マタイの福音書第12章第46節~第50節:イエスさまの真の家族マタイの福音書第12章第22節~第37節:イエスさまと悪霊の王子

2015年12月20日

マタイの福音書第12章第38節~第45節:ヨナのしるし

第12章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Sign of Jonah

ヨナのしるし


38 One day some teachers of religious law and Pharisees came to Jesus and said, “Teacher, we want you to show us a miraculous sign to prove your authority.”

38 ある日、何人かの律法学者とファリサイ派の人たちがイエスさまのところへ来て言いました。「先生、あなたの権威を証明するために、私たちに奇跡のしるしを見せていただきたいのですが。」

39 But Jesus replied, “Only an evil, adulterous generation would demand a miraculous sign; but the only sign I will give them is the sign of the prophet Jonah.

39 しかしイエスさまは答えて言いました。「邪悪で不義の世代の人々だけが奇跡のしるしを求めるのです。しかし私がそのような人たちに与えるしるしは、予言者ヨナのしるしだけです。

40 For as Jonah was in the belly of the great fish for three days and three nights, so will the Son of Man be in the heart of the earth for three days and three nights.

40 なぜならヨナが三日と三晩の間、大きな魚の腹の中にいたように、人の子も三日と三晩の間、地の中にいることになるからです。

41 “The people of Nineveh will stand up against this generation on judgment day and condemn it, for they repented of their sins at the preaching of Jonah. Now someone greater than Jonah is here -- but you refuse to repent.

41 裁きの日に、ニネベの人々はこの世代の人たちの前に立って有罪に定めることでしょう。なぜならニネベの人たちはヨナの説教を聞いて、自分たちの罪を悔いたからです。いまここにヨナよりも偉大な者がいます。なのにあなた方は悔いることを拒みます。

42 The queen of Sheba will also stand up against this generation on judgment day and condemn it, for she came from a distant land to hear the wisdom of Solomon. Now someone greater than Solomon is here -- but you refuse to listen.

42 裁きの日に、シバの女王もこの世代の人たちの前に立って有罪に定めることでしょう。なぜなら女王は遠方の地からソロモンの知恵を聞きに来たのです。いまここにソロモンよりも偉大な者がいます。なのにあなた方は聞くことを拒みます。

43 “When an evil spirit leaves a person, it goes into the desert, seeking rest but finding none.

43 邪悪な霊がある人から出て行くと、砂漠へ行き、休息を求めますが見つかりません。

44 Then it says, ‘I will return to the person I came from.’ So it returns and finds its former home empty, swept, and in order.

44 すると霊は言うのです。「出て来た人のところへ戻ろう。」 そこで霊は戻ってきて、元の自分の家が空いていて、掃除され、片付いているのを見つけます。

45 Then the spirit finds seven other spirits more evil than itself, and they all enter the person and live there. And so that person is worse off than before. That will be the experience of this evil generation.”

45 それから霊は自分よりも邪悪な七つの霊を見つけて、全員でその人に入って、そこに住むのです。その人の状態は以前よりも悪くなります。それがこの邪悪な世代が経験することです。」




ミニミニ解説

マタイの福音書の第12章、今回は、予言者ヨナのしるしの話です。

ファリサイ派がイエスさまのところへ来て、自分の権威を証明するために奇跡の術をやって見せろ、と迫ります。この記述はマルコの中にもあります。Mark 8:11-12(マルコの福音書第8章第11節~第12節)です。「11 パリサイ人たちがやって来て、イエスに議論をしかけ、天からのしるしを求めた。イエスをためそうとしたのである。12 イエスは、心の中で深く嘆息して、こう言われた。「なぜ、今の時代はしるしを求めるのか。まことに、あなたがたに告げます。今の時代には、しるしは絶対に与えられません。」([新改訳])。マルコではこの部分は、イエスさまは「しるしは絶対に与えられません」とファリサイ派を相手にしないだけです。

