マタイの福音書

2015年12月30日

マタイの福音書第2章第1節~第12節:東方からの来訪者

第2章


(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Visitors from the East

東方からの来訪者


1 Jesus was born in Bethlehem in Judea, during the reign of King Herod. About that time some wise men from eastern lands arrived in Jerusalem, asking,

1 イエスさまがユダヤのベツレヘムで生まれたのはヘロデ王の統治の時代でした。そのころ、東方の土地から賢人が何人かエルサレムに到着してたずねました。

2 “Where is the newborn king of the Jews? We saw his star as it rose, and we have come to worship him.”

2 「生まれたばかりのユダヤ人の王はどちらにおられますか。私たちは、その方の星が上るのを見たのです。私たちはその方を参拝するためにまいりました。」

3 King Herod was deeply disturbed when he heard this, as was everyone in Jerusalem.

3 ヘロデ王はこれを聞くとひどく動揺しました。エルサレムの人もみな同じでした。

4 He called a meeting of the leading priests and teachers of religious law and asked, “Where is the Messiah supposed to be born?”

4 ヘロデ王は祭司長たちと律法学者たちを集めた集会を開いてたずねました。「救世主はどこで生まれるとされているのか。」

5 “In Bethlehem in Judea,” they said, “for this is what the prophet wrote:

5 彼らは言いました。「ユダのベツレヘムです。預言者は次のように書きました。

6 ‘And you, O Bethlehem in the land of Judah, are not least among the ruling cities of Judah, for a ruler will come from you who will be the shepherd for my people Israel.’ ”

6 『ユダの地、ベツレヘムよ。あなたはユダを治める国々の中で、最も小さいものではない。なぜなら支配者はあなたの中から出て、私の民イスラエルを率いる羊飼いとなるのだから。』」

7 Then Herod called for a private meeting with the wise men, and he learned from them the time when the star first appeared.

7 それからヘロデはひそかに賢人たちと会合を持ち、彼らから最初に星が現れた時期を聞き出しました。

8 Then he told them, “Go to Bethlehem and search carefully for the child. And when you find him, come back and tell me so that I can go and worship him, too!”

8 ヘロデは賢人たちに言いました。「ベツレヘムへ行って注意深くその子供を捜しなさい。子供を見つけたら戻ってきて私に教えなさい。私も出向いて参拝できるように。」

9 After this interview the wise men went their way. And the star they had seen in the east guided them to Bethlehem. It went ahead of them and stopped over the place where the child was.

9 この会合の後で賢人たちは彼らの道を行きました。東方で見た星が賢人たちを導いてベツレヘムへ連れて行きました。星は賢人たちの先を行き、子供のいる場所の上で止まりました。

10 When they saw the star, they were filled with joy!

10 賢人たちは星を見て喜びで満たされました。

11 They entered the house and saw the child with his mother, Mary, and they bowed down and worshiped him. Then they opened their treasure chests and gave him gifts of gold, frankincense, and myrrh.

11 賢人たちは家に入り、子供が母親のマリヤと共にいるのを見ました。賢人たちは腰をかがめて子供を拝みました。それから賢人たちは宝の箱を開いて、黄金、乳香、没薬の贈り物を渡しました。

12 When it was time to leave, they returned to their own country by another route, for God had warned them in a dream not to return to Herod.

12 帰る時間になると、賢人たちは他の道を通って自分たちの国へ戻りました。それは神さまが、ヘロデのところへ戻らないようにと夢の中で警告したからです。




ミニミニ解説

これはイエスさまの誕生のときに東方から来た賢人についての不思議な話です。物語ではよく「東方の三博士」などと紹介されますが、賢人(wise men)が三人だったという記述はどこにもなく、イエスさまに捧げた贈り物が黄金、乳香、没薬の三つの品だったことから一人が一つずつ持ってきたという想定で三博士としたのでしょう。英語では複数形になっているので賢人は二人以上のグループだったと言うことです。

それにしてもユダヤ人の誰よりも先にイエスさまの誕生を知っていた、この賢人たちはいったい誰なのでしょうか。この人たちは星に導かれてやって来ました。つまり占星術です。占星術は古代バビロニア(いまのイラクのあたり?)を起源にしていて、紀元前三世紀頃にギリシアに伝わったようです。同じ起源を持つ占星術は後に東方へ進んでインドへ伝わり、インド占星術となります。どちらにしてもイスラエルの地からすれば東方の文化です。占星術を使ってイエスさまの誕生を知った人たちが、はるばる礼拝と贈り物のために訪ねてきたわけで、と言うことはつまりこの人たちはユダヤ人ではなく外国人(異邦人)と言うことになります。そもそも聖書では占いの行為は禁じられています。Deuteronomy 18:10-11(申命記第18章第10節~第11節には次のように書かれています。「10 あなたのうちに自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者、まじない師、呪術者、11 呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。」([新改訳])。つまりこの東方の外国から来た異邦人は、ユダヤ民族には禁断の占星術を使ってユダヤ人よりも先にイエスさまの誕生を知り、わざわざ遠方より旅をして贈り物と礼拝のために参じたことになります。

