ルカの福音書第13章第22節~第30節:狭い扉ルカの福音書第13章第10節~第17節:イエスさまが安息日に癒す

2015年10月19日

ルカの福音書第13章第18節~第21節:からし種のたとえ話、パン種のたとえ話

第13章



 
(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Parable of the Mustard Seed

からし種のたとえ話


18 Then Jesus said, “What is the Kingdom of God like? How can I illustrate it?

18 それからイエスさまは言いました。「神さまの王国は何に似ているでしょうか。それはどのように説明できるでしょうか。

19 It is like a tiny mustard seed that a man planted in a garden; it grows and becomes a tree, and the birds make nests in its branches.”

19 それは人が畑に蒔いた小さなからし種のようなものです。それは生長して木となり、鳥たちが枝に巣を作ります。」



Parable of the Yeast

パン種のたとえ話


20 He also asked, “What else is the Kingdom of God like?

20 イエスさまはまた次のこともたずねました。「神さまの王国は他に何に似ているでしょうか。

21 It is like the yeast a woman used in making bread. Even though she put only a little yeast in three measures of flour, it permeated every part of the dough.”

21 それは女性がパンを作るときに使ったパン種のようなものです。彼女は三量りの小麦粉にほんの少しのパン種を入れただけなのに、それはパン生地のすみずみにまで行き渡りました。」




ミニミニ解説

「ルカの福音書」の第13章です。

イエスさまの一行は第9章の終わりにいよいよエルサレムに向けて出発しました。そこから第19章のエルサレムへの到着まではエルサレムへの旅の途中という構成になっています。ルカの構成は長い「エルサレムへの旅程」の中に様々な出来事やイエスさまの話を時間や場所の整合をあまり重視することなしにちりばめて作っているようです。

今回は「からし種」と「パン種」の二つのたとえ話です。

「からし種」のたとえ話はマルコとマタイに見つかります。

マルコはMark 4:30-32(マルコの福音書第4章第30節~第34節)です。「30 また言われた。「神の国は、どのようなものと言えばよいでしょう。何にたとえたらよいでしょう。31 それはからし種のようなものです。地に蒔かれるときには、地に蒔かれる種の中で、一番小さいのですが、32 それが蒔かれると、生長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が巣を作れるほどになります。」」([新改訳])。

マタイはMatthew 13:31-32(マタイの福音書第13章第31節~第32節)です。「31 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、32 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」」([新改訳])。

「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、「からし種」のたとえ話は「マルコ」からの採用になります。

「からし種」はカラシナ(アブラナ科)の種のことでしょうか。栽培する場合は10~12月頃に細かな種を蒔きます。すると背丈がぐんぐん伸びて1~1.5メートルに達します。春にはアブラナ科らしい黄色い花を咲かせます。カラシナの種は大変小さな粒です。粒マスタードの中に含まれている球体のつぶつぶです。果たして成長したカラシナが鳥が巣を作れるほどの木なのかどうかはわかりませんが、言わんとしていることは、小さな種の粒が短期間で驚くほど大きな植物に育つ自然の不思議を用いて、たとえ話にしているのです。

聖書によると神さまの王国は最終的に地球上に実現することになっています。王としての神さまが物理的に地上に君臨し、地球上に存在する誰もが神さまが自分たちの王であると認識している場所、それが神さまの王国です。たとえば日本人なら誰でも皇居に天皇がいることを知っているし、その事実を疑う人はいないでしょう。それと同じように全知全能の神さまが世界の王として君臨し、世界を支配していることを常に自分の五感で理解できるのが神さまの王国です。それが実現しているときには神さまの存在に対する疑いは何もありません。そのとき王として神さまに従うのか、逆らうかは、それぞれの人の選択になります。その神さまの王国がいつ来るのかは、聖書の周辺では「終末論」として論じられます。

一方、その神さまの王国が地球上に実現するまでの間、遠い昔の旧約聖書の頃から、神さまは「神さまを信じる人」「神さまを愛する人」を特別扱いにしています。聖書に登場する何名かの例外の人たちを別にして、この神さまを信じる人たちは、実際の天国や実際の神さまの姿を自分の目で見ることはありません。が、神さまの存在を強く感じ、神さまからの恩恵と祝福を享受します。つまり神さまの王国が実現するまでの間、人と神さまとの関係は心の中に築かれる信仰なのです。「終末論」の神さまの王国では全知全能の神さまが実際に世界に君臨して支配を行いますが、たとえいま神さまを五感で認識することができなくても、自分の心の中で神さまの存在を信じ、神さまの支配を受け入れて神さまに服従するのなら、そこはすでに神さまの王国なのです。そうやって自分の心に神さまを信じる気持ちを持てば、その瞬間からまるで神さまの王国に住むのと同じ恩恵と祝福を享受できる、イエスさまはこれを「神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」と表現しています。そうやってひとりひとりの心の中の神さまの王国は、最初はからし種のように小さく始まっても、短期間で驚くほど大きく育ち、大きく枝を張り、私たちが住めるほどの場所になるのです。これはたとえばクリスチャンの家庭の形成や、信者による教会組織の発展のことを言っているのかも知れません。

「パン種」のたとえ話はマタイに見つかります。Matthew 13:33(マタイの福音書第13章第33節)です。「33 イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」」([新改訳])。「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、「パン種」のたとえ話はイエスさまの話をまとめた「Q資料」からの採用になります。

ここに書かれているパン種はパンを作るとき使うイースト菌や酵母菌のことです。水で練った小麦粉に少量のパン種を加えると、菌は短い時間でパン生地全体のすみずみにまで広がって生地を大きくふくらませます。これもいまからおよそ2000年前にイエスさまの弟子たちという小さな集団の信仰から始まって、それがいまや世界の隅々にまで行き渡ったキリスト教信仰の発展のことを言っているのかも知れません。






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