マルコの福音書

2015年11月30日

マルコの福音書第1章第21節~第28節:イエスさまが邪悪な霊を追い出す

第1章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Casts Out an Evil Spirit

イエスさまが邪悪な霊を追い出す


21 Jesus and his companions went to the town of Capernaum. When the Sabbath day came, he went into the synagogue and began to teach.

21 イエスさまと一行はカペナウムの町に行きました。安息日が来るとイエスさまは会堂に入って行き教え始めました。

22 The people were amazed at his teaching, for he taught with real authority -- quite unlike the teachers of religious law.

22 人々はイエスさまの教えに驚きました。それはイエスさまが本当の権威を持って教えたからです。律法学者たちのやり方とはまったく異なっていました。

23 Suddenly, a man in the synagogue who was possessed by an evil spirit began shouting,

23 すると突然、その会堂にいた悪霊に取り憑かれた人が叫び始めました。

24 “Why are you interfering with us, Jesus of Nazareth? Have you come to destroy us? I know who you are -- the Holy One sent from God!”

24 「ナザレのイエスよ、なぜあなたは私たちのじゃまをするのか。あなたは私たちを滅ぼしに来たのか。私はあなたが誰なのか知っている。神から送られた聖なる者だ。」

25 Jesus cut him short. “Be quiet! Come out of the man,” he ordered.

25 イエスさまはその人をさえぎって命じました。「黙りなさい。この人から出て行きなさい。」

26 At that, the evil spirit screamed, threw the man into a convulsion, and then came out of him.

26 その言葉で悪霊は大声で叫び、その人にひきつけを起こさせました。そしてその人から出て行きました。

27 Amazement gripped the audience, and they began to discuss what had happened. “What sort of new teaching is this?” they asked excitedly. “It has such authority! Even evil spirits obey his orders!”

27 聞いていた人々は驚きに包まれました。そして何が起こったのかを互いに話し始めました。人々は興奮してたずねました。「これは何という新しい教えだろうか。大変な権威がある。悪霊さえこの人の命令に従うのだ。」

28 The news about Jesus spread quickly throughout the entire region of Galilee.

28 イエスさまに関するニュースはすぐにガリラヤ地方全体に広まりました。




ミニミニ解説

第21節に書かれているカペナウム(Capernaum)の町は、イスラエル北部のガリラヤ地方にある町でガリラヤ湖の北岸にあり、イエスさまがガリラヤ地方で伝道をした際の活動拠点でした。支配国のローマ帝国軍が駐留しており、また交易が盛んな裕福な町でした。ユダヤ人から見て外国人であるローマ人が多数いましたから外国の宗教や習慣が入り込み、また多数の軍人やビジネスの生み出す富裕が退廃と堕落をもたらしている町でもありました。旧約聖書では預言者の多くがこのような町に現れて「悔い改めよ。罪を認めて神さまに向き直れ」と説きましたから、イエスさまが伝道を伝えるには良い舞台だったのです。

イエスさまが人々に教えた場所は「会堂(Synagogue)」です。ユダヤ人にとって「寺院」と呼べる場所は一つだけで、それはエルサレムの都にあります。寺院の最深部にはユダヤ人の中でただひとり大祭司だけが入れる至聖所(the holy of holies)があり、ここは神さまが降臨する場所なのです。律法の定めによりユダヤ人の男子は年に何回か、祭事に参加するためにエルサレムの寺院へ出かける必要がありますが、それ以外の機会にはわざわざ遠方のエルサレムへ出向くことはできません。このため人々が神さまを崇拝し、またユダヤの律法を学ぶための施設として紀元前5世紀頃から各町に会堂が作られるようになりました。

平日はユダヤ人の少年が会堂へ集められて旧約聖書やユダヤ教の慣習を学びました(女子は参加が許されていませんでした)。毎週土曜日の安息日には成人の男子が会堂に集まり、ユダヤ教の律法博士(ラビ)が旧約聖書に基づく話をしました。聖書を教えるラビや先生は各町に定住しているわけではなかったので、町を訪れているラビや先生がいると、会堂の長が訪ねていって安息日に話をしてくれるようにと頼みました。だからイエスさまは各町を訪れると安息日に会堂へ出かけて行って話をしたのです。