最初に「マタイの福音書」を生み出した教会(あるいは教会群)は、もともとファリサイ派のような律法を重視するユダヤ人の中から出てきたのではないか、と書きました。この教会はユダヤ人を母体としたことにより、逆にイエスさまを救世主として認めないユダヤ人から激しく迫害される立場にあったはずです。一方「マタイ」の教会からしてみれば、旧約聖書を熟知していながら、その中にあらかじめ織り込まれていた救世主の預言に気づかないでいるユダヤ人を歯がゆく思っていたことでしょう。その意味で今回のエピソードは、救世主の誕生に気づくのは救世主を待望しているユダヤ人ではなく、ユダヤ世界の外側にいる異邦人であり、それを知る方法もまたユダヤ教では禁じられている占星術なのです。そしてその異邦人は救世主を拝むために、はるばる旅をする労苦を惜しまずにパレスチナの地へやって来ます。まるでソロモン王の栄華を褒め称えるために宝物を持って訪れた異国のシバの女王のように・・・。そうするとこの部分も「マタイ」の教会がユダヤ民族に向けて書いた挑戦のように読めて来ます。第3節に書かれているヘロデ大王やエルサレムのユダヤ人の「動揺」は、賢者の来訪と知らせによる動揺ではなく、イエスさまを救世主として拝む「マタイ」の教会が展開する論証による動揺のようにも読めます。

賢人たちを迎えたヘロデ大王はローマ帝国から任命される形で当時の属領のパレスチナ地区を治めていた王ですが、紀元前4年に没したことが歴史資料として残っているので、つまりイエスさまの誕生はそれよりも前ということになります。ヘロデは救世主誕生について書かれている預言の箇所をたずねます。つまりこれは「マタイ」の教会が行うイエスさまに関する論証の一部です。ここで回答に引用されているのはMicah 5:2(ミカ書第5章第2節)です。「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである」([新改訳])。「エフラテ」と言うのはユダヤの十二氏族の一つで、ユダヤ民族が最初にパレスチナの地に入って征服を行ったとき国は氏族ごとに分割されて割り当てられたのです。

ヘロデはこれを確認すると賢人たちを送り出しますが、果たして賢人たちを東方から導いてきた星は、賢人たちを預言どおりにベツレヘムの町へと導いていき、赤子のイエスさまの抱くマリヤの元へと連れて行きます。当時のベツレヘムは人口がせいぜい数百人程度かあるいはもっと少ないとても小さな村だったようです。賢人たちはイエスさまを拝み、携えてきた宝物を捧げます。

捧げられた宝物は黄金、乳香、没薬です。「乳香(にゅうこう)」は樹木から分泌される樹脂で、香として焚いたり、香料の原料として利用されます。「没薬(もつやく)」もやはり樹木から分泌される樹脂で、別名「ミルラ」とも呼ばれます。香として焚いて使うほか、鎮痛薬としても使用されていました。またミイラを作る際に遺体の防腐処理にも用いられていました。Isaiah 60:6(イザヤ書第60章第6節)には次のような記述があります。「らくだの大群、ミデヤンとエファの若いらくだが、あなたのところに押し寄せる。これらシェバから来るものはみな、金と乳香を携えて来て、主の奇しいみわざを宣べ伝える」([新改訳])。これはイザヤ書第60章に書かれている「諸国の民を覆う暗闇の世界に現れる主」の到来に関する預言の一部ですが、つまり賢人の来訪そのものが旧約聖書に記された預言の実現になっていると言うことです。

賢人たちは夢のお告げを得て、ヘロデの元へは帰らずに別の道を通って自国への帰路につきました。歴史資料からも残虐な君主として知られるヘロデは、やがて自分の地位を脅かすであろう救世主を子供のうちに殺してしまおうと狙っていたのです。









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マタイの福音書第2章第13節~第18節:エジプトへの脱出

第2章


(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Escape to Egypt

エジプトへの脱出


13 After the wise men were gone, an angel of the Lord appeared to Joseph in a dream. “Get up! Flee to Egypt with the child and his mother,” the angel said. “Stay there until I tell you to return, because Herod is going to search for the child to kill him.”

13 賢人たちが去った後、主の天使が夢の中でヨセフに現われました。天使は言いました。「起きなさい。子供と母親を連れてエジプトへ逃げなさい。私が戻るように伝えるまでそこにいなさい。なぜならヘロデが殺害のために子供を捜すからです。」

14 That night Joseph left for Egypt with the child and Mary, his mother,

14 その夜、ヨセフは子供と母親のマリヤを連れてエジプトへ向けて出発しました。

15 and they stayed there until Herod’s death. This fulfilled what the Lord had spoken through the prophet: “I called my Son out of Egypt.”

