ルカの福音書第9章第18節~第20節:イエスさまに関するペテロの宣言ルカの福音書第9章第1節~第9節:イエスさまが十二人の弟子を送り出す、ヘロデの困惑

2015年10月23日

ルカの福音書第9章第10節~第17節:イエスさまが五千人に食べさせる

第9章



 
(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Feeds Five Thousand

イエスさまが五千人に食べさせる


10 When the apostles returned, they told Jesus everything they had done. Then he slipped quietly away with them toward the town of Bethsaida.

10 使徒たちが戻ってくると、彼らはイエスさまに自分たちがしたことすべてを話しました。それからイエスさまは使徒たちと共にベツサイダの町へとひそかに去りました。

11 But the crowds found out where he was going, and they followed him. He welcomed them and taught them about the Kingdom of God, and he healed those who were sick.

11 しかし群衆はイエスさまの行き先を見つけ出してついて来ました。イエスさまは群衆を歓迎し、神さまの王国について教えました。それから病気の人たちを癒しました。

12 Late in the afternoon the twelve disciples came to him and said, “Send the crowds away to the nearby villages and farms, so they can find food and lodging for the night. There is nothing to eat here in this remote place.”

12 午後遅くなると十二人の弟子たちがイエスさまのところに来て言いました。「群衆を近くの村や農家へ去らせてください。そうすれば人々は食べ物や宿泊場所を見つけることができます。こんな人里離れた場所では食べるものがありません。」

13 But Jesus said, “You feed them.” “But we have only five loaves of bread and two fish,” they answered. “Or are you expecting us to go and buy enough food for this whole crowd?”

13 しかしイエスさまは言いました。「あなた方が群衆に食べさせなさい。」 弟子たちが答えました。「でも私たちが持っているのは五つのパンと二匹の魚だけです。それとも私たちが出かけて行って、この群衆全体に足るだけの食糧を買って来いとでも言うのですか。」

14 For there were about 5,000 men there. Jesus replied, “Tell them to sit down in groups of about fifty each.”

14 と言うのもそこにはおよそ五千人の男性がいたからです。イエスさまは答えました。「人々に五十人ぐらいずつの組になって座るように伝えなさい。」

15 So the people all sat down.

15 それで人々は全員が座りました。

16 Jesus took the five loaves and two fish, looked up toward heaven, and blessed them. Then, breaking the loaves into pieces, he kept giving the bread and fish to the disciples so they could distribute it to the people.

16 イエスさまは五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福しました。それからイエスさまはパンと魚を小さく裂きながら弟子たちに渡し続け、弟子たちはそれを人々に配りました。

17 They all ate as much as they wanted, and afterward, the disciples picked up twelve baskets of leftovers!

17 人々は全員が食べたいだけ食べました。あとで弟子たちが余りを拾い集めると、かごに十二個分になりました。




ミニミニ解説

「ルカの福音書」の第9章です。

第7章以降、イエスさまはガリラヤ地方で伝道活動を行っています。

前回、イエスさまは十二人の弟子たちに悪魔を追い出す力と病気を癒す力を授けて送り出しました。弟子たちは指示どおりにガリラヤ地方の村々をまわり、各地で病人を癒し、神さまの王国について宣べ伝えたのです。今回は弟子たちがその旅から戻ってくるところから始まります。

今回の「イエスさまが五千人に食べさせる」話は四つのすべての福音書に類似箇所が見つかります。それくらい有名な話なのです。

マルコはMark 6:30-44(マルコの福音書第6章第30節~第44節)、マタイはMatthew 14:13-21(マタイの福音書第14章第13節~第21節)、ヨハネはとJohn 6:1-15(ヨハネの福音書第6章第1節~第15節)です。

