マタイの福音書第13章第31節~第43節:からし種のたとえ話、パン種のたとえ話、麦と雑草のたとえ話の説明マタイの福音書第13章第1節~第23節:種を蒔く農夫のたとえ話、たとえ話をする理由

2015年12月19日

マタイの福音書第13章第24節~第30節:麦と雑草のたとえ話

第13章





(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Parable of the Wheat and Weeds

麦と雑草のたとえ話


24 Here is another story Jesus told: “The Kingdom of Heaven is like a farmer who planted good seed in his field.

24 ここにイエスさまが話したもうひとつの話があります。「天の王国とは、自分の畑に良い種を蒔いた農夫のようなものです。

25 But that night as the workers slept, his enemy came and planted weeds among the wheat, then slipped away.

25 ところがその夜、働き手たちが眠っている間に敵が来て麦の中に雑草を植えて立ち去りました。

26 When the crop began to grow and produce grain, the weeds also grew.

26 作物が育ち実を結び始めると、雑草もやはり育ちました。

27 “The farmer’s workers went to him and said, ‘Sir, the field where you planted that good seed is full of weeds! Where did they come from?’

27 働き手たちは農夫のところへ来て言いました。「ご主人さま、ご主人さまが良い種を蒔いた畑に雑草がいっぱいです。どこから現れたのでしょうか。」

28 “‘An enemy has done this!’ the farmer exclaimed. “‘Should we pull out the weeds?’ they asked.

28 農夫は声を上げました。「敵がやったのだ!」 働き手たちがたずねました。「雑草を抜きましょうか。」

29 “‘No,’ he replied, ‘you’ll uproot the wheat if you do.

29 農夫はこたえました。「いや。そうしたら、麦も抜いてしまいます。

30 Let both grow together until the harvest. Then I will tell the harvesters to sort out the weeds, tie them into bundles, and burn them, and to put the wheat in the barn.’”

30 収穫まで両方とも育つままにしておきなさい。そのときに私が刈り取りの人夫たちに、雑草を別にして集め、束にして縛り、燃やすように言います。麦は納屋に納めるように言います。」




ミニミニ解説

マタイの福音書の第13章にはイエスさまの話したたとえ話が書かれています。最初の話は「種を蒔く農夫」の話で、同時にどうしてイエスさまがたとえ話をするのかの秘密も明かされていました。今回は「麦と雑草」の話です。次回は「からし種」の話になっていて、マタイは種の話を三つまとめて第13章の前半を構成しています。

今回と同じ記述は、マルコにもルカにも見つかりません。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、この部分はマタイの「独自の資料」と言うことになります。

今回も前回の「種を蒔く農夫のたとえ話」と同様、読みながら日本の畑を頭に思い描くと、いったい何が問題なのだろう、と思ってしまうかも知れません。畑をよく耕して、細長く土を盛り上げた畝(うね)を作って、そこに麦の種を蒔いたであれば、たとえ誰かが夜中にこっそり雑草を植えて行ったとしても、それを見分けて取り除くのは比較的容易でしょう。

ところがイエスさまの時代のイスラエルの畑は農法が違うのでした。農夫は収穫の終わった後でそのまま放置されていた畑に向かって、ところかまわずバラバラと種を蒔いて歩き、それから種を蒔いたあたりをザクザクと耕して種の成長を助けました。うまく収穫に結びつく種もありますが、そのまま失われてしまう種も多かったのです。

そんな畑ですから、せっかく麦の種を蒔いた後に雑草を植えられては、雑草だけを見分けて抜き去るのは困難です。そんなことをしたら間違って大切な麦を抜いてしまうかも知れません。だから農夫は、とりあえずそのまま放置して収穫の季節を待ち、麦か雑草かが見分けられるようになったら、刈り手に指示を出して、刈り取ったら雑草を別に分けて束にして、燃やしてしまおうと考えたのです。

何とも不思議なたとえ話です。前回の「種を蒔く農夫のたとえ話」で明らかになったように、このたとえ話にも秘められた裏の意味があります。それは次回でお送りする、第36節~第43節に出て来ます。

ちなみに「敵」が来て畑に植えていくのは、[NLT]では「weed」となっていますので、私は「雑草」と訳しましたが、[新改訳]では「毒麦」と書かれています。「毒麦」っていったいなんだろう、と思い、調べてみました。すると「ドクムギ」はヨーロッパ原産のイネ科の植物で、その植物自体には毒性はないのですが、特別な菌(麦角菌)が付着しやすい種類のようです。この菌が有毒のカビ(麦角アルカロイド)を生み出します。このカビは種類や使い方によっては薬にもなりますが、食べると中毒症状を引き起こすことがあるようです。wikipediaには「若いうちはコムギと判別しづらい。根もコムギと入り組んでいるため、抜くと麦も一緒に抜いてしまう危険性がある。穂を出せば区別できるので、収穫まで一緒に育つままにしておくように命じたという聖書の言葉の意味が理解できる」と書かれていました。これを小麦畑にこっそり植えられては厄介です。

また[KJV]では、敵が植えたのは「tare」だと書いてあります。辞書で引くと「オオカラスノエンドウ、スズメノエンドウ」であると書かれています。これらは牧草として利用される雑草のようですが、カラスノエンドウ(別称:ヤハズエンドウ)は「茎には巻きひげがあり、近くのものに絡みつくこともある」などと説明されているので、これが抜こうとすると麦も一緒に抜けてしまう理由なのかな、と思いました。








english1982 at 21:00│マタイの福音書 
マタイの福音書第13章第31節~第43節:からし種のたとえ話、パン種のたとえ話、麦と雑草のたとえ話の説明マタイの福音書第13章第1節~第23節:種を蒔く農夫のたとえ話、たとえ話をする理由