15 そしてヘロデが死ぬまでそこにいました。これは主が預言者を通して言った事柄を実現しました。「私はエジプトから私の子供を呼び寄せました」。

16 Herod was furious when he realized that the wise men had outwitted him. He sent soldiers to kill all the boys in and around Bethlehem who were two years old and under, based on the wise men’s report of the star’s first appearance.

16 賢人たちに裏をかかれたことを知るとヘロデは激怒しました。ヘロデは兵士たちを派遣してベツレヘムの中と周辺で二歳か、それよりも幼い男の子をすべて殺させました。これは賢人たちが星が最初に現れたときの報告に基づいています。

17 Herod’s brutal action fulfilled what God had spoken through the prophet Jeremiah:

17 ヘロデの残忍な所行は、神さまが預言者エレミヤを通して話した事柄の成就です。

18 “A cry was heard in Ramah -- weeping and great mourning.  Rachel weeps for her children, refusing to be comforted, for they are dead.”

18 「ラマで泣き声が聞こえました。涙を流して嘆き悲しむ声です。ラケルが自分の子供たちのために涙を流し、慰められることを拒んでいます。それは子供たちがすでに死んでいるからです。」




ミニミニ解説

東方から来た賢人たちが贈り物を置いて去ると、天使が再度ヨセフの夢に現れて、「エジプトへ逃げろ」と神さまのメッセージを伝えます。マタイは躊躇せずにその夜にイエスさまとマリヤを連れてエジプトへ向かいました。

マタイはこれが預言の成就だとしています。第15節で引用されているのはHosea 11:1(ホセア書第11章第1節)です。「イスラエルが幼いころ、わたしは彼を愛し、わたしの子をエジプトから呼び出した」([新改訳])。この部分で「わたしの子」が指しているのはユダヤ民族そのもののことです。英語では「my son」と単数になっていますが、神さまがエジプトから呼び出した「自分の息子」とはユダヤ民族のことに他なりません。紀元前1500年頃、ユダヤ人はエジプトに寄留して奴隷状態に陥っていましたが、神さまは預言者モーゼを遣わしてユダヤ民族をエジプトから脱出させて、最終的にパレスチナの地へ連れてきたのです。

「マタイの福音書」の著者はこのエジプト脱出の部分で何を伝えたいのでしょうか。ユダヤ人はホセア書の「わたしの子」が単数で息子を指すのではなく、ユダヤ民族全体を指すことはよく知っています。それはホセア書を読めば誰でもわかることです。と言うことは、「マタイ」がわざと「my son」を単数のイエスさまに読み替えているとしか思えません。旧約聖書でのエジプトはその後、「世俗」や「罪」の代名詞として扱われ、「エジプトへ帰りたいのか」「心の中からエジプトを払拭せよ」と言う問いかけへと変化していきます。もしかすると「マタイ」はイエスさまによる人類の救済が、ユダヤ民族をエジプトから脱出させた「出エジプト(Exodus)」と同じ意味で、今度は神さまが遣わしたイエスさまが、人類全体を「罪」というエジプトから脱出させるのだ、と言いたいのかも知れません。逆に言うとモーゼに率いられた「出エジプト」は、その1500年後に起こるイエスさまによる「救済」の予型(ひな形)としての出来事だったのだ、と言いたいのかも知れません。こういう解釈、つまり新約聖書の中で起こる出来事があらかじめ旧約聖書の中に用意されていたとする解釈を予型論的解釈と言いますが、この視点で聖書を読んでいくと、旧約聖書と新約聖書の特にイエスさまに関する記述の間に驚くほどの一致が見つかります。さらにこれを進化させて、旧約聖書と新約聖書の予型の関係は、「終わりの日」に起こる救世主イエスさまの再来のタイミングでもう一度起こると考えて、ユダヤの黙示文学を読むことも大変興味深いです。

第16節、ヘロデは賢人たちが自分への報告をせずに自国へ戻ったことを知って激怒し、ベツレヘム周辺の二歳以下の男の子の虐殺を命じます。これは歴史が伝えるヘロデの残虐な性格と符合する出来事ではありますが史実としては見つからないようです。ですが考えてみると人口数百人にも満たない小さな村の世帯数を考えてみると、このときに殺された男の子の数はせいぜい数人だったのかも知れません。「マタイ」はこれも旧約聖書の預言の成就だとしています。引用の箇所は、Jeremiah 31:15(エレミヤ書第31章第15節)の「主はこう仰せられる。「聞け。ラマで聞こえる。苦しみの嘆きと泣き声が。ラケルがその子らのために泣いている。慰められることを拒んで。子らがいなくなったので、その子らのために泣いている」([新改訳])の部分です。ここの引用ももともと救世主について書かれた箇所ではありません。ラマで聞こえる嘆きの泣き声は南北朝に分かれた北側のイスラエルがアッシリアに滅ぼされ、ユダヤ民族が国外へ連れ去られることを悲しんで嘆いているのです。泣いている「ラケル」はユダヤ民族の父祖であるアブラハムの息子のイサクの、そのまた息子のヤコブ(後に「イスラエル」に改名)の妻のひとりです。ヤコブの子供たちがユダヤの十二部族それぞれの始まりになったので、パレスチナから連れ去られていなくなるユダヤ民族のことを母のラケルが嘆き悲しんでいるのです(正確にはラケルは十二人の息子全員の母ではありませんが)。