マルコです。「30 さて、使徒たちは、イエスのもとに集まって来て、自分たちのしたこと、教えたことを残らずイエスに報告した。31 そこでイエスは彼らに、「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われた。人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからである。32 そこで彼らは、舟に乗って、自分たちだけで寂しい所へ行った。33 ところが、多くの人々が、彼らの出て行くのを見、それと気づいて、方々の町々からそこへ徒歩で駆けつけ、彼らよりも先に着いてしまった。34 イエスは、舟から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。35 そのうち、もう時刻もおそくなったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここはへんぴな所で、もう時刻もおそくなりました。36 みんなを解散させてください。そして、近くの部落や村に行って何か食べる物をめいめいで買うようにさせてください。」 37 すると、彼らに答えて言われた。「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」そこで弟子たちは言った。「私たちが出かけて行って、二百デナリものパンを買ってあの人たちに食べさせるように、ということでしょうか。」 38 するとイエスは彼らに言われた。「パンはどれぐらいありますか。行って見て来なさい。」彼らは確かめて言った。「五つです。それと魚が二匹です。」 39 イエスは、みなを、それぞれ組にして青草の上にすわらせるよう、弟子たちにお命じになった。40 そこで人々は、百人、五十人と固まって席に着いた。41 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた。42 人々はみな、食べて満腹した。43 そして、パン切れを十二のかごにいっぱい取り集め、魚の残りも取り集めた。44 パンを食べたのは、男が五千人であった。」([新改訳])。

マタイです。「13 イエスはこのことを聞かれると、舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた。すると、群衆がそれと聞いて、町々から、歩いてイエスのあとを追った。14 イエスは舟から上がると、多くの群衆を見、彼らを深くあわれんで、彼らの病気をいやされた。15 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。ですから群衆を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせてください。」 16 しかし、イエスは言われた。「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」 17 しかし、弟子たちはイエスに言った。「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません。」 18 すると、イエスは言われた。「それを、ここに持って来なさい。」 19 そしてイエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。20 人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。21 食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。」([新改訳])。

ヨハネです。「1 その後、イエスはガリラヤの湖、すなわち、テベリヤの湖の向こう岸へ行かれた。2 大ぜいの人の群れがイエスにつき従っていた。それはイエスが病人たちになさっていたしるしを見たからである。3 イエスは山に登り、弟子たちとともにそこにすわられた。4 さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。5 イエスは目を上げて、大ぜいの人の群れがご自分のほうに来るのを見て、ピリポに言われた。「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」 6 もっとも、イエスは、ピリポをためしてこう言われたのであった。イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである。7 ピリポはイエスに答えた。「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません。」 8 弟子のひとりシモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。9 「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」 10 イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった。11 そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。12 そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。」 13 彼らは集めてみた。すると、大麦のパン五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。14 人々は、イエスのなさったしるしを見て、「まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ」と言った。15 そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた。」([新改訳])。

いつものように「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の公式にあてはめると、この部分は記述がほぼ同じ「マルコ」からの採用です。

ガリラヤ地方の村々を回る旅から戻ってきた十二人の弟子たちから旅の出来事の説明を聞いたイエスさまは、第10節、弟子たちと共にベツサイダの町へとひそかに去りました。この部分、「マルコ」も「マタイ」もイエスさまと弟子たちは「寂しい所」へ向かおうとしています。ここまでイエスさまは弟子たちに神さまの王国の話を聞かせ、併せて数々の奇跡の業の実行を見せてきました。そして前回は弟子たちにイエスさまと同じことを行う権威を授けて旅へと送り出しました。弟子たちは今回、どうやら指示された使命を成功裏に終わらせて戻ってきたようです。

イエスさまはいよいよこれで準備が整ったと知ったのかも知れません。エルサレムへ向かい、ついに自分が地上へ遣わされた真の使命を果たすときが来た、と思ったのかも知れません。それでイエスさまは弟子たちとベツサイダ方面の寂しい所、恐らく荒野に出て、そこで神さまと会話し、さらに弟子たちにこれから起こることを話そうとしたのかも知れません。ベツサイダはやはりガリラヤ湖北岸の町で、イエスさまのガリラヤ地方の伝道の拠点であるカペナウムからはヨルダン川を挟んで対岸のあたり、東へ5キロほどのところにあります。なので舟でカペナウムからベツサイダの方面へ向かったと考えて良いかも知れません。ちなみにベツサイダはペテロとアンデレの兄弟の出身地と言われています。

