マタイの福音書第8章第14節~第17節:イエスさまがたくさんの人を癒すマタイの福音書第8章第1節~第4節:イエスさまがハンセン病に冒された人を癒す

2015年12月24日

マタイの福音書第8章第5節~第13節:ローマ帝国軍将校の信仰

第8章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Faith of a Roman Officer

ローマ帝国軍将校の信仰


5 When Jesus returned to Capernaum, a Roman officer came and pleaded with him,

5 イエスさまがカペナウムに戻ってきたとき、ひとりのローマ帝国の将校が来て、イエスさまに懇願しました。

6 “Lord, my young servant lies in bed, paralyzed and in terrible pain.”

6 「主よ。私の若い奴隷が、身体が麻痺し、ひどい痛みで、床に伏せっています。」

7 Jesus said, “I will come and heal him.”

7 イエスさまは言いました。「私が行って、その人を癒しましょう。」

8 But the officer said, “Lord, I am not worthy to have you come into my home. Just say the word from where you are, and my servant will be healed.

8 しかし将校は言いました。「主よ、私はあなたを私の家へお迎えするには値しません。あなたのいらっしゃる場所からただ言葉を言ってください。そうすれば私の奴隷は治ります。

9 I know this because I am under the authority of my superior officers, and I have authority over my soldiers. I only need to say, ‘Go,’ and they go, or ‘Come,’ and they come. And if I say to my slaves, ‘Do this,’ they do it.”

9 私がそうと知っているのは、私は私の上官たちの権限下におり、私は私の兵たちに対する権限を持っているからです。私はただ「行け」と言う必要があるだけで、そうすれば兵たちは行きます。あるいは「来い」と言えば兵たちは来ます。そして私が私の奴隷たちに「これをせよ」と言えば、奴隷たちはそれをするのです。」

10 When Jesus heard this, he was amazed. Turning to those who were following him, he said, “I tell you the truth, I haven’t seen faith like this in all Israel!

10 イエスさまは、これを聞いて驚きました。イエスさまは従って来た人たちの方を向いて言いました。「あなた方に本当のことを言います。私はイスラエル全土で、これほどの信仰を見たことがありません。

11 And I tell you this, that many Gentiles will come from all over the world -- from east and west -- and sit down with Abraham, Isaac, and Jacob at the feast in the Kingdom of Heaven.

11 あなた方にこのことを言います。世界中からたくさんの異邦人が来ます。東からも西からも。そして天の王国の祝宴で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に席に着くのです。

12 But many Israelites -- those for whom the Kingdom was prepared -- will be thrown into outer darkness, where there will be weeping and gnashing of teeth.”

12 しかしたくさんのイスラエル人が、王国は彼らのために準備されたというのに、外の暗闇へ放り出されるのです。そこでは泣き声と歯ぎしりが聞こえます。

13 Then Jesus said to the Roman officer, “Go back home. Because you believed, it has happened.” And the young servant was healed that same hour.

13 それからイエスさまはローマ帝国の将校に言いました。「家へお帰りなさい。あなたが信じたから、それが起こったのです。」 そして若い奴隷はその同じ時間に癒されました。




ミニミニ解説

今回も引き続き、イエスさまがイスラエル北部のガリラヤ地方での伝道活動で本拠地を置いていたカペナウムの町での出来事です。

今回登場するローマ帝国の「将校(officer)」は、[新改訳]聖書などでは「百人隊長」などと訳されています。[KJV]を見ると、この部分の単語は「centurion(センチュリオン)」となっていて、これはギリシア語で「ケントゥリオ」と呼ばれるローマ軍の兵の階級のひとつです。ケントゥリオは「歩兵小隊長」に相当し、定員100名の軍団兵で構成される小隊を指揮します。ここから「百人隊長」と訳される事が多いようです。ローマ帝国の時代を描いた映画を見たことがあるでしょうか。ローマ帝国軍の兵隊は独特の甲冑と兜を身につけていますが、百人隊長はどこから見ても目立つように兜に独特な羽飾りをつけていて、軍事活動の中心的な役割を果たしていました。もちろん、イエスさまのところへ来るようなときには甲冑や兜は着用していないはずですが。

今回と同じ話は「ルカ」にも「ヨハネ」にも見られます。それぞれを見てみましょう。まず、Luke 7:1-10(ルカの福音書第7章第1節~第10節です。「1 イエスは、耳を傾けている民衆にこれらのことばをみな話し終えられると、カペナウムに入られた。2 ところが、ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。3 百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようお願いした。4 イエスのもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。5 この人は、私たちの国民を愛し、私たちのために会堂を建ててくれた人です。」 6 イエスは、彼らといっしょに行かれた。そして、百人隊長の家からあまり遠くない所に来られたとき、百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスに伝えた。「主よ。わざわざおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。7 ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。8 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」 9 これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来ていた群衆のほうに向いて言われた。「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」 10 使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていた。」([新改訳])。

続いて、John 4:46-53(ヨハネの福音書第4章第46節~第53節)です。「46 イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にされた所である。さて、カペナウムに病気の息子がいる王室の役人がいた。47 この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたからである。48 そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない。」 49 その王室の役人はイエスに言った。「主よ。どうか私の子どもが死なないうちに下って来てください。」 50 イエスは彼に言われた。「帰って行きなさい。あなたの息子は直っています。」その人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた。51 彼が下って行く途中、そのしもべたちが彼に出会って、彼の息子が直ったことを告げた。52 そこで子どもがよくなった時刻を彼らに尋ねると、「きのう、第七時に熱がひきました」と言った。53 それで父親は、イエスが「あなたの息子は直っている」と言われた時刻と同じであることを知った。そして彼自身と彼の家の者がみな信じた。」([新改訳])。