「マタイ」の著者は、ヘロデが行ったベツレヘムでの男児虐殺がエレミヤの預言の成就だとしています。ベツレヘムで実際にヘロデに自分の息子を殺された母親は深く嘆き悲しんだことでしょう。ですがその母親の悲しみが、イスラエルから連れ去られるユダヤ民族を嘆くラケルの悲しみの実現、と言うのはどうもうまく理解できません。Genesis 35:19(創世記第35章第19節)によるとラケルの埋葬について「こうしてラケルは死んだ。彼女はエフラテ、今日のベツレヘムへの道に葬られた」([新改訳])と書かれていますから、ヘロデの虐殺をラケルの埋葬の地に結びつけたのかも知れませんが。







english1982 at 21:00|Permalink

マタイの福音書第2章第19節~第23節:ナザレへの帰還

第2章


(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Return to Nazareth

ナザレへの帰還


19 When Herod died, an angel of the Lord appeared in a dream to Joseph in Egypt.

19 ヘロデが死んだときに、主の天使が夢でエジプトにいるヨセフに現われました。

20 “Get up!” the angel said. “Take the child and his mother back to the land of Israel, because those who were trying to kill the child are dead.”

20 天使は言いました。「立ちなさい。子供とその母をイスラエルの地へ連れ帰りなさい。なぜなら子供を殺害しようとしていた人たちは死んだからです。」

21 So Joseph got up and returned to the land of Israel with Jesus and his mother.

21 そこでヨセフは立ち上がり、イエスさまとその母と共にイスラエルの地へ戻りました。

22 But when he learned that the new ruler of Judea was Herod’s son Archelaus, he was afraid to go there. Then, after being warned in a dream, he left for the region of Galilee.

22 しかしユダヤの地の新しい統治者がヘロデの息子のアケラオであると知り、ヨセフはユダヤへ行くのを恐れました。夢の中で警告を受けた後、ヨセフはガリラヤ地方に向けて旅立ちました。

23 So the family went and lived in a town called Nazareth. This fulfilled what the prophets had said: “He will be called a Nazarene.”

23 そして家族はナザレという町に行って住みました。これは預言者たちが言った言葉の実現です。「彼はナザレ人と呼ばれます。」




ミニミニ解説

ヘロデ大王によるベツレヘム周辺での男児虐殺の難を逃れてエジプトへ待避していたヨセフの元に天使が現れて、ヘロデが死んだのでパレスチナへ戻るようにとメッセージを告げます。

ヘロデ大王が没したのは紀元前4年です。ヘロデが死ぬと領地は遺言に従って分割され、アケラオ、ヘロデ・アンティパス、フィリポスの三人の息子が後を継ぎました。ヘロデ大王が没したとき、ユダヤ人はローマ帝国に使者を派遣してヘロデ王家の支配を廃してくれるように直訴したそうですが聞き入れられませんでした。ただローマ帝国は息子たちが引き続き「王」を名乗ることも許しませんでした。

分割された領地の中でエルサレムやベツレヘムのあるユダヤに加え、サマリヤとイドゥメアのパレスチナ主要部を譲り受けたのが、残忍さで有名なアケラオです。後にアルケラオは失政を重ねたことで住民によってローマ帝国へ訴えられ、解任されてガリアへ追放されています。

ヨセフはアケラオの支配するユダヤ地方に戻ることの危険性について天使から警告を受けると、パレスチナ北部のガリラヤ地方を目指すことにし、ナザレの町に落ち着きます。ナザレはガリラヤ湖の南西15km、ガリラヤ湖と地中海との中間あたりに位置します。

ガリラヤ地方はパレスチナの北端にあたり、エルサレム周辺に住むユダヤ人は、汚れた民として忌み嫌うサマリヤ人の住むサマリヤを通り越して、さらにその北の果てにあるガリラヤ地方のユダヤ人を見下していました。ヨセフたちはユダヤを離れてそんな辺境へ住むことにした、と言うことです。

第23節ではヨセフの一家がナザレに住むことになったのは預言の成就だとしていますが、「彼はナザレ人と呼ばれます」の部分が、旧約聖書のどこから引用されているかは特定できません。旧約聖書に「ナザレ」は登場しないからです。「ナジル人」と言う戒律を厳しく守る禁欲者の話は登場しますが、これは音は似ていますが「ナザレ」や「ナザレ人」とは別だと思います。

