マタイの福音書第9章第35節~第38節:働き手の必要性マタイの福音書第9章第18節~第26節:イエスさまが信仰に応えて癒す

2015年12月23日

マタイの福音書第9章第27節~第34節:イエスさまが目の不自由な人を癒す

第9章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Heals the Blind

イエスさまが目の不自由な人を癒す


27 After Jesus left the girl’s home, two blind men followed along behind him, shouting, “Son of David, have mercy on us!”

27 イエスさまが少女の家を出ると、目の不自由な人が二人、「ダビデの子よ、私たちをあわれんでください」と叫びながら、イエスさまのあとについて来ました。

28 They went right into the house where he was staying, and Jesus asked them, “Do you believe I can make you see?” “Yes, Lord,” they told him, “we do.”

28 二人はイエスさまが滞在している家にまっすぐ入って行きました。イエスさまは二人にたずねました。「あなた方は私があなた方を見えるようにできると信じるのですか。」 二人は言いました。「そうです。主よ。私たちは信じます。」

29 Then he touched their eyes and said, “Because of your faith, it will happen.”

29 それからイエスさまは二人の目にさわって言いました。「あなた方の信仰の故に、それは起こるのです。」

30 Then their eyes were opened, and they could see! Jesus sternly warned them, “Don’t tell anyone about this.”

30 すると二人の目が開かれ、彼らは見えるようになりました。イエスさまは二人に厳しく警告しました。「このことを誰にも言ってはいけません。」

31 But instead, they went out and spread his fame all over the region.

31 しかし代わりに、二人は出て行って、イエスさまの評判を地方全体に言いふらしました。

32 When they left, a demon-possessed man who couldn’t speak was brought to Jesus.

32 二人が出て行くと、話すことのできない、悪霊につかれた男がイエスさまのもとに連れて来られました。

33 So Jesus cast out the demon, and then the man began to speak. The crowds were amazed. “Nothing like this has ever happened in Israel!” they exclaimed.

33 そこでイエスさまは悪霊を追い出し、それからその人は話し始めました。群衆は驚きました。「このようなとはイスラエルでいままでに起こったことがない」と彼らは声高に話しました。

34 But the Pharisees said, “He can cast out demons because he is empowered by the prince of demons.”

34 しかしファリサイ派の人たちは言いました。「彼が悪霊を追い出すことができるのは、悪霊の王から力を得ているからだ。」




ミニミニ解説

今回はイエスさまが目の不自由な人と、口のきけない人を癒す話です。これと同じ記述は「マルコ」には見つからず、口のきけない人を癒す話の部分だけ「ルカ」に見つかります。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、今回の部分は「Q資料」もしくは「独自の資料」と言うことになります。「二人の盲人をいやす話」は「エリコ」のエピソードに酷似しています。「エリコ」の話は「マルコ」にも「ルカ」にも見つかりますが、「マタイ」でも第20章に登場するので、「マルコ」と「ルカ」に符合するのが第20章なのであれば、今回の部分は「マタイ」独自の資料による挿入と言うことになります。

またファリサイ派による「彼が悪霊を追い出すことができるのは、悪霊の王から力を得ているからだ」の批判も「マルコ」「ルカ」に見つかりますが、やはりここと符合する部分が「マタイ」の第12章に登場しますので、「ルカ」だけに類似の記述が見つかる今回の部分は「Q資料」もしくは「独自の資料」と言うことになるのだと思います。その「ルカ」の記述は、Luke 11:14-15(ルカの福音書第11章第14節~第15節)です。「14 イエスは悪霊、それも口をきけなくする悪霊を追い出しておられた。悪霊が出て行くと、口がきけなかった者がものを言い始めたので、群衆は驚いた。15 しかし、彼らのうちには、「悪霊どものかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ」と言う者もいた。」([新改訳])。

イエスさまが死んだはずの少女を蘇らせ、「このことをだれにも知らせないように」と厳しく釘を刺してから会堂管理者ヤイロの家を出ると、目の不自由な人が二人、イエスさまのあとからついて来ます。二人はイエスさまを「ダビデの子(Son of David)」と呼びます。これは旧約聖書の「2 Samuel(サムエル記第2)の中で神さまが預言者ナタンを通してダビデに告げた言葉に由来しています。2 Samuel 7:12-13(サムエル記第2第7章第12節~第13節)です。「12 あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。14 わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。15 しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。16 あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。」([新改訳])。