今回と同様の記述は、ルカの中に見られます。Luke 11:24-32(ルカの福音書第11章第24節~第32節)です。マタイとは話の順序が逆になっています。「24 汚れた霊が人から出て行って、水のない所をさまよいながら、休み場を捜します。一つも見つからないので、『出て来た自分の家に帰ろう』と言います。25 帰って見ると、家は、掃除をしてきちんとかたづいていました。26 そこで、出かけて行って、自分よりも悪いほかの霊を七つ連れて来て、みな入り込んでそこに住みつくのです。そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。」 27 イエスが、これらのことを話しておられると、群衆の中から、ひとりの女が声を張り上げてイエスに言った。「あなたを産んだ腹、あなたが吸った乳房は幸いです。」 28 しかし、イエスは言われた。「いや、幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。」 29 さて、群衆の数がふえてくると、イエスは話し始められた。「この時代は悪い時代です。しるしを求めているが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。30 というのは、ヨナがニネベの人々のために、しるしとなったように、人の子がこの時代のために、しるしとなるからです。31 南の女王が、さばきのときに、この時代の人々とともに立って、彼らを罪に定めます。なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし、見なさい。ここにソロモンよりもまさった者がいるのです。32 ニネベの人々が、さばきのときに、この時代の人々とともに立って、この人々を罪に定めます。なぜなら、ニネベの人々はヨナの説教で悔い改めたからです。しかし、見なさい。ここにヨナよりもまさった者がいるのです。」([新改訳])。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、ファリサイ派が奇跡をしるしを求めた部分が「マルコ」から、そのほかの部分がイエスさまの語録集である「Q資料」からの採用で、マタイは両者を組み合わせていることがわかります。

ファリサイ派は人々の支持を集めるイエスさまを殺害しようと企んでいます。人々の人気がイエスさまに集まるのが気に入らないし、自分を神さまのように語るのは死罪にあたる神さまへの冒とく行為だし、このままではローマ帝国からイエスさまが反政府の暴動を準備していると誤解されて軍隊が差し向けられるかも知れません。そうなればローマ帝国がファリサイ派などから構成されるユダヤ人の議会(サンヘドリン)に与えた限定的な自治権さえ、奪われてしまうかも知れません。ファリサイ派は「神さまを信じる」「神さまの目に正しく映っている」などと豪語しながら、ユダヤ民族が嫌う異国民支配の下で満喫している既得権益を奪われることを恐れているのです。このためファリサイ派はイエスさまを律法違反で告訴できるチャンスを狙っています。奇跡のしるしを見せろ、と迫ってイエスさまを追い込もうとしているのです。

予言者ヨナは旧約聖書の「ヨナ書」に登場します。おもしろくて一気に読めてしまう短い話ですから、手元に旧約聖書があって、まだ読んだことがないと言う方はぜひ読んでみてください。

ある日ヨナは神さまから「ニネベに行け」と命じられます。ニネベは、紀元前7世紀くらいまでいまのイラクのあたりにあったアッシリア帝国の首都です。アッシリアの最盛期にはニネベは信じられないくらい巨大な城壁で周囲を囲んだ城塞都市として栄えましたが、陥落後は失われてしまいました。ヨナ書はニネベが帝都として栄えていた頃の話です。アッシリアは異邦人の国で国民は異国の神を拝んでいます。ニネベの邪悪な状況が神さまの耳に届いたので、行って警告しろ、とヨナに言うのです。

ところがヨナは神さまの命令を拒んで神さまから逃げます(逃げた理由は物語の最後に明かされます)。船に乗ってどんどん逃げますが、船は嵐に襲われます。ヨナは嵐の理由が自分にあると知っていたので、水夫に自分を海に投げ込むように言います。水夫はヨナを助けようして、ヨナの提案を一度は退けますが、嵐がますます強まるのでやむなくヨナを海に投げ込みます。すると海は突然静かになります。海に沈んでいくヨナのところに、神さまは大きな魚を差し向けます。ヨナはその魚に飲み込まれて、三日三晩、魚の腹の中で過ごすのです。ヨナが魚の腹の中からお祈りをすると、神さまはヨナを魚の腹の中から解放します。ヨナはそれからニネベに行って、神さまの警告を伝えて歩きます。するとニネベの人たちはヨナの言葉を信じて、行いを改めて神さまに許しを乞います。神さまはその様子を見て、そのときはニネベを滅ぼすことを思いとどまります。