当時、イエスさまが「ナザレのイエス」と呼ばれていたのは確かなようで、後にはイエスさまを信じる人たちも「ナザレ人」とか「ナザレ派」と呼ばれるようになりました。「Acts(使徒の働き)」でもそのように言及されている場面があります。









english1982 at 20:00|Permalink

マタイの福音書第3章第1節~第12節:洗礼者ヨハネが道を準備する

第3章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


John the Baptist Prepares the Way

洗礼者ヨハネが道を準備する


1 In those days John the Baptist came to the Judean wilderness and began preaching. His message was,

1 そのころ洗礼者ヨハネがユダヤの荒野へ来て説教を始めました。ヨハネのメッセージとは、

2 “Repent of your sins and turn to God, for the Kingdom of Heaven is near.”

2 「あなたの罪を悔やみ、神さまに向き直りなさい。なぜなら天の王国が近いからです。」

3 The prophet Isaiah was speaking about John when he said, “He is a voice shouting in the wilderness, ‘Prepare the way for the Lord’s coming!  Clear the road for him!’ ”

3 預言者イザヤが次のように言ったのはヨハネのことを言っていたのです。「彼は荒野で叫ぶ声です。『道を用意せよ。主が来られるのだから。主のために道を片付けよ。』」

4 John’s clothes were woven from coarse camel hair, and he wore a leather belt around his waist. For food he ate locusts and wild honey.

4 ヨハネの服は粗いラクダの毛で編まれていて、腰には革の帯を締めていました。食べ物はいなごと野蜜を食べていました。

5 People from Jerusalem and from all of Judea and all over the Jordan Valley went out to see and hear John.

5 エルサレムから、ユダヤ全土から、そしてヨルダンの谷全域から、人々がヨハネの話を聞きに出て行きました。

6 And when they confessed their sins, he baptized them in the Jordan River.

6 人々が自分の罪を告白すると、ヨハネはその人々にヨルダン川で洗礼を施しました。

7 But when he saw many Pharisees and Sadducees coming to watch him baptize, he denounced them. “You brood of snakes!” he exclaimed. “Who warned you to flee God’s coming wrath?

7 しかしヨハネが洗礼を施すのを、たくさんのファリサイ派やサドカイ派の人たちが人が見に来るのを目にすると、ヨハネは彼らを非難して叫びました。「お前たちはヘビの子だ。誰が来たる神さまの怒りを逃れるようにと警告したのか。

8 Prove by the way you live that you have repented of your sins and turned to God.

8 お前たちが自分たちの罪を悔やみ、神さまに向き直ったことを、自分の生き方で証明して見せなさい。

9 Don’t just say to each other, ‘We’re safe, for we are descendants of Abraham.’ That means nothing, for I tell you, God can create children of Abraham from these very stones.

9 互いに単に言い合うことのないようにしなさい。『我々は安全だ。なぜなら我々はアブラハムの子孫だからだ』と。それには何の意味もありません。なぜなら言っておきますが、神さまはこれらの石ころからでもアブラハムの子供を作ることができるのです。

10 Even now the ax of God’s judgment is poised, ready to sever the roots of the trees. Yes, every tree that does not produce good fruit will be chopped down and thrown into the fire.

10 いまでも神さまの裁きの斧は木の根を断ち切る用意ができているのです。そうです。良い実を結ばない木はすべて切り倒されて火に投げ込まれるのです。

11 “I baptize with water those who repent of their sins and turn to God. But someone is coming soon who is greater than I am -- so much greater that I’m not worthy even to be his slave and carry his sandals. He will baptize you with the Holy Spirit and with fire.

11 私は罪を悔やみ神さまに向き直る人たちに水で洗礼を施します。ですが私より偉大な方がすぐに来ます。あまりにも偉大な方なので、私などその方の奴隷となって、はきものを運ぶ価値さえありません。その方はあなた方に聖霊と火で洗礼を施します。

12 He is ready to separate the chaff from the wheat with his winnowing fork. Then he will clean up the threshing area, gathering the wheat into his barn but burning the chaff with never-ending fire.”

12 その方は、あおぎ分けのくま手を使って、小麦からもみ殻を選び分ける準備ができているのです。それからその方は、小麦はご自身の納屋に集めますが、もみ殻は消えることのない炎で焼き払って、脱穀場をきれいに掃除されるのです。」




ミニミニ解説

最初に「マタイの福音書」と「ルカの福音書」は「マルコの福音書」を元にして、そこに「Q資料」と呼ばれるイエスさまの「語録集」と「マタイ」と「ルカ」のそれぞれの著者の「独自の資料」を加えて作られていると説明しました。前回までにお送りした「マタイ」の第2章までは、「マタイ」の著者の「独自の資料」の部分だったのですが、第3章からは「マルコの福音書」と重なる部分が出てきます。洗礼者ヨハネについての話は「マルコ」の第1章の冒頭で語られていて、その内容は「マタイ」に書かれている内容とほぼ同じです。

