2015年12月31日

マタイの福音書:はじめに

マタイの福音書
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新約聖書にはイエスさまの生涯を描いた「福音書」のタイトルを持つ本が四つ、「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」の順に収録されています。同じイエスさまの生涯を描いた本であるのに内容が異なります。

四つの福音書のうち、「マルコ」が最初に書かれ、「マタイ」と「ルカ」は「マルコ」を元にして、そこに「追加」をする形で作成されたことがわかっています。しかも「マタイ」と「ルカ」で追加された情報には共通点が多いことから、何かの「同じ文献」に基づく追加作業が行われたこともわかっています。この文献は恐らくイエスさまの言葉を集めた「語録集」のような文書だったはずで、仮に「Q資料」と呼ばれています(「Q」はドイツ語の「資料」にあたる単語の頭文字)。実は「Q資料」そのものはこれまで見つかっていないのです。ずっと見つからなかったので、存在そのものが疑われて来ましたが、つい最近、1945年に見つかった「トマスの福音書」の内容が語録集に近い形態だったことから、このところは「Q資料」の存在を支持する説が強くなっているようです。

四つの福音書のうち、最初に書かれた「マルコ」は、何しろ最初にイエスさまの生涯、イエスさまの行動を一冊の本にまとめたのですから、福音書として大変意義のある本なのですが、「マタイ」と「ルカ」はそこにイエスさまの語録集を組み入れることで、イエスさまの「行動」と「語録集」を兼ね備える総合的な福音書になりました。

ところで私たちは新約聖書を手に取ることで、いつでも四つの福音書を読み比べることができますが、新約聖書が今日のような29冊の本の集大成(「正典(canon)」と呼びます)として成立したのは4世紀のことです。イエスさまの十字架死と復活のすぐ後の1~2世紀の初期の教会では、今日の正典に含まれるパウロの書簡や福音書ばかりでなく、この他にも様々な文献が成立して、ときにはバラバラに、ときには組み合わされてクリスチャンの間で流布されていたようです。

「流布」と書くと誤解を招きそうですが、1~2世紀のクリスチャンは「次に流布されて来る本はどんな本だろうか」とワクワクしながら新刊の流布を待っていたわけではありません。どちらかと言うと逆のはずです。たとえば新約聖書の中に「マルコの福音書」と言う一冊の独立した本があると言うことは、それを一冊の本として成立させ、それを信仰の中心として使っていた教会(あるいは教会群)があったことを意味します。つまり「マルコ」を成立させた教会はイエスさまの「行動」を信仰の中心に置いていた教会と言うことで、イエスさまの「行動」を中心に据えた教義を持っていたはずなのです。

また「トマスの福音書」のようなイエスさまの「語録集(Q資料)」があったと言うことは、イエスさまの語録集を成立させ、それを信仰の中心とする教会(あるいは教会群)があったことを意味します。この教会はイエスさまの言葉を教義の中心に据え、そのために信仰の中心となる「語録集」を持っていたのです。

そして「マタイ」と「ルカ」の福音書の存在は、それら二つの信仰の形態を組み合わせて総合的な福音書として成立させ、イエスさまの「行動」と「語録集」の双方を信仰の中心として用いていた教会(あるいは教会群)の存在を意味します。

さて、「マルコ」に語録資料としての「Q資料」を組み合わせて「マタイ」と「ルカ」ができあがったのなら、逆に「マタイ」と「ルカ」から「マルコ」を抜き去れば、追加された「Q資料」らしき部分が残るはずですね。ところがこの引き算の結果は必ずしも一致しません。理由は二つあります。

一つは、恐らくイエスさまの言葉を集めた「語録集」には、いろいろなバージョンがあって地域ごと、教会(あるいは教会群)ごとに似て非なる語録集を持っていたと思われること。もう一つは、「マタイ」は「マルコ」+「Q資料」だけでできあがっているのではなく、「マタイ」の「著者の考え」を書いた部分も組み込まれているからです(「ルカ」も同様)。そして「マタイ」と「ルカ」で追加された「Q資料」らしき部分や、「著者の考え」の部分を比較検討すれば、それぞれを信仰の中心として使っていた教会(あるいは教会群)の教義や考え方がおぼろげながら推理できるのです。

今回からスタートする「マタイの福音書」を成立させた教会(あるいは教会群)はどんな教会だったのでしょうか。恐らくそれはユダヤ人主体の教会で(異邦人・外国人主体の教会ではないと言う意味)、もともとファリサイ派に代表されるようなユダヤの律法を重視する保守的な派閥に所属していた人たちが集まって作った教会です。これは旧約聖書からの引用や、律法を重んじる記述、預言の実現への言及が多いこと、ユダヤ人を読者に想定した書き口が多きことから推測できます。

ここで重要なのはもともと旧約聖書を熟知し、律法を重視していたユダヤ人が、旧約聖書の中に救世主としてのイエスさまに関する裏付けを発見して、イエスさまを待望の救世主と認め、イエスさまを否定する多数派のユダヤ人たちと決別してイエスさまを信じる道を選んだ、ということです。彼らは旧約聖書に精通していたが故に、イエスさまの説く救済の計画が、旧約聖書の中にあらかじめ予告されていたことに気づいたのです。この人たちは律法を重んじるユダヤ人としてのアイデンティティを保ちながらイエスさまに関する素晴らしい知らせ、福音の意味を伝えようとしているのです。

なおこの本のタイトルは「マタイの福音書」とされていますが、それは1~2世紀のクリスチャンたちの間でこの本がそう呼ばれていたと言ことで、実際の作者は十二使徒のマタイではないだろうとされています。と言うのは、マタイはイエスさまに直接呼ばれて弟子となり、後にイエスさまから十二使徒として選ばれた側近の一人です。ガリラヤ地方での初期の伝道活動から、十字架、復活に至る時間の全体をイエスさまのすぐ近くで共に過ごした弟子の一人です。仮にそのマタイが福音書を書くとしたら、他の人が書いた「マルコ」をほぼそのままの形で取り込んで、そこに「語録集」を追加するような編集はしないのではないでしょうか。イエスさまの行動や言葉については、自分自身の目と耳で見聞した内容を、いくらでも自分自身の言葉で書くことができたはずですから。「マタイ」は素晴らしい福音書です。この本を誰が書いたかはあまり大きな問題ではないのです。




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english1982 at 23:30│マタイの福音書