第22節には「イエスさまが本当の権威を持って教えた」とあり、聞いていた人々がこれに驚いたと書かれています。会堂で教えた先生たちは通常は過去にラビが話した有名な説教から引用して話していました。これらの知識はユダヤ教育を通して習得されたもので、こういう話を知っていれば知っているほど聞き手の人々は話し手に権威を認めたのです。つまりたくさん知っている人が偉い人ということです。ところがイエスさまの話にはラビの説教からの引用は一切なくて、まったくのオリジナルなのでした。旧約聖書から一節を引用すると、その部分がどうして書かれたのか、書き手の趣旨や意図を語りました。旧約聖書の書き手は神さまです。預言者は神さまの啓示を受けて聖書を記述したのです。と言うことはつまりイエスさまは神さまの視点で話したのです。そしてその教えを自分たちの生活や生き方に実際にどのように当てはめていくべきかを説きました。イエスさまの話は筋が通っていて大変わかりやすく、しかもそれまでに聞いてきたスタイルとはまったく異なったのです。人々は驚き、これこそが「本当の権威」だと思いました。

第23節で突然叫び始めた「悪霊に取り憑かれた人」とはサタンの配下の「悪魔」が取り憑いた人のことです。サタンはもともとは高位の天使だったのですが、神さまに反抗して天国から追い出され地上へ落とされました。そのときサタンに従っていた天使たちがいたのですが、この天使たちも一緒に追放されています。聖書にはその数がすべての天使の三分の一もいたと書かれています。このサタンに従属していた天使たちが地上に落とされて悪霊/悪魔(evil spirit/ demon)になりました。

神さまや天使は霊(spirit)と呼ばれる存在です。「霊」と日本語で書くと幽霊のようなイメージになりますが、ここで言う「霊」は「肉体」を持つ私たちとは異なる存在です。聖書には霊が人間や動物の肉体の内側に憑依したり宿ったり、外部から影響を与えたりする様子がたくさん書かれています。ひとつの肉体には多数の霊が同時に憑依できるようです。悪魔は人に憑依するとその人の聴覚や視覚を奪ったり、病気にしたり、狂気を起こさせたりすることがありました(必ずしもそれらの障害がすべて悪魔によって引き起こされているということではありません)。

第24節を読むと、この男の人に取り憑いていた悪魔がイエスさまの正体を知っていたことがわかります。第25節では、イエスさまはまだ世の中に自分の正体や自分が地上に現れた意味を伝える時期が来ていないことを知っていたので悪魔に黙るように命じ、さらに「この人から出て行きなさい」と命じます。すると悪魔はこの人から出て行きます(第26節)。オカルト映画に描かれた悪魔払い(エクソシズム)の儀式やアクションは必要なく、悪魔はイエスさまのシンプルな「言葉」に従うのです。もともと地上に落とされた天使だった悪魔は、神さまの創造物のひとつですから、神さまの前にはまったくの無力なのです。人々は悪霊さえもがイエスさまの言葉に従うのを見て、イエスさまの言葉の持つ力や権威を自分の目で確認することができたのでした。






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マルコの福音書第1章第29節~第39節:イエスさまがたくさんの人々を癒す、イエスさまがガリラヤ地方で教える

第1章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Heals Many People

イエスさまがたくさんの人々を癒す


29 After Jesus left the synagogue with James and John, they went to Simon and Andrew’s home.

29 イエスさまはヤコブとヨハネを連れて会堂を出ると、シモンとアンデレの家に行きました。

30 Now Simon’s mother-in-law was sick in bed with a high fever. They told Jesus about her right away.

30 そのときシモンの義母は高熱を出して床に伏していました。弟子たちはさっそく彼女のことをイエスさまに話しました。

31 So he went to her bedside, took her by the hand, and helped her sit up. Then the fever left her, and she prepared a meal for them.

31 そこでイエスさまは彼女の病床へ行き、手を取って助け起こしました。すると熱が引いて彼女は人々の食事を作りました。

32 That evening after sunset, many sick and demon-possessed people were brought to Jesus.

32 夜になって日が沈むと、たくさんの病人や悪霊に取り憑かれた人々がイエスさまのもとへ連れて来られました。

33 The whole town gathered at the door to watch.

33 町中の人たちが戸口に見物に来ました。

34 So Jesus healed many people who were sick with various diseases, and he cast out many demons. But because the demons knew who he was, he did not allow them to speak.