「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、この話は「マタイ」「ルカ」に共通ですから、イエスさまの説教を集めた語録集の「Q資料」からの採用と言うことになります。内容を見ると微妙に異なることがわかります。まず病気になった人を[NLT][KJV][新改訳]で比べて見ると、「マタイ」では「servant/servant/しもべ」、「ルカ」では「slave/servant/しもべ」、「ヨハネ」では「son/son/息子」です。この将校はローマ帝国軍の所属で、おそらくローマ人(あるいはローマ人以外の外国人)であり、さらに百人隊長という周囲から尊敬を集める立場にいた人です。その人がわざわざ願い事をきいてもらうために属国の、どこの馬の骨とも知れないような、ひとりの預言者を訪ねて来るのです。だとしたらこの将校は、瀕死の病で苦しむ自分の息子を助けるためにならなんでもしたいと思い、藁にもすがる思いで来た父親なのだ、と考えるのが自然だと思います。が、場合によると自分の家にいた奴隷を救うためにでも、こういう行動を起こすような人だったのかも知れません。

それから「ルカ」では、将校は自分で直接ではなくて、「ユダヤ人の長老たち」を介して、イエスさまにお願いをしています。その長老たちは「この人は、私たちの国民を愛し、私たちのために会堂を建ててくれた人です」と言って、この将校の身元を保証するようなことをイエスさまに言っています。ユダヤの律法は異邦人と接触することを「汚れ」としていましたから、ユダヤ人は異邦人と交流することを嫌います。この将校はそのことをよく知っていたので、直接イエスさまに会おうとすることがイエスさまの気持ちを害するかも知れないと考え、自分が日頃からよく知っていて、自分がユダヤ人に対して誠意を示していることを見てきた「ユダヤ人の長老たち」を使いに立てて、なんとか自分の願いを伝えてもらおうとした、と言うのは納得できます。そしてイエスさまが「私が行って、その人を癒しましょう」とせっかく言ってくれているのに、将校が「主よ、私はあなたを私の家へお迎えするには値しません」と言って断ったのも、一見矛盾しているように見えますが、この将校はユダヤ人が律法の定めで異邦人の家に入ることができないのを知っていたから、このように言ったのではないかと解釈できます。

そしてイエスさまが「私はイスラエル全土で、これほどの信仰を見たことがありません」と言った、この将校の信仰の意味ですが、自分の奴隷(あるいは息子)が「イエスさまの言葉だけで治る」というのは、「病気がイエスさまに従属している」、あるいは「自分も奴隷もイエスさまに従属している」と言う意味でしょう。軍隊では兵士は上官の命令に絶対服柔です。上官の判断と命令を「是」として即座に行動に移さないと、命をかけて目的を達成する軍事活動は成り立ちません。兵士はいっさいの疑問を挟まず、上官の命令には即座に服従するのです。これと同じように、病気も、自分も、奴隷も含めて、世の中のすべてはイエスさまの指揮下にあるのだから(あるいはイエスさまは世の中のすべてを指揮下に治める「神さま」と同格なのだから)、イエスさまが言葉で発する命令には森羅万象が即座に服従する(あるいは地上にいるイエスさまの言葉は「神さま」がそのままを文字通りに実行してくださる)と言うのです。これほどの信仰の表明は見たことがない、と言うのがイエスさまのコメントの意味です。そしてそのとおりのことが最後に起こります。

なお、第12節によると世界中からたくさんの異邦人が天国の祝宴でアブラハム、イサク、ヤコブと共に席に着くためにやって来ると書かれています。この三人は旧約聖書の登場人物で、アブラハムは神さまが契約を結んでユダヤ民族の父祖とした人です。イサクはその息子、ヤコブはさらにその息子です。ヤコブにユダヤの十二部族のスタートとなる十二人の息子が生まれます(実際にはその後で孫を息子に組み入れるエピソードがあります)。これはこれまでに何度か書いている「終末論」の中で起こると信じられている場面のひとつです。アブラハムも、イサクも、ヤコブも、旧約聖書の中で死んで葬られました。終わりの日に天国へ迎えられる人たちには宴席が用意されるのですが、そこではこのように私たちの考え方では過去に「死んだ」とされる人たちと同じ食卓につくことが信じられています。

さらにイエスさまが言うには、この王国(つまり天国)が、ユダヤ人のために準備されたというのに、ユダヤ人が「汚れ」と考える異邦人が父祖のアブラハムたちと同じ宴席に着いている間に、ユダヤ人が外の暗闇へ放り出されてしまう、と言うのです。そして外の暗闇からは放り出された人たちの泣き声と歯ぎしりが聞こえて来ます。これはイエスさまが繰り返し伝えている、「自分は天国へ入る」と信じている人たちが必ずしも天国へ入るのだとは限らない、と言う警告です。「外の暗闇」へ放り出された人たちは、それが自分たちの予想に反していたから、泣き声を立て、歯ぎしりするのです。







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