ミケランジェロの「ダビデ像」でも一般に名前を知られるダビデは、イエスさまの時代から1000年ほど前に、イスラエルを王国として確立した勇敢な王で、ユダヤ人にもっとも愛されている王でもあります。引用した部分は預言者ナタンが、ダビデに向けて神さまから預かった言葉です。ここでは「あなたの日数が満ち」、つまりダビデが寿命に達して、「あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき」、とダビデが死んだ後のことが語られています。ダビデが死んだ後で、神さまはダビデの血を引く「世継ぎの子」を起こし、「彼の王国を確立させる」とあります。そしてそうやってダビデの家系とダビデの王国は、「わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」と結ばれています。つまりユダヤ人は、ダビデが確立してその後栄華を迎えたイスラエルは、一度は滅びてしまったけれど、このときにナタンがダビデに授けた預言に基づけば、ある日ダビデの家系から起こる王がイスラエルの王国を再建し、その王国はいよいよ永遠に立つ、と信じているのです。そしてそのダビデの家系から出て、イスラエルの王となる人が「メシア」と呼ばれ、ユダヤ人はこのメシアの出現を心待ちにしているのです。目の不自由な二人の人が、イエスさまを大きな声で「ダビデの子」と呼ぶのは、イエスさまこそが1000年の時を経て現れた待望のメシアであると考えているからです。

二人はイエスさまの滞在している家へ入っていきます。イエスさまは二人の信仰を確認すると、二人の目に触れて盲目を癒します。イエスさまは二人に「このことを誰にも言ってはいけません」と戒めますが、二人は周辺一帯にこのことを言いふらします。イエスさまが「誰にも言うな」と口止めをする理由は、イエスさまが「単に触れるだけで病を癒せる人」として、まるで呪術や魔術を操る人として表面的な噂をされることを戒めているのだと思います。イエスさまの本来の目的は他のところにあったからです。ですがイエスさまの意に反して、噂は広まり、イエスさまの周囲にはたくさんの人が集まってきます。

イエスさまの滞在している家に二人の人と入れ違いに連れてこられたのは、悪霊が憑依して、口がきけなくなっている人です。悪霊の憑依と、口がきけないことの因果関係はここではわかりませんが、福音書の中には憑依した悪霊が、その人に危害や障害を与えていると書かれた場面もあります。イエスさまが、おそらく「出て行きなさい」と言うような命令で悪霊をこの人から追い出すと、この人は普通に話し始めます。集まっていた群衆は「このようなとはイスラエルでいままでに起こったことがない」とイエスさまを賛美しますが、人々がイエスさまに熱狂するのがおもしろくないファリサイ派は、「彼が悪霊を追い出すことができるのは、悪霊の王から力を得ているからだ」と批判します。

「悪霊の王」とは、旧約聖書の中で神さまからによって、天から追われ、地上へ堕とされたサタンのことです。旧約聖書では、サタンは高位の天使だったのですが、野望を抱いて神さまから天を追われたと解釈できます。このときに天国にいる天使の1/3がサタンに従ったとされ、一緒に地上へ堕とされた天使が悪霊と化した、と考えられています。ファリサイ派はイエスさまが「出て行きなさい」と言うような言葉ひとつで悪霊を自由にできるのは、サタンから力を得ているからだろうと批判するのです。ファリサイ派はイエスさまが民衆の人気を集めるのがおもしろくないだけではありません。当時のイスラエルはローマ帝国の支配下にありましたから、一人の人の回りに多数の群衆が集まることがあると、反ローマ帝国の武装蜂起につながる不穏な動きと解釈されかねません。実際にそのような事件が何件も起きていました。騒動の鎮圧にローマ帝国軍が出動するような事態になれば、場合によるとローマ帝国がファリサイ派やサドカイ派など、少数の富裕層に与えた限られた自治権が取り上げられ、既得権益を失ってしまうかも知れないからです。







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