34 そこでイエスさまはさまざまの病気にかかっているたくさんの人を癒し、たくさんの悪霊を追い出しました。しかし悪霊たちはイエスさまが誰なのかを知っていたので、イエスさまは悪霊たちが話すのを許しませんでした。



Jesus Preaches in Galilee

イエスさまがガリラヤ地方で教える


35 Before daybreak the next morning, Jesus got up and went out to an isolated place to pray.

35 翌朝まだ夜が明ける前にイエスさまは起きて、お祈りのために離れたところへ出て行きました。

36 Later Simon and the others went out to find him.

36 後からシモンと他の弟子たちがイエスさまを探しに出てきました。

37 When they found him, they said, “Everyone is looking for you.”

37 弟子たちはイエスさまを見つけると言いました。「みながあなたを捜しています。」

38 But Jesus replied, “We must go on to other towns as well, and I will preach to them, too. That is why I came.”

38 ですがイエスさまは答えました。「我々は他の町にも行かなければなりません。そこでも私は人々に教えるのです。私はそのために来たのです。」

39 So he traveled throughout the region of Galilee, preaching in the synagogues and casting out demons.

39 そしてイエスさまはガリラヤ地方全体をまわり、会堂で教え、悪魔を追い出しました。




ミニミニ解説

第29節、前回「黙りなさい。この人から出て行きなさい」の言葉で悪霊を追い出して、人々を驚かせたイエスさまは、会堂を出て「シモンとアンデレの家に」行きます。シモンはペテロのことで、ペテロとアンデレは兄弟です。そこにはペテロの義母(mother-in-law)がいて高熱を出しています。つまりペテロは既婚者で、奥さんのお母さんが病気だったのです。

第31節、イエスさまがペテロの義母を助け起こすと熱が引いてしまいます。このときの様子をマタイの福音書はイエスさまが義母に触れると熱が引いた(第8章第14節~第15節)、ルカの福音書はイエスさまが熱を叱りつけると熱が引いた(第4章第38節~第39節)と書いています。そしてペテロの義母は食事の用意を始めます。「病み上がりなのに」という心配は無用のようです。イエスさまの癒しは病気を少し回復させるとか病状を改善させるような癒しではなくて、病気の痕跡がまったくない完全な健康体にしてしまうからです。

第32節、夜になると人々が続々とペテロの家のイエスさまのところへ集まってきます。病気の人や悪霊に取り憑かれた人を連れてきたのです。この日は安息日(土曜日)です。安息日には成人の男子が礼拝や学びのために会堂に集まるので、イエスさまは会堂へ行って教えたのでした(第21節)。ユダヤの人たちにとっては日没になるとその日が終わり、次の日が始まります。安息日には人々は労働を禁じられています。決められた距離以上を歩くことも労働とみなされて禁じられていました。「癒し」の行為も労働にあたります。それで人々は日没が来て安息日が明けるのを待っていたのです。

第33節には町中の人たちが集まってきたと書いてあります。そして第34節、イエスさまは多くの人たちが見ているその前でたくさんの人たちの病気を癒し(前述のように瞬時に跡形もなく完治させてしまいます)、たくさんの悪霊を追い出します。

第34節、ここでもイエスさまは悪霊たちが自分の正体を明かすことを禁じています。それはなぜでしょうか。地上に立ったイエスさまが、救世主としての自分の使命を果たす日はあらかじめ決められています。その日が来るまでイエスさまが神さまの子であることはできるだけ伏せておきたかったのでしょうか。

でも人々がイエスさまのところへ集まってくるのはなぜでしょう。人々は重い病気や悪霊の憑依に苦しんで長い間生きてきたので、最後の一縷の望みをかけて藁にもすがる気持ちでイエスさまの癒しを求めたのです。またこの後の話では人々がイエスさまが食物をくれるからという理由でイエスさまを追いかけまわしたりもします。つまり人々がイエスさまを求めるのは、イエスさまが神さまの子、救世主だからという理由ではなくて、自分を苦しみから解放し自分の空腹を満たしてくれる人ならそれは誰でも良かったのです。イエスさまは病気を治した人や悪霊を追い出した人にも奇跡について言いふらすな、と口止めをする場面がありますが、ここでもイエスさまは人々が自分を求める理由が神さまの意図から外れることを嫌ったことがわかります。