ところが第11節、群衆はイエスさまの行き先を見つけ出してついて来てしまいます。マルコでは舟で出発したイエスさまに追いつこうと、群衆は陸地を岸に沿って移動して、結局イエスさまより先に目的地に着いてイエスさまを迎えています。 イエスさまはそんな群衆を拒むこともなく歓迎し、神さまの王国について教え、病人を癒します。マルコにはその理由がイエスさまが「彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれ」んだから、とされています。

羊はとても珍しい動物なのだそうで、およそサバイバルの能力に乏しいのです。自分でエサも見つけられなければ帰巣本能もない、攻撃されたらとりあえず逃げるだけ、ウールになる体毛は人が刈らなければ伸び放題だそうです。人が手入れを怠ると体毛が汚れてすぐに病気になってしまうのだとか。いったいどうしてこんな動物がいるのかわかりません(人に飼われるため?)。イエスさまはイエスさまだけを見て追いかけてくる群衆を見て、まるで羊飼いのいない羊のようだと思ったのでした。羊は先導する何か(たとえば羊飼いや群れの中の一頭)について集団で動く習性があります。自分だけを見つめてついてくる群衆が、イエスさまには羊の群れに見えたのです。イエスさまが舟を下りた場所は、カペナウムとベツサイダの間のあたりではないか、と想定できます。

そうこうしているうちに日が暮れてきます。カペナウムへ戻るにしても、ベツサイダまで行くにしても少し距離があります。第12節、弟子たちは暗くならないうちに解散した方が良いと考えて、イエスさまに「群衆を近くの村や農家へ去らせてください。そうすれば人々は食べ物や宿泊場所を見つけることができます。こんな人里離れた場所では食べるものがありません」と提案します。

が、イエスさまは第13節で弟子たちに「あなた方が群衆に食べさせなさい」と言いました。第14節によるとそこには約五千人の男性がいたのです。同行している女性や子供を入れたら一万人以上の群衆かも知れません。一万人分の食糧をどうやって調達しろというのでしょうか。 ヨハネでは現実派のピリポが「めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリのパンでは足りません」と客観的な分析を述べています。一デナリは当時のほぼ一日分の賃金だそうです。現代に置き換えると日当五千円とか八千円とか、そういう感じでしょうか。二百デナリなら百万円くらいのお金です。仮に一万人いたとして、百万円だとひとりあたり百円です。なるほど現実的な計算です。

第13節で「でも私たちが持っているのは五つのパンと二匹の魚だけです。それとも私たちが出かけて行って、この群衆全体に足るだけの食糧を買って来いとでも言うのですか」と言っているのは、ヨハネによるとアンデレです。アンデレは群衆の中にいた少年が大麦パン五つと小さい魚二匹を持っているのを見つけてきたのでした。

イエスさまにはそれだけで十分なのでした。第14節でイエスさまは「人々に50人ぐらいずつの組になって座るように伝えなさい」と言い、第15節で人々が座ります。

第16節、イエスさまは五つのパンと二匹の魚を手に取り、天を見上げてお祈りをします。それからイエスさまはパンと魚を小さく裂きながら弟子たちに渡します。その弟子たちはそれを人々に配ります。 不思議なことにイエスさまの手の中のパンはいつまでたってもなくなりません。裂いては渡し、裂いては渡し、その作業がいつまでたっても続くのです。果たしていつまで続いたのでしょうか。それは第17節、そこにいた人々全員が食べたいだけ食べるまで続いたのでした。 最後にもう誰もパンが欲しいと言わなくなったので、弟子たちは配るのをやめて、食べ残しを回収しました。そうしたらなんと12個のかごが一杯になったのです。五つのパンからスタートしたのに、です。