イエスさまの伝道活動の物語は、その先駆けてとして出現した洗礼者ヨハネの物語で幕を開けます。ちなみにこの「ヨハネ」は「ヨハネの福音書」を書いたとされる十二使徒のヨハネとは別人です。「ヨハネ」と言う人が現れて荒野でメッセージを伝え始めたのです。「荒野」は「こうや」ではなくて「あれの」と読むのだと思います。パレスチナの荒野はサハラ砂漠のような砂の海のようなところではなくて、粗い岩肌がゴツゴツと顔を出す本当に荒涼とした場所です。実は旧約聖書の荒野は「神がかった」場所でもあります。「Exodus(出エジプト記)」でユダヤ人が神さまから十戒に代表される律法を授かった場所が荒野なら、「Numbers(民数記)」で神さまからマナと呼ばれる聖なる食事を得ながらユダヤ人が40年間にわたってさまよった場所も荒野です。そして神さまの言葉を伝える預言者はいつも荒野に現れます。だからこそ「あなたの罪を悔やみ、神さまに向き直りなさい」というメッセージを伝える洗礼者ヨハネは荒野に現れなければならなかったのですし、そのメッセージを聞こうとする人たちも「俗」のはびこる町を出て、何もない荒野へ出て行かなければならなかったのです。神さまへ回帰しようとするユダヤ人にとって「荒野」へ向かうことはとても自然なことなのでした。

第3節にはヨハネの出現は「Isaiah(イザヤ書)」に預言されていたと書かれています。イザヤは紀元前700年頃(つまりイエスさまの時代の700年前)の預言者です。イザヤ書は全体が大きく二部構成になっていて後半は救世主に関する預言です。「Isaiah 40:3(イザヤ書第40章第3節)」には次のように書かれています。「荒野に呼ばわる者の声がする。『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。』」([新改訳])。同様の預言は「Malachi 3:1(マラキ書第3章第1節)」にも見られます。マラキは紀元前400年頃の預言者です。「『見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている』と万軍の主は仰せられる。」([新改訳])。「マルコ」も「マタイ」もその荒野に呼ばわる者の声の主である使者こそが「洗礼者ヨハネ」だと言うのです。

洗礼者ヨハネはイエスさまが伝道活動を開始する少し前に出現して荒野でメッセージを伝え始めた人です。メッセージの内容は「マタイ」では「あなたの罪を悔やみ、神さまに向き直りなさい。なぜなら天の王国が近いからです」となっています(「マルコ」もほぼ同じ内容ですが、少しだけ違います)。ヨハネが人々に自覚するようにと呼びかけた「あなたの罪」とは、天地万物の創造者である神さまへの「背き」です。簡単に言えば「神さまの期待を裏切ること」「神さまをガッカリさせること」のことです。自分たちが日々神さまをガッカリさせていることを自覚して、神さまに向き直りなさい、と言っているのです。果たして何をしたら神さまをガッカリさせることになるのでしょうか、神さまの善悪の基準は、最初に紀元前1500年頃に預言者モーゼを通じて「十戒」に代表される律法と言う形でユダヤ民族に与えられました。旧約聖書にはそのときにユダヤ民族が神さまに誓った忠誠と信仰が描かれていますが、ユダヤ人はそのことをすぐに忘れてしまって、以降は自分たちの視点で良いと思ったことを勝手放題に進めていきます。つまりユダヤ民族の歴史は神さまへの裏切りの積み重ねなのです。

神さまはそんなユダヤ民族の元に次々と預言者を送って警告しますが、ユダヤ民族は警告に従おうとしません。そのためユダヤ人には予告どおりの厄災が降りかかります。予告された厄災とは「異民族による侵略」「パレスチナ地域からの追放」「ユダヤ国家の消滅」などです。紀元前8世紀からイスラエルの国家はアッシリアとバビロニアの攻撃を受けて滅び、国民は侵略国によって連れ去られ、ユダヤ国家は消滅しました。その後紀元前6世紀にエルサレムの都と寺院が再建されるのですが、洗礼者ヨハネが出現した頃のパレスチナはローマ帝国の支配下にあり、ユダヤ民族は相変わらず異邦人(外国人)の支配下にありました。ローマ帝国からの解放と独立は当時のユダヤ民族の悲願だったのです。そんなときにヨハネが伝えた「神さまへに対する裏切りを自覚して、神さまに向き直りなさい」のメッセージは人々の心をとらえました。さらにヨハネは「なぜなら天の王国が近いのだから!」というメッセージを加えて人々を引きつけます。