第35節、夜明け前にイエスさまはひとりきりになってお祈りをしています。罪がなく神さまと100%つながっているイエスさまは、24時間神さまと交信できている、神さまの意図を確認して100%そのとおりに行動できている、そんな状態にあったと想像できますが、そんなイエスさまでさえひとりきりになってわざわざお祈りの時間を確保するのです。日常生活の中でついつい神さまの存在を忘れてしまいがちな私たちが、毎日のスケジュールの中でお祈りの時間をその目的だけのために確保していかなければ、神さまとの関係を良好に保つのは難しいのではないでしょうか。

すると弟子たちがやってきて「みながあなたを捜しています」と言います。病気を癒し、悪霊を追い出すイエスさまをたくさんの人が必死に追いかけているのです。人々は弟子たちに「先生はどこだ!先生を出せ!」と詰め寄ったのではないでしょうか。病気や悪霊に長い間苦しんできた人たちですからその願いは切実です。ですがイエスさまは次の町へ行く、それが自分が来た理由だから、と言います。そうやってイスラエル北部のガリラヤ地方の町を次から次へと回って行ったのです。イエスさまのまわりにはいつもたくさんの人が集まり、旅の一団はどんどん大きくなっていきます。






english1982 at 18:00|Permalink

マルコの福音書第1章第40節~第45節:イエスさまがハンセン病の人を癒す

第1章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Heals a Man with Leprosy

イエスさまがハンセン病の人を癒す


40 A man with leprosy came and knelt in front of Jesus, begging to be healed. “If you are willing, you can heal me and make me clean,” he said.

40 ハンセン病に冒された人が来てイエスさまの前にひざまずき癒しを求めてたのみました。その人は言いました。「もしあなたが望むなら、あなたは私を癒して清くできます。」

41 Moved with compassion, Jesus reached out and touched him. “I am willing,” he said. “Be healed!”

41 イエスさまは哀れに思い、手を伸ばしてその人に触れて言いました。「私は望みます。癒されなさい。」

42 Instantly the leprosy disappeared, and the man was healed.

42 その瞬間ハンセン病は消えてなくなり、その人は癒されました。

43 Then Jesus sent him on his way with a stern warning:

43 それからイエスさまは厳しく警告をしてからその人を帰らせました。

44 “Don’t tell anyone about this. Instead, go to the priest and let him examine you. Take along the offering required in the law of Moses for those who have been healed of leprosy. This will be a public testimony that you have been cleansed.”

44 「このことを誰にも言ってはいけません。代わりに祭司のところへ行きあなたを看てもらいなさい。そのときにモーゼの律法が定めたハンセン病が癒された者に求める捧げものを持って行きなさい。こうすればあなたが清められたことが公に証明されます。」

45 But the man went and spread the word, proclaiming to everyone what had happened. As a result, large crowds soon surrounded Jesus, and he couldn’t publicly enter a town anywhere. He had to stay out in the secluded places, but people from everywhere kept coming to him.

45 ところがこの人は出て行って話を広め、何が起こったかをみなに言いふらしました。その結果、大変な群衆がすぐにイエスさまを取り囲み、どこへ行っても公然と町に入ることができなくなりました。イエスさまは人里離れたところにとどまらなければなりませんでしたが、人々はあらゆる所からイエスさまのもとにやって来ました。




ミニミニ解説

第40節には「ハンセン病に冒された人が来て」と書かれていますが、実はハンセン病に冒された人は人に近寄ってはいけないのです。「leprosy(ハンセン病)」は「らい菌」がもたらす重い皮膚病の感染症で、病名は1873年にらい菌を発見したノルウェーの学者にちなみます。「ハンセン氏病」「らい風」とも呼ばれます。らい菌の発見以前はハンセン病に似た症状の皮膚病を広く「らい病」と呼んでいたため、聖書に書かれた「leprosy」が今日のハンセン病かどうかは正確にはわかりません。日本では「らい病」は差別用語のようです。ハンセン病に感染して発症すると、末梢神経が侵され、知覚障害、運動障害、自律神経障害が出ます。タイプにもよりますがやがて皮膚症状が現れて独特の奇怪な外観になります。皮膚の構造破壊が進むと鼻、耳、指などの末端部分を失ってしまうこともあります。

