、つまりファリサイ派に近い考え方をしたいた層であったことと関係があるはずで、自分たちの教会は保守的な立場を取ってはいるものの、イエスさまを十字架へ送ったファリサイ派とは決定的に異なるのだとことさら強く主張して教会の結束を図る必要があったのではないかと考えます。

さて今回の問答です。イエスさまの質問は「なぜダビデはメシアを『私の主』と呼ぶのか」です。

ダビデはイスラエルの第二代の王で、ユダヤ人がイスラエル史上最高の王として褒め称える王の中の王です。ダビデはイエスさまの時代から1000年ほど前に存在しました。どうして人々がユダヤ人を救う救世主(メシア)を「ダビデの息子」と呼ぶのか、旧約聖書から引用して説明してみます。

引用は 2 Samuel 7:12-14(サムエル記第二第7章第12節~第14節)です。ここで神さまは預言者ナタンに言葉を授け、ダビデ王に次のように告げるように言いました。引用の中の「あなた」はダビデ王のことです。「12 あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。14 わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。」([新改訳])。

これはダビデが死んだ後にダビデから出る世継ぎの子が王となって王国が確立し、その王国の王座は永久に立つ、という預言です。確かにこの預言は実現してダビデの世継ぎのソロモンがダビデの次に第三代の王となり、ソロモン王の代でイスラエルは栄華を極めて巨大な王国となりました。ところがソロモンの子供の代でイスラエルは南北に分裂してしまい、最終的には北朝のイスラエルも南朝のユダも滅びてしまうのです。

王国が分裂している間にたくさんの預言者が現れて王の不義やユダヤ人の不信仰を批判します。そしてこのまま神さまの期待に背き続けると、やがて神さまの裁きが下ることになるぞとと警告します。その裁きは「国外追放」の形で来ると言うのです。この預言もユダヤ人の歴史上で実現していて、北朝のイスラエルも南朝のユダも異民族に滅ぼされた後で民族の大半がパレスチナの地を追われたのです。その一方で預言者たちは、それでも最後の最後には神さまの恵みにより王国が回復すると伝えています。そして回復される王国は「ダビデの王国の復活」だと繰り返し預言されるのです。

たとえば Jeremiah 23:5-6(エレミヤ書第23章第5節~第6節)には次のように書かれています。「5 見よ。その日が来る。--主の御告げ--その日、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行なう。6 その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は、『主は私たちの正義』と呼ばれよう。」([新改訳])。復活する王国の王となるのは「ダビデに起こる一つの若枝」です。これらの部分から最終的にユダヤ人を救う救世主は「ダビデの息子」と呼ばれるようになり、これはファリサイ派にも当時の世間一般でもそのように信じられていたのです。

このことについてイエスさまの質問はやはり旧約聖書の Psalm 110:1(詩編第110章第1節)からの引用です。これはダビデ自身が書いた「ダビデの賛歌」からの引用です。「主は、私の主に仰せられる。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」」([新改訳])。

ここにはダビデ自身の言葉で「主」が「私の主」に言っていると書いてあります。その「主」が話す言葉の内容は「自分が敵をあなたの足台とするまでは、私の右の座に着いて待っていなさい」です。ダビデの「主」は神さまです。つまり「主」である神さまが「私はおまえの敵を倒しておまえの足下にひざまずかせる予定だから、それまでは自分の右側で待機して待っていなさい」と「私の主」に言ったのです。つまりこれは「主」である神さまが「私の主」のために舞台を整えてあげるよという約束なのです。もし神さまが舞台を整えてあげる相手である「私の主」が救世主(メシア)なのだとしたら、ダビデはその人を「私の主」と呼んでいることになります。もし人々が信じるようにメシアが「ダビデの息子」なのだとしたら、どうしてダビデは自分の息子を「私の主」と呼ぶのか、立場と呼び方がおかしいではないかと言うのがイエスさまの質問です。

この問答でイエスさまは問いかけだけをして答えを言いません。が、答えは福音書の中に用意されているのです。つまりダビデの死後、約1000年を経てダビデの血を引く家系から出たイエスさまが十字架死で人類を救いメシアとなったのです。「Psalms(詩編)」にたくさんの言葉を残しているように、ダビデは王であると同時に預言者でした。きっとダビデは自分の死後、1000年に起こるイエスさまの十字架を見て、「その日まで待っていなさい」と「ダビデの賛歌」のこの部分を書いたのです。あるいは「あなたの敵をあなたの足台とする」時というのが「終末論」の中で信じられているような、世の中でこれから起こる神さまがサタンの計画を完全にくじく出来事なのだとしたら、いまから約2000年前に十字架死~復活を経て天へ戻ったイエスさまは、王として地上に君臨するために地上に再び戻るまでの間、神さまの右の座で待機していることになります。ダビデはそこまでを見てこれを書いたのかも知れません。







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