マタイの福音書第21章第33節~第46節:邪悪な農夫のたとえ話マタイの福音書第21章第23節~第27節:イエスさまの権威に異議が唱えられる

2015年12月11日

マタイの福音書第21章第28節~第32節:二人の息子のたとえ話

第21章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Parable of the Two Sons

二人の息子のたとえ話


28 “But what do you think about this? A man with two sons told the older boy, ‘Son, go out and work in the vineyard today.’

28 「ですがあなた方はこれをどう思いますか。二人の息子を持つある男が兄の方に言いました。『息子よ、今日はぶどう園へ行って働いてくれ。』

29 The son answered, ‘No, I won’t go,’ but later he changed his mind and went anyway.

29 息子は答えました。『いいえ、行きたくありません。』 ですが兄は気が変わって結局は行きました。

30 Then the father told the other son, ‘You go,’ and he said, ‘Yes, sir, I will.’ But he didn’t go.

30 それから男は弟の方に言いました。『あなたが行きなさい。』 息子は答えました。『はい、わかりました。』 ですが弟は行かなかったのです。

31 “Which of the two obeyed his father?” They replied, “The first.” Then Jesus explained his meaning: “I tell you the truth, corrupt tax collectors and prostitutes will get into the Kingdom of God before you do.

31 二人のうちどちらが父に従ったでしょうか。彼ら(祭司長たちと長老たち)は答えました。「最初の方です。」 するとイエスさまが意味を説明しました。「あなた方に本当のことを言います。徴税吏や売春婦たちが、あなた方より先に神さまの王国に入るのです。

32 For John the Baptist came and showed you the right way to live, but you didn’t believe him, while tax collectors and prostitutes did. And even when you saw this happening, you refused to believe him and repent of your sins.

32 というのは洗礼者ヨハネが来てあなた方に正しい生き方を示したのに、あなた方はヨハネを信じませんでした。一方、徴税吏や売春婦たちはヨハネを信じました。さらにあなた方はこれが起こっているのを目撃したのに、ヨハネを信じることと罪を悔やむことを拒みました。




ミニミニ解説

マタイの福音書第21章です。

イエスさまは十字架前の一週間、毎日寺院へ通い、そこで人々に教えています。前回、イエスさまのところへ祭司長たちと長老たちが近づいて来て「何の権威によって、あなたはこれらのことをしているのですか。だれがあなたにその権威を与えたのですか。」と問いました。イエスさまは質問に質問で応じて「洗礼者ヨハネの洗礼の権威は天から来たのでしょうか。あるいは単に人間のものですか。」とたずねて、祭司長たちと長老たちはこれに回答できませんでした。

今回はこの続きで、イエスさまが祭司長たちと長老たちにたとえ話を聞かせます。今回の「二人の息子のたとえ話」は「マタイ」だけに登場します。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、これはマタイの「独自の資料」からの編入です。

「ぶどう園へ仕事に行きなさい。」と言う父の命令に対して、「行かない。」と言いながら実際には行った兄と、「行きます。」と言いながら結局行かなかった弟で、どちらが父の命令に従ったかという話です。イエスさまによるとこの話の意味は、神さまの王国、つまり天国に入るのは徴税吏や売春婦たちという社会で見下され忌み嫌われている人たちが先で、祭司長や長老たちと言った尊敬を集めるユダヤの指導者層は後になると言うのです。

つまり「行きます。」と言いながら結局行かなかった弟と言うのは祭司長や長老たちのユダヤ指導者層のことを指していて、彼らは「自分たちは聖書の律法に従っている」と言って自負しながら、洗礼者ヨハネが「悔い改めよ。神さまに向き直れ。」と聖書の中心にあるメッセージを叫んだのにも関わらず、これを認めず従いませんでした。

一方の「行かない。」と言いながら実際には行った兄は徴税吏や売春婦たちのことで、彼らのしている仕事は明らかに聖書の律法違反にあたり、それを知っていながら日々を暮らしてきたのですが、ある日ヨハネのメッセージに接すると自分たちの行いを悔いて神さまに向き直りました。

なお第31節にある「徴税吏や売春婦たちが、あなた方より先に神さまの王国に入る」を解釈すると、順序の問題はあるものの祭司長や長老たちも神さまの王国に最終的には入れるように読めますが、どうも原語の「入る」にあたるギリシア後の意味は、「先に入ってそこを占拠してしまう」というような意味で、そのために「後から来る人は締め出されて入れない」ようなニュアンスなのだそうです。

余談ですが、マタイの[新改訳]は兄と弟の立場が逆転していることに気づきました。「28 ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『{子よ。}きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。29 兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。30 それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。31 ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。32 というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです」([新改訳])。

このように兄が「行きます。」と言いながら結局行かなかった方、弟が「行かない。」と言いながら実際には行った方です。これは[KJV]にも合致しないので元にしている原典にこういう微妙に異なる部分があるのだろうな、と思いました。






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