2015年10月31日

ルカの福音書第1章第26節~第38節:イエスさまの誕生が予告される

第1章


 
(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Birth of Jesus Foretold

イエスさまの誕生が予告される


26 In the sixth month of Elizabeth’s pregnancy, God sent the angel Gabriel to Nazareth, a village in Galilee,

26 エリサベツが妊娠して六か月目に、神さまは天使のガブリエルをガリラヤのナザレという村に派遣しました。

27 to a virgin named Mary. She was engaged to be married to a man named Joseph, a descendant of King David.

27 マリヤという処女のところへです。マリヤはヨセフという、ダビデ王の子孫の男性と結婚する約束になっていました。

28 Gabriel appeared to her and said, “Greetings, favored woman! The Lord is with you! Blessed are you among women.”

28 ガブリエルはマリヤに現れて言いました。「こんにちは、恵まれた方。主があなたとともにおられます。あなたは女性の中で特に祝福された方です。」

29 Confused and disturbed, Mary tried to think what the angel could mean.

29 マリヤは混乱して動揺し、天使が何を言おうとしているのか考えようとしました。

30 “Don’t be afraid, Mary,” the angel told her, “for you have found favor with God!

30 天使がマリヤに言いました。「恐れることはありませんよ、マリヤ。あなたは神さまに目をかけられたのです。

31 You will conceive and give birth to a son, and you will name him Jesus.

31 あなたは妊娠し、男の子を産みます。あなたはその子をイエスと名付けます。

32 He will be very great and will be called the Son of the Most High. The Lord God will give him the throne of his ancestor David.

32 彼はとても偉大な存在となり、最も高き方の息子と呼ばれます。主である神さまは彼に祖先のダビデの王位を与えるのです。

33 And he will reign over Israel forever; his Kingdom will never end!”

33 そして彼は永遠にイスラエルを治めるのです。彼の王国は終わることがありません。」

34 Mary asked the angel, “But how can this happen? I am a virgin.”

34 マリヤは天使にたずねました。「ですがどのようにしてそんなことが起こるのでしょうか。私は処女なのです。」

35 The angel replied, “The Holy Spirit will come upon you, and the power of the Most High will overshadow you. So the baby to be born will be holy, and he will be called the Son of God.

35 天使は答えました。「聖霊があなたの上に来て、最も高き方の力があなたに投げかけられます。ですから生まれる赤子は神聖であり、彼は神の子と呼ばれるのです。

36 What’s more, your relative Elizabeth has become pregnant in her old age! People used to say she was barren, but she has conceived a son and is now in her sixth month.

36 いいですか。あなたの親類のエリサベツは老齢で妊娠しました。人々は不妊だと言っていたのに、彼女は息子を妊娠し、もう六か月です。

37 For nothing is impossible with God.”

37 なぜなら神さまに不可能なことはひとつもないのです。」

38 Mary responded, “I am the Lord’s servant. May everything you have said about me come true.” And then the angel left her.

38 マリヤは答えました。「私は主のしもべです。あなたが私について言ったことすべてが本当になりますように。」 そして天使はマリヤの元を去りました。




ミニミニ解説

「ルカの福音書」の第1章です。

前回、天使ガブリエルが聖域の中にいたザカリヤに現れ、妻のエリザベツに洗礼者ヨハネが生まれると予告しました。エリザベツは老齢で、それまで不妊でしたが、天使の予告どおりに妊娠しました。

今回、同じ天使のガブリエルはガリラヤのナザレに住むマリヤの元へ派遣されました。ガリラヤは南北に長いイスラエルの北部の地方で、ガリラヤ湖の南西15キロのあたりにあります。当時の人口はせいぜい数百人程度の村だと思われます。

第28節のガブリエルの言葉は[新改訳]では「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。あなたはどの女よりも祝福された方です」となっていますが、[NLT]では「Greetings, favored woman! The Lord is with you! Blessed are you among women.」です。私が一番最初に英語で聖書を読んだとき、ガブリエルのこの言葉が心に残りました。日本語で書くと重々しい言葉が、英語で書かれるとなんとも軽やかで、とにかくわかり易かったからです。私にこれが聖書なのか、この福音書を最後まで英語で読んでみたい、と思わせた言葉のひとつです。