不思議な話です。これ以上の説明はありません。ただ「尽きない食べ物」という意味では旧約聖書に似た話がいくつかあります。まず1 Kings 17:8-16(列王記第1第17章第8節~第16節)です。冒頭、主(神さま)から言葉を受ける「彼」と書かれているのは、旧約聖書最強の預言者エリヤです。シドンはいまのレバノンにあるサイダの町のことです。地中海沿岸のレバノン第三の町です。なので登場する未亡人の女性は異邦人(外国人)です。当時は神さまがイスラエルの王アハブに怒って雨を止めたので、一帯は水不足で大変なことになっていました。

「8 すると、彼に次のような主のことばがあった。9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」 10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、たきぎを拾い集めているひとりのやもめがいた。そこで、彼は彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」 11 彼女が取りに行こうとすると、彼は彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」 12 彼女は答えた。「あなたの神、主は生きておられます。私は焼いたパンを持っておりません。ただ、かめの中に一握りの粉と、つぼにほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本のたきぎを集め、帰って行って、私と私の息子のためにそれを調理し、それを食べて、死のうとしているのです。」 13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。14 イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。『主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。』」 15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。16 エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。」([新改訳])。

次は2 Kings 4:1-7(列王記第2第4章第1節~第7節)です。エリシャは上の話に登場した預言者エリヤの後継者でやはり強力な預言者です。

「1 預言者のともがらの妻のひとりがエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは、主を恐れておりました。ところが、貸し主が来て、私のふたりの子どもを自分の奴隷にしようとしております。」 2 エリシャは彼女に言った。「何をしてあげようか。あなたには、家にどんな物があるか、言いなさい。」彼女は答えた。「はしための家には何もありません。ただ、油のつぼ一つしかありません。」 3 すると、彼は言った。「外に出て行って、隣の人みなから、器を借りて来なさい。からの器を。それも、一つ二つではいけません。4 家に入ったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての器に油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。」 5 そこで、彼女は彼のもとから去り、子どもたちといっしょにうしろの戸を閉じ、子どもたちが次々に彼女のところに持って来る器に油をついだ。6 器がいっぱいになったので、彼女は子どもに言った。「もっと器を持って来なさい。」子どもが彼女に、「もう器はありません」と言うと、油は止まった。7 彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。「行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。」」([新改訳])。

最後は2 Kings 4:42-44(列王記第2第4章第42節~第44節)です。ここに書かれている「神の人」はやはりエリシャです。

「42 ある人がバアル・シャリシャから来て、神の人に初穂のパンである大麦のパン二十個と、一袋の新穀とを持って来た。神の人は、「この人たちに与えて食べさせなさい」と命じた。43 彼の召使いは、「これだけで、どうして百人もの人に分けられましょう」と言った。しかし、エリシャは言った。「この人たちに与えて食べさせなさい。主はこう仰せられる。『彼らは食べて残すだろう。』」 44 そこで、召使いが彼らに配ると、彼らは食べた。主のことばのとおり、それはあり余った。」([新改訳])。

ユダヤ人はみんなこれらの話をよく知っているのです。だとしたら今回のイエスさまの奇跡を見たらどう思うでしょうか。きっとイエスさまはエリヤに匹敵するか、それ以上の預言者なのだろうと思うでしょう。群衆はもはやイエスさまが神さまから遣わされた存在であることを微塵も疑いません。ヨハネでは最後に「人々は、イエスのなさったしるしを見て、「まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ」と言った。そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた。」という節が付いています。このころのイスラエルは国のあちこちでリーダーが立ち、反ローマ帝国の武装蜂起が起こっては鎮圧されていた時期です。ガリラヤ地方でイエスさまの周囲に集まった人たちは「まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ」と言って、無理やりにリーダーとして担ぎ上げて武装蜂起を起こそうとしたのでしょう。しかしイエスさまには果たさなければならない大切な使命がありましたから、群衆の前から姿を隠しました。






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