第4節にはヨハネの姿形が描かれています。「ヨハネの服は粗いラクダの毛で編まれていて、腰には革の帯を締めていました。食べ物はいなごと野蜜を食べていました」。何という格好なんだろう、何という食生活なのだろうと思いますが、これは当時の生活様式からもかけ離れています。実はこれは旧約聖書に登場する偉大な預言者、エリヤの姿形と同じなのです。旧約聖書の一番最後の預言書「マラキ書」の最終節は次のように締めくくられています。「Malachi 4:5-6(マラキ書第4章第5節~第6節)」です。「見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ」([新改訳])。預言者エリヤは紀元前9世紀に存在しました。マラキ書が書かれたのは紀元前5世紀(紀元前400年頃)です。イエスさまの時代を遡ること400年前に、マラキは「預言者エリヤが出現する」との預言を行い、いよいよそのエリヤそっくりの姿形をしたヨハネが荒野でメッセージを伝え始めます。預言されたエリヤの再来は洗礼者ヨハネの出現だったのです。

ヨハネの噂を聞きつけてパレスチナのあちらこちらからたくさんのユダヤ人がヨハネの元へやって来ます。そして第6節、「人々が自分の罪を告白すると、ヨハネはその人々にヨルダン川で洗礼を施しました」。自分が神さまをガッカリさせている、と罪を自覚して悔やむ人をヨハネはヨルダン川の中に連れて入り、その人をザブンと水没させて「清めの儀式」を施したのです。旧約聖書の中での「罪」は神さまへの裏切り行為であり、その裏切り行為は神聖な神さまの目には「汚(けが)れ」として映ると書かれています。またそのような「汚れ」の中のいくつかのタイプは、水で洗い流す儀式で清めることができることについても、たくさんの箇所で書かれています。そこでヨハネは罪を告白した人を川に連れて入って形式的な洗浄の儀式を施すことで、それを悔い改めの象徴としたのです。もちろん川の水で洗うことで罪の汚れが洗い流されるわけではありません。これはイザヤ書に書かれた「主のために道を整える」行為なのです。ヨハネはそうやって人々の心を、来たる主のために準備しているのです。

洗礼者ヨハネが「あなたの罪を悔やみ、神さまに向き直りなさい。なぜなら天の王国が近いからです!」とのメッセージを荒野で伝えて人々を集めていると、それをファリサイ派やサドカイ派の人たちが見に来ます。

「ファリサイ派」や「サドカイ派」と言うのはイエスさまの時代に影響力を持っていたグループの名前です。ローマ帝国は支配国に限定的な自治権を与えていましたが、ユダヤ人の国会はサンヘドリンと呼ばれる70人の議会になっていて、ファリサイ派もサドカイ派もここに議席を持っていました。聖書ではファリサイ派は「Scribes(スクライブス)」と呼ばれる「律法学者」と共に登場する機会が多く、私はほぼ「ファリサイ派」=「律法学者」のつもりで聖書を読んでいます。モーゼを通じてユダヤ人が神さまから預かった「十戒」に代表される律法(法律)は、旧約聖書ではモーゼ五書と呼ばれる最初の五冊、「Genesis(創世記)」「Exodus(出エジプト記)」「Leviticus(レビ記)」「Numbers(民数記)」「Deuteronomy(申命記)」に書かれていますが、ファリサイ派はこれに加えて律法学者による法解釈や適用の細則、長老と呼ばれる人たちが口頭で伝承してきた慣習法などもモーゼ五書と同じレベルで重視しており、それらを合わせるとユダヤ人が守るべきルールは、全部で613件になるのだそうです。ファリサイ派はそのルールのすべてに一つも違反せずに生きていることを自負している人たちで、人々はファリサイ派の生き方を賞賛して支持していました。支持している、と言うよりも自分たち一般の人間とは違う次元にいる恐れ多い人たちとして敬っていたのです。

一方のサドカイ派は祭司や大商人などの特権階級で構成された派閥です。ローマ帝国との関係の中で得られた既得権益を利用して生きていたので、ユダヤ人でありながらローマ帝国との関係を良好に維持したいと考えていました。サドカイ派も律法を重視しましたが、ファリサイ派とは異なり、旧約聖書の中ではモーゼ五書だけを法的に有効と考えていました。洗礼者ヨハネが荒野に出現して人々を集めていると聞くと、ファリサイ派は律法を守る律法の専門家として、サドカイ派はローマ帝国との関係を悪化させる種となるような心配はないか、それを確かめにヨハネを品定めしに来たのです。

これに対してヨハネは大変厳しく対応します。第7節にあるように「お前たちはヘビの子だ」と切り捨てます。その理由は第9節に書かれています。彼らは『我々は安全だ。なぜなら我々はアブラハムの子孫だからだ』と言っているのです。アブラハムはユダヤ民族の父祖ですから「アブラハムの子孫」とはユダヤ人のことです。つまりユダヤ人であれば神さまの怒りを免れることができる、と言っているのです。旧約聖書はユダヤ人がどれほど神さまの期待を裏切ってガッカリさせたかを書いています。そのユダヤ人の罪により、結果として神さまの予告どおりにユダヤ人は異民族の侵略を受けてパレスチナから国外へ追放され、エルサレムの寺院は崩壊し、イスラエルの国は失われてしまったのです。つまりユダヤ人は神さまの怒りを免れませんでした。きっとファリサイ派やサドカイ派は、「自分たちは違う」「自分たち律法を守り、神さまをガッカリさせるようなことは一つもしていない」「自分たちこそが真の汚れなきユダヤ人である」とでも主張していたのでしょう。