第27節、「マリヤはヨセフという、ダビデ王の子孫の男性と結婚する約束になっていました」とあります。新約聖書には家系図が二カ所、登場します。最初の家系図は新約聖書の冒頭、Matthew 1:1-17(マタイの福音書第1章第1~17節)で、ここにはユダヤ人の祖、アブラハムからイエスさまに至る家系図が書かれています。

「1 アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。2 アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、3 ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、エスロンにアラムが生まれ、4 アラムにアミナダブが生まれ、アミナダブにナアソンが生まれ、ナアソンにサルモンが生まれ、5 サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、6 エッサイにダビデ王が生まれた。ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、7 ソロモンにレハブアムが生まれ、レハブアムにアビヤが生まれ、アビヤにアサが生まれ、8 アサにヨサパテが生まれ、ヨサパテにヨラムが生まれ、ヨラムにウジヤが生まれ、9 ウジヤにヨタムが生まれ、ヨタムにアハズが生まれ、アハズにヒゼキヤが生まれ、10 ヒゼキヤにマナセが生まれ、マナセにアモンが生まれ、アモンにヨシヤが生まれ、11 ヨシヤに、バビロン移住のころエコニヤとその兄弟たちが生まれた。12 バビロン移住の後、エコニヤにサラテルが生まれ、サラテルにゾロバベルが生まれ、13 ゾロバベルにアビウデが生まれ、アビウデにエリヤキムが生まれ、エリヤキムにアゾルが生まれ、14 アゾルにサドクが生まれ、サドクにアキムが生まれ、アキムにエリウデが生まれ、15 エリウデにエレアザルが生まれ、エレアザルにマタンが生まれ、マタンにヤコブが生まれ、16 ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。17 それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる」([新改訳])。 途中、第6節に「エッサイにダビデ王が生まれた」と書かれている部分があり、第16節には「ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた」とありますから、マリヤの婚約者のヨセフはダビデ王の家系であることが分かります。

もう一つの家系図は、Luke 3:23-38(ルカの福音書第3章第23~38節)です。こちらはイエスさまから一番最初の人間であるアダムまで遡る形の家系図になっています。 「23 教えを始められたとき、イエスはおよそ三十歳で、人々からヨセフの子と思われていた。このヨセフは、ヘリの子、順次さかのぼって、24 マタテの子、レビの子、メルキの子、ヤンナイの子、ヨセフの子、25 マタテヤの子、アモスの子、ナホムの子、エスリの子、ナンガイの子、26 マハテの子、マタテヤの子、シメイの子、ヨセクの子、ヨダの子、27 ヨハナンの子、レサの子、ゾロバベルの子、サラテルの子、ネリの子、28 メルキの子、アデイの子、コサムの子、エルマダムの子、エルの子、29 ヨシュアの子、エリエゼルの子、ヨリムの子、マタテの子、レビの子、30 シメオンの子、ユダの子、ヨセフの子、ヨナムの子、エリヤキムの子、31 メレヤの子、メナの子、マタタの子、ナタンの子、ダビデの子、 32 エッサイの子、オベデの子、ボアズの子、サラの子、ナアソンの子、33 アミナダブの子、アデミンの子、アルニの子、エスロンの子、パレスの子、ユダの子、34 ヤコブの子、イサクの子、アブラハムの子、テラの子、ナホルの子、35 セルグの子、レウの子、ペレグの子、エベルの子、サラの子、36 カイナンの子、アルパクサデの子、セムの子、ノアの子、ラメクの子、37 メトセラの子、エノクの子、ヤレデの子、マハラレルの子、カイナンの子、38 エノスの子、セツの子、アダムの子、このアダムは神の子である」([新改訳])。途中の第31節の終わりに「ダビデの子」とあるのがダビデ王です。マタイの家系図ではダビデ王の血筋はソロモンから続きますが、ルカの家系図では第31節の「ダビデの子」の前にあるのは「ナタンの子」となっていて血筋はナタンから続いています(ソロモンとナタンが兄弟と言うことです)。 これについては第23節の終わりにある「このヨセフは、ヘリの子、順次さかのぼって」の「ヘリ」はヨセフの義父、つまりマリヤの父親のことであり、これはマリヤ側の家系図なのだろうと考えられています。

