マタイの福音書第5章第43節~第48節:敵に対する愛についての教えマタイの福音書第5章第33節~第37節:誓いに関する教え

2015年12月27日

マタイの福音書第5章第38節~第42節:仕返しに関する教え

第5章


(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Teaching about Revenge

仕返しに関する教え


38 “You have heard the law that says the punishment must match the injury: ‘An eye for an eye, and a tooth for a tooth.’

38 あなた方は刑罰は危害と釣り合わなければならないと言う律法、「目には目を、歯には歯を」を聞いています。

39 But I say, do not resist an evil person! If someone slaps you on the right cheek, offer the other cheek also.

39 しかし私は言います。邪悪な人に敵対してはいけません。誰かがあなたの右の頬をたたくなら、反対側の頬も差し出しなさい。

40 If you are sued in court and your shirt is taken from you, give your coat, too.

40 あなたが法廷で告訴されて、あなたから下着が取り上げられるなら、上着も与えなさい。

41 If a soldier demands that you carry his gear for a mile, carry it two miles.

41 兵士があなたに彼の装備を1マイル運ぶように命じるなら、それを2マイル運びなさい。

42 Give to those who ask, and don’t turn away from those who want to borrow.

42 求める者に与えなさい。借りたいと言う者に背を向けてはいけません。




ミニミニ解説

今回は「revenge(仕返し・報復・復讐)」に関する掟です。「誰かがあなたの右の頬をたたくなら、左の頬も差し出しなさい」の教えは、クリスチャンでなくともどこかで聞いたことのある有名な教えだと思います。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式で見ると、この言葉は「ルカ」の中にも見つかりますので(Luke 6:27~/ルカの福音書第6章第27節以降)、これは「Q資料」(イエスさまの説教集)に含まれていたイエスさま自身の言葉です。

最初にイエスさまが言う「刑罰は危害と釣り合わなければならない」と言う律法は、Leviticus 24:19-20(レビ記第24章第19節~第20節)のことです。「19 もし人がその隣人に傷を負わせるなら、その人は自分がしたと同じようにされなければならない。20 骨折には骨折。目には目。歯には歯。人に傷を負わせたように人は自分もそうされなければならない」。Deuteronomy 19:21(申命記第19章第21節)には「あわれみをかけてはならない。いのちにはいのち、目には目、歯には歯、手には手、足には足」と書かれています(いずれも[新改訳])。

「目には目を」と言う言葉の使い方はおそらく間違って使われるケースの方が多くて、報復行為の言い訳によく使われます(たとえば「あいつに復讐してやろう。目には目を、歯には歯をだ!」のように)。ところが実際は、誰かに傷を負わせた者に対しては同じだけの刑罰を与えよ、という律法なのです。

申命記の冒頭に「あわれみをかけてはならない」とあるように、この掟は刑罰を与える際に憐れみをかけて手心を加えてはいけないと言っているのですから、ある意味「仕返し」を正当化していますが、これはきっといくら刑罰とは言え、生身の人間の身体を同じように傷つけることに怖じ気づく刑の執行人もいたと言うことなのでしょう。一方で人間は、ケースによっては、ある人が他者に負わせた傷を越えるような重罰(「二倍返し、三倍返し」)を与えてやろうとする残虐な気持ちも持ちますから、この律法は報復がエスカレートする傾向も制限しているのです。

ところが今回の第39節で、イエスさまはいつものように「しかし私は言います」と話し始め、「邪悪な人に敵対してはいけません。誰かがあなたの右の頬をたたくなら、反対側の頬も差し出しなさい」と言います。これは実行に移そうとしてもなかなか実践が難しい言葉です。この言葉が言われた当時(西暦30年頃)のイスラエルは、ユダヤ人がローマ帝国の支配下に置かれて重税に苦しんでいた時代です。ローマ帝国の支配に反発して、ユダヤ人の中から反ローマ帝国を唱える活動家が次々と現れますが、その人たちは逮捕され、見せしめのために十字架にかけられて処刑されました。十字架は反逆者を見せしめにするための刑だったのです。

「マタイ」や「ルカ」の福音書が書かれたのは、この時期からさらに時代が進んだ頃で、ユダヤ人のローマ帝国に対する内戦活動が激しさを増し、西暦70年には、とうとうエルサレムが陥落してユダヤ民族の心の拠り所である寺院が破壊され、ユダヤ人はパレスチナから追い出されてしまいます。イスラエルという国家を失うユダヤ人の苦難の始まりの頃です。そういう困難な時代背景の中でイエスさまはユダヤ人に対して「敵対してはいけません。誰かが右の頬をたたくなら、左の頬も差し出しなさい。下着が取り上げられるなら、上着も与えなさい」と抵抗を禁じる「非暴力」の思想を説いているのです。

ユダヤ人に厳しい迫害を加えてくるローマ帝国や、クリスチャンを敵視する保守派ユダヤ人層に対し、「敵対するな」と言うイエスさまの教えはさらにエスカレートして、次回の「敵を愛せ」の教えにつながっていきます。









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