2015年12月30日

マタイの福音書第2章第19節~第23節:ナザレへの帰還

第2章


(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Return to Nazareth

ナザレへの帰還


19 When Herod died, an angel of the Lord appeared in a dream to Joseph in Egypt.

19 ヘロデが死んだときに、主の天使が夢でエジプトにいるヨセフに現われました。

20 “Get up!” the angel said. “Take the child and his mother back to the land of Israel, because those who were trying to kill the child are dead.”

20 天使は言いました。「立ちなさい。子供とその母をイスラエルの地へ連れ帰りなさい。なぜなら子供を殺害しようとしていた人たちは死んだからです。」

21 So Joseph got up and returned to the land of Israel with Jesus and his mother.

21 そこでヨセフは立ち上がり、イエスさまとその母と共にイスラエルの地へ戻りました。

22 But when he learned that the new ruler of Judea was Herod’s son Archelaus, he was afraid to go there. Then, after being warned in a dream, he left for the region of Galilee.

22 しかしユダヤの地の新しい統治者がヘロデの息子のアケラオであると知り、ヨセフはユダヤへ行くのを恐れました。夢の中で警告を受けた後、ヨセフはガリラヤ地方に向けて旅立ちました。

23 So the family went and lived in a town called Nazareth. This fulfilled what the prophets had said: “He will be called a Nazarene.”

23 そして家族はナザレという町に行って住みました。これは預言者たちが言った言葉の実現です。「彼はナザレ人と呼ばれます。」




ミニミニ解説

ヘロデ大王によるベツレヘム周辺での男児虐殺の難を逃れてエジプトへ待避していたヨセフの元に天使が現れて、ヘロデが死んだのでパレスチナへ戻るようにとメッセージを告げます。

ヘロデ大王が没したのは紀元前4年です。ヘロデが死ぬと領地は遺言に従って分割され、アケラオ、ヘロデ・アンティパス、フィリポスの三人の息子が後を継ぎました。ヘロデ大王が没したとき、ユダヤ人はローマ帝国に使者を派遣してヘロデ王家の支配を廃してくれるように直訴したそうですが聞き入れられませんでした。ただローマ帝国は息子たちが引き続き「王」を名乗ることも許しませんでした。

分割された領地の中でエルサレムやベツレヘムのあるユダヤに加え、サマリヤとイドゥメアのパレスチナ主要部を譲り受けたのが、残忍さで有名なアケラオです。後にアルケラオは失政を重ねたことで住民によってローマ帝国へ訴えられ、解任されてガリアへ追放されています。

ヨセフはアケラオの支配するユダヤ地方に戻ることの危険性について天使から警告を受けると、パレスチナ北部のガリラヤ地方を目指すことにし、ナザレの町に落ち着きます。ナザレはガリラヤ湖の南西15km、ガリラヤ湖と地中海との中間あたりに位置します。

ガリラヤ地方はパレスチナの北端にあたり、エルサレム周辺に住むユダヤ人は、汚れた民として忌み嫌うサマリヤ人の住むサマリヤを通り越して、さらにその北の果てにあるガリラヤ地方のユダヤ人を見下していました。ヨセフたちはユダヤを離れてそんな辺境へ住むことにした、と言うことです。

第23節ではヨセフの一家がナザレに住むことになったのは預言の成就だとしていますが、「彼はナザレ人と呼ばれます」の部分が、旧約聖書のどこから引用されているかは特定できません。旧約聖書に「ナザレ」は登場しないからです。「ナジル人」と言う戒律を厳しく守る禁欲者の話は登場しますが、これは音は似ていますが「ナザレ」や「ナザレ人」とは別だと思います。

当時、イエスさまが「ナザレのイエス」と呼ばれていたのは確かなようで、後にはイエスさまを信じる人たちも「ナザレ人」とか「ナザレ派」と呼ばれるようになりました。「Acts(使徒の働き)」でもそのように言及されている場面があります。









english1982 at 20:00│マタイの福音書