マリヤとヨセフは結婚する約束になっていた、と書かれていますが、家系や血筋を重んじるユダヤ人の婚約や結婚は、今日の私たちが考えるそれとはまったく意味が異なります。ユダヤ民族の婚約は法的な拘束力を持ちましたので、今日の結婚と同等ですし、もし婚約しているマリヤが妊娠すれば、それは「不義」と解釈されます。

旧約聖書の律法によれば不義は死刑です。Deuteronomy 22:22-23(申命記第22章第22節~第23節)です。「22 夫のある女と寝ている男が見つかった場合は、その女と寝ていた男もその女も、ふたりとも死ななければならない。あなたはイスラエルのうちから悪を除き去りなさい。23 ある人と婚約中の処女の女がおり、他の男が町で彼女を見かけて、これといっしょに寝た場合は、24 あなたがたは、そのふたりをその町の門のところに連れ出し、石で彼らを打たなければならない。彼らは死ななければならない。これはその女が町の中におりながら叫ばなかったからであり、その男は隣人の妻をはずかしめたからである。あなたがたのうちから悪を除き去りなさい」([新改訳])。 ですからマリヤが最後の第38節で、「私は主のしもべです。あなたが私について言ったことすべてが本当になりますように」と告げたときの覚悟は大変な決心を伴ったのです。

ガブリエルがマリヤに告げます。第28節では「こんにちは、恵まれた方。主があなたとともにおられます。あなたは女性の中で特に祝福された方です」と言い、第30節では「恐れることはありませんよ、マリヤ。あなたは神さまに目をかけられたのです」と言っています。 マリヤは神さまから特別な祝福を受け、目をかけられているのですね。ところがこれから後のマリヤの人生はどうなるでしょうか。まずは妊娠について不義の疑いをかけられ、親戚や知り合いからは白い目で見られます。イエスさまが30歳になるまではどのような様子であったかはほとんど書かれていませんが、30歳になると伝道の活動で家を空けるようになります。マリヤがこのことをよく思っていなかったことは、伝道の現場へイエスさまを連れ戻しに現れることからわかります。そしてイエスさまは最終的には反逆罪の判決を受け、人々前に十字架にはりつけにされて、苦しみもがき、殺されてしまうのです。これを目撃する母親の気持ちとはどういうものなのでしょうか。

神さまから特別な祝福を受けて目をかけられることは、必ずしも私たちの目で見たときに安定した生活とか、裕福な暮らしとか、平安な毎日とか、そういうことに直結するわけではないようです。マリヤはイエスさまの十字架の後に立ち上がった初期の教会に参加していたことが書かれていますから、最後にはイエスさまの十字架の意味を理解したのかも知れません。また自分がイエスさまの母親として神さまから選ばれたことの意味を考えたのかも知れません。

いずれにしても神さまの祝福の意味はとても深淵なので私たちにはそうそう理解できるものではないようです。またよく考えてみると、私たちがどれほどの祝福や加護を神さまから受けて毎日を過ごせているか、私たちはそれらを当たり前のように受け取っていて特別に意識することもありません。神さまは私たちを愛し、私たちのことを考え、私たちの知らないところで本当にたくさんのことをされているのだと思います(もちろん全知全能の方なのですから、それを何の苦労もなく、さらりとされているのでしょうが)。 私たちに求められているのは、神さまの存在を信じ、神さまが私たちのことを考えてすべてをコントロールされていることを信じ、毎日どころか、いつも四六時中神さまを褒め称え賛美し、神さまに祝福と加護を頼み感謝して、その一方で自分がどれほどそれらを受ける資格がないかを自覚して、素直に真摯に謝罪する、そういう姿勢なのだと思います。