第39節で、イエスさまは奇跡のしるしを求めるファリサイ派に対し、私が与えるしるしは預言者ヨナのしるしだけだ、と言います。そして第40節で、ヨナのしるしとは、ヨナが三日と三晩の間、大きな魚の腹の中にいたように、イエスさまも三日と三晩の間、地の中にいることになる、と言います。これは、イエスさまが十字架死の後で墓に葬られ、三日と三晩の後に復活したことを指しています。これを読んで、イエスさまがこの段階ですでに自分の復活を予告していた、と取ることもできますが、ルカもマタイも、イエスさまの十字架の後、何十年か経った後の本ですし、材料として使われた「Q資料」もイエスさまの福音を伝える教会群の間で流布されていた文書のひとつでしょうから、イエスさまの復活を旧約聖書に結びつけて説いて説明したエピソードのひとつ、として受け止めるのが良いと思います。

それよりも大切なのは第41節の、「裁きの日にニネベの人々はこの世代の人たちの前に立って有罪に定めることでしょう」の部分です。ニネベの人々は異邦人でありながら、ヨナの言葉を聞いて、自分たちの行いが神さまの目に悪として映っていることに気づき、悔い改めたのです。一方でイエスさまの時代のユダヤ人は、神さまに選ばれた民でありながら、洗礼者ヨハネの言葉にも耳を傾けずヨハネをヘロデ王に殺させてしまい、イエスさまの言葉にも耳を傾けずイエスさまを十字架にかけてしまいます。そして、このときにこれを伝えているマタイの教会も、同胞のユダヤ人から激しい迫害に遭っています。マタイは、来る裁きの日には異邦人のニネベの人たちがそういう頑ななユダヤ人たちを神さまの前で告発する、と言うのです。

第42節で、同じように告発するであろうというシバの女王は、旧約聖書の列王記第1の第10章に登場します。ヨナ書をさらに400年もさかのぼるイスラエルの最盛期の頃の話です。ダビデ王を次いだソロモン王はその賢さで知られていて、その噂を聞いた遠国の女王シバがソロモンの知恵を試そうと、宝物を携えてわざわざエルサレムを訪ねるのです。裁きの日には、そうやって信じるものの正しさを確かめようと具体的な行動を起こしたシバの女王が、行動を拒むユダヤ人を告発する、と言うのです。

なお、「ヨナよりも偉大な者」「ソロモンよりも偉大な者」と訳した部分は、[NLT]では「someone」とされているので私も「者」と訳しましたし、ここは陰に「イエスさま」を指しているように連想させますが、[KJV]では「a greater(もっと偉大なもの)」となっていて、それがはたして「人」なのか「物」なのかがよくわかりませんし、他の版を見ると「someone」ではなくて「something」としている版もあることから、おそらくギリシア語の原語は、必ずしも「人」を指しているわけではないようです。

第43節~第45節の邪悪な霊が七つの霊を引き連れて戻ってくる話は、当時よく行われていた「除霊」の話だと思います。病気になるのは悪霊に取り憑かれたせいだとして、権威ある先生を招き、悪魔払いの祈祷で悪霊を追い出してもらっても、症状が必ずしも改善しない、そんなことは当時はよくあったのでしょう。そのときに祈祷師は、「一度は私の祈祷で出て行った悪霊が、しばらくしてたくさんの霊をつれて戻ってきたのだ」と説明したのです。

ルカやマタイがここでこのエピソードを挿入する理由はなんでしょうか。イエスさまの十字架死の後、ユダヤ民族は悲惨な運命をたどります。西暦70年にはローマ帝国軍により、エルサレムが陥落し、イスラエルの国家が失われてしまうのです。福音書やパウロの書簡を使ってイエスさまの福音が伝えられていた時代、エルサレムの崩壊へ向けて、事態は悪化の一歩をたどっていたのです。一度は治ったかに見えた病気がさらに悪くなるような状態、そんな事態がイスラエルを襲うのだぞ、と、マタイの教会が発した警告のひとつだったのかも知れません。









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