2015年10月31日

ルカの福音書:はじめに

ルカの福音書





新約聖書には福音書が四つ収録されています。登場順に「Matthew(マタイ)」「Mark(マルコ)」「Luke(ルカ)」「John(ヨハネ)」です。このうち、最初の三つの福音書は内容と構成が似通っていて、並べて比較することができることから「共観福音書」と呼ばれています。三つの福音書が書かれた順序については、「マルコ」が最初に書かれて、その「マルコ」を土台にして「マタイ」と「ルカ」が書かれたという見方がほぼ確立しています。先週までの「マタイの福音書」の中では、「マタイ」・「ルカ」=「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」の式を使いながら、福音書の平行箇所を一緒に読んで比較してきました。

「ルカの福音書」を記述したとされる「ルカ」と言う人物は、パウロを手伝って共に福音を伝える伝道の旅をしたことと、新約聖書の中では「ルカの福音書」と「Acts(使徒の働き)」の二つの本を書いたことで知られています。「ルカの福音書」と「使徒の働き」はイエスさまの十字架死~復活までを扱う「ルカの福音書」と、イエスさまが復活して天へ戻った後で使徒たちがイエスさまの福音を世の中に伝える「使徒の働き」の連続した書き物になっていて、一冊の本の前編・後編という感じで展開します。

ルカの職業は医者です。それはパウロが書いたとされる「Colossians 4:14(コロサイ人への手紙第4章第14節)」に「愛する医者ルカ、それにデマスが、あなたがたによろしくと言っています」([新改訳])と書いているところからわかります。また福音を伝えるためにルカがパウロと共に献身的に働いた様子がパウロの書簡に記述されています。研究によるとルカはシリアのアンテオケの出身の異邦人(ユダヤ人から見た外国人)とされています。そうするとルカは新約聖書の著者として登場する唯一の異邦人ということになります。(ルカをユダヤ人だとする説もあります。)

ルカはパウロの伝道旅行の第2回と第3回、及び最後にパウロが処刑のためにローマへ護送された旅に同行しました。「使徒の働き」を読んでいると、あるところから突然書き口が「私たちは・・・」と一人称に変化する部分が三カ所あります。それはこの部分からルカがパウロ一向に合流したからだろうと考えられています。またパウロがローマへ送られる前にカイザリアで二年間牢に入れられていた期間があるのですが、おそらくこの間にルカはパウロのそばにいて後日に「ルカ」と「使徒の働き」を記述するための材料を集めたのだろうと言われています。

ルカが記述した文書の量は、「ルカの福音書」と「使徒の働き」の二つの本を合わせると、新約聖書全体の1/4を越える量になります。職業が医者ということもあって、記述は大変客観的にまた冷静に行われています。また記述内容を見るとギリシア語に精通していたことがよくわかり、他の新約聖書の著者よりも視野が広く洗練された印象を与えます。文学上の品質としては四つの福音書の中で最高と言われ、このため読者の興味を最もかき立てる福音書なのです。

「ルカの福音書」が書かれたのはおそらく西暦60~70年頃です。50~60年頃からローマ帝国のクリスチャンに対する迫害が厳しくなり、70年にはエルサレムが陥落してイスラエルが滅びます。そんな状況下で、ルカは政治や文化に影響力の強いローマ帝国の人たちに対して、クリスチャンとは何か、福音とは何かを正しく客観的に伝えようとしたのだと考えられています。記述の中ではクリスチャンが反政府的な扇動の容疑を受けながら最終的に無罪の判断が下される場面が多数記述されています。

ときにキリスト教は悪意のある迷信で、気づかれないように秘密裏に勢力を拡大したとの批判を受ける場合がありますが、ルカはイエスさまがあらゆる地位や階級の人々と触れ合い、神さまの国についての教えを民衆の前で公然と述べ伝えられたことを伝えています。




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english1982 at 23:30│ルカの福音書