第31節、ガブリエルは「あなたはその子をイエスと名付けます」と言います。この「イエス」という名前は特別な名前ではなくて、ユダヤ人の間ではありふれた名前なのだそうです。また「イエス」はギリシア語表記で、同じ名前をヘブライ語で表記すると「ヨシュア」となります。旧約聖書ではモーゼを引き継いでユダヤ人のリーダーとなり、最終的にユダヤ民族をパレスチナに到達させたヒーローがヨシュアです。 「イエス」「ヨシュア」の言葉は「主は救う」と言う意味だそうで、ヨシュアが最終的にユダヤ人を約束の地に到達させたように、イエスさまは私たち人間を最終的に天国に到達させてくださいます。聖書はこのように同じイベントが繰り返す形で形成されているようで、先に起こったイベントを音から起こったイベントの「型」と呼ぶようです。

第32節、神さまはイエスさまに「ダビデの王位」を与える、とあります。神さまは預言者ナタンを通じてダビデ王に次の言葉を伝えています。2 Samuel 7:12-14(サムエル記第2第7章第12~14節)です。「12 あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。14 わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。15 しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。16 あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」([新改訳])。 ここはダビデの王座が永遠に続くことを神さまが約束した箇所とされています。イスラエルはダビデの跡継ぎのソロモンの時代に史上最大の栄華を誇りますが、王座は永遠には続きませんでした。だとすると「とこしえまでも堅く立つ」と約束された王座は、ソロモンの王座とは別のものだったと解釈されるのです。

第34節で、マリヤがガブリエルに「どうして自分は処女なのに妊娠できるのか」とたずねると、ガブリエルは第37節で「なぜなら神さまに不可能なことはひとつもない」と答えます。神さまはどんなことでも実現できます。私たちが不可能と考えることでも実現できるのです。

同じことは別の箇所でも言われます。たとえばMatthew 19:23-26(マタイの福音書第19章第23~26節)では、イエスさまが「金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい」と言うので、弟子たちはそれでは誰が救われるのか、とたずねる場面です。「23 それから、イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。金持ちが天の御国に入るのはむずかしいことです。24 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。25 弟子たちは、これを聞くと、たいへん驚いて言った。「それでは、だれが救われることができるのでしょう。」 26 イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます」([新改訳])。

アブラハムの妻サラが、90歳で妊娠するときにも同じことが言われます。Genesis 18:914(創世記第18章第9~14節)です。ここに登場する「彼ら」は神さまの使い、つまり天使です。「9 彼らはアブラハムに尋ねた。「あなたの妻サラはどこにいますか。」それで「天幕の中にいます」と答えた。10 するとひとりが言った。「わたしは来年の今ごろ、必ずあなたのところに戻って来ます。そのとき、あなたの妻サラには、男の子ができている。」サラはその人のうしろの天幕の入口で、聞いていた。11 アブラハムとサラは年を重ねて老人になっており、サラには普通の女にあることがすでに止まっていた。12 それでサラは心の中で笑ってこう言った。「老いぼれてしまったこの私に、何の楽しみがあろう。それに主人も年寄りで。」 13 そこで、主がアブラハムに仰せられた。「サラはなぜ『私はほんとうに子を産めるだろうか。こんなに年をとっているのに』と言って笑うのか。14 主に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子ができている」([新改訳])。

第36節ではガブリエルが「あなたの親類のエリサベツは老齢で妊娠しました」と言っています。マリヤとエリザベツは親類なのです。ということはイエスさまと洗礼者ヨハネも親類と言うことになります。

第38節でマリヤは大変な決心でガブリエルの言葉を受け入れます。「私は主のしもべです。あなたが私について言ったことすべてが本当になりますように」。このように声に出して神さまに対して忠誠を誓うことはとても大切なことです。

実はガブリエルはマリヤの夫、ヨセフのところにも現れているのです。その様子はMatthew 1:18-25(マタイの福音書第1章第18~25節)に書かれています。「18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」 22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。) 24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた」([新改訳])。 マリヤの夫のヨセフはマリヤの妊娠を知ると、それは自分には身に覚えのない妊娠だったので、マリヤを訴えて死罪にすることもできたのですが、マリヤのことを考えて秘密裏に去らせようと考えていたのです。そこに現れてヨセフにイエスさまのことを告げた天使は、マリヤのところに現れたのと同じガブリエルと考えるのが自然でしょう。






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