これに対してヨハネが説くのは第8節にあるように、「自分たちの罪を悔やみ、神さまに向き直ったことを、自分の生き方で証明して見せなさい」です。世の中に神さまをガッカリさせずに生きられる人など一人もいないのです。それを自覚して悔やみ、神さまに向き直り、自分の求める生き方ではなく、神さまの喜ぶ生き方を選びなさい、と言うのです。そうやって生きることからは、第10節に書かれた「良い実」が生まれます。逆に「良い実」を結ばない人たちは、たとえアブラハムの子孫であっても「すべて切り倒されて火に投げ込まれる」のです。

第9節には「神さまはこれらの石ころからでもアブラハムの子供を作ることができる」、第10節には「いまでも神さまの裁きの斧は木の根を断ち切る用意ができているのです。そうです。良い実を結ばない木はすべて切り倒されて火に投げ込まれるのです。」と書かれています。これは神さまの祝福が、旧約聖書の預言書に予告されていたとおりに、ユダヤ人の元から異邦人(外国人)へ移ることを言っているのだと思います。

第11節と第12節にイエスさまのことが書かれています。ヨハネは自分は「罪の悔い改め」の象徴として水で洗礼を授けているが、自分のすぐ後に来る「偉大な方」がいて、その方は聖霊と火で洗礼を施」すのだと言います。「聖霊と火による洗礼」と言うのは、新約聖書の「Acts 2(使徒の働き第2章)」の冒頭に書かれている出来事に象徴されていると思います。イエスさまは十字架死~復活を経て天へ帰りますが、弟子たちにはしばらくエルサレムにとどまるようにと伝えます。それはかねてより伝えてあったこの出来事が起こるためでした。Acts 2:1-4(使徒の働き第2章第1節~第4節)です。「1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。3 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした」([新改訳])。これはつまり「聖霊」が天から降りてきて弟子たちのひとりひとりに宿った場面です。この場面以降、神さまに対する罪を認め、イエスさまによる罪の許しを信じると告白する人に聖霊が宿り、聖霊に満たされる場面が繰り返し現れるようになります。この出来事が起こることについては、イエスさまは十字架の前から弟子たちに伝えていたのでした。

あるいは「聖霊と火による洗礼」を、「聖霊による洗礼」と「火による洗礼」の二段階に分けて、前者を「Acts 2」冒頭の出来事に結びつけ、後者の「火による洗礼」はイエスさまが「終わりの日」に再来するときに起こる、神さまの視点による人間の類別、世界の破壊、最後の審判のことを言っていると考えることもできます。その方が第12節へのつなぎとして理解しやすいかも知れません。第12節には恐ろしいことが書いてあるのです。それは「罪の悔い改め」をしない人たちに起こることです。イエスさまは「あおぎ分けのくま手」を使うと書かれていますが、これは大きなザルのような器で、そこに脱穀した穀物を入れて使います。ザルをあおって内容物を空中へ放り上げると風が重量の軽いもみ殻だけを吹き飛ばし、中身の詰まった穀物だけがザルの中へ落ちてきます。そうやって「小麦」と「もみ殻」を分けるです。そうしておいて「小麦」は大切に自分の納屋へしまいますが、「もみ殻」の方は消えることのない炎で焼き払います。そうやって「脱穀場」をきれいに掃除するのです。この部分は当時のユダヤ人によって語られていた、この世の終末に関わる黙示思想を反映しています。この世の終わりには「人の子」と呼ばれる王が現れ、すべての決着をつけるのです。そのときに王の目にかなった人は天へ招かれ、そうでない人は消えることのない炎で焼き尽くされます。ヨハネはそれを行う人が自分のすぐ後に来る自分より偉大な方、つまりイエスさまだと言っているのです。

洗礼者ヨハネに関する記述を比較してみると、「マタイ」に書かれているファリサイ派やサドカイ派への厳しい批判は「マルコ」には登場しませんが、「ルカ」の中には同じような記述が見つかります。と言うことはこれまで説明してきたように、「マルコ」+「Q資料」+「独自の資料」=「マタイ」・「ルカ」だとしたとき、洗礼者ヨハネがファリサイ派やサドカイ派を批判した言葉は、イエスさまの語録集である「Q資料」に含まれていたと考えられます。「Q資料」もひとつの福音書の位置づけであり、「Q資料」のようなイエスさまの語録集を教義の中心に置いた教会(あるいは教会群)が当時存在したと考えると、その教会はここに書かれていた洗礼者ヨハネの言葉も、イエスさまの言葉と合わせて信じていたということになりましょうか。









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