旧約聖書の「Leviticus(レビ記)」には祭司がハンセン病患者を診察して判断を下すための症例がたくさん書かれていますが、その中でLeviticus 13:45-46(レビ記第13章第45節~第46節)には次のような記述があります。「患部のあるそのツァラアトの者は、自分の衣服を引き裂き、その髪の毛を乱し、その口ひげをおおって、『汚れている、汚れている』と叫ばなければならない。その患部が彼にある間中、彼は汚れている。彼は汚れているので、ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない。」([新改訳])。新改訳はハンセン病に「ツァラアト」という言葉をあてていますが、ここに書かれた内容によるとハンセン病であると祭司に宣言された者は共同体から離れて一人で住み、もし他の人に近づく必要があるときには自分が来ることについて遠くの方から警告を発する目的で、口をおおって「汚れている、汚れている」と叫ばなければならないのです。

ですから第40節に書かれたハンセン病の人は、レビ記に書かれたこの部分の律法に違反してイエスさまのところまで来たことになります。ハンセン病の人が近づいて来ると人々は感染を恐れて、我先にパニックのようになって離れて行きます。遠くの方から人々の悲鳴や怒号が聞こえてきて何かが近づいてくることがわかります。この人の周囲にだけポッカリと広い空間ができていたことでしょう。

この人がイエスさまに近づいていく様子を人々は遠巻きに見守ります。きっと弟子たちもイエスさまの近くから離れて行き、先生は何をしているんだ、先生も早く離れれば良いのに、と考えたのではないでしょうか。遠巻きに見守る人たちの輪の中にこの人とイエスさまだけが残されます。この人はそのままイエスさまの前まで進み、ひざまずいて頼みます。「もしあなたが望むなら、あなたは私を癒して清くできます」。この人はどのような病でも治してしまうと言うイエスさまの噂を聞いて、一縷の望みにすがり、律法を犯してまでもイエスさまのところへやって来たのです。

第41節、するとあろう事かイエスさまは自分の手を伸ばしてこのハンセン病の人に触れます。周囲は動揺と驚きを隠せません。ハンセン病の人に直接触れるだなんて・・・。そしてイエスさまは言います。「私は望みます。癒されなさい。」 すると第42節、「その瞬間ハンセン病は消えてなくなり、その人は癒されました」と書かれています。これは大変な驚きです。重い皮膚症状が現れて鼻や耳や指が欠損し運動障害を起こして上手に歩くことさえできなかったこの人のハンセン病は、イエスさまが触れた瞬間に消えてなくなりました。完治してしまったのです。いや、完治したというのではなくてその瞬間に完全な健康体の人になったのです。欠損していた鼻や耳や腕は元通りに再生し、全身の皮膚は健康なピンク色の張りを取り戻し、この人が立ち上がると背筋がピンと伸びて誰よりも健康に見えるのです。これほどドラマチックな治癒の奇跡があるでしょうか。人々の動揺と驚きは喚起と賞賛の声に代わり、人々はこの人の周りに再び集まって来ます。

ところで「leprosy(ハンセン病)」は聖書の中では「罪(sin)」の象徴として描かれています。これを読み違えてハンセン病にかかった人は何かの重い罪を犯して神さまから罰を下されたのだと解釈され、そうやってハンセン病患者に差別を加えてきた歴史がありました。これは間違いです。聖書によれば「罪(sin)」を持たない人間はいないのです。すべての人間が例外なく罪人です。と言うことは、神さまの目にはすべての人間がハンセン病患者のように見えるということです。しかし人間を愛し慈しむ神さまは「自分は汚れているから、癒し、清めて欲しい」と願うすべての人間に、イエスさまがこの人に接したように手を差し伸べてくださいます。そして素晴らしいことに神さまは罪に汚れた人間を一瞬にして癒し清めることができるのです。と言うよりも、人間の罪を癒すことは神さまにしかできないのです。

第44節、イエスさまはこの人に奇跡のことを口止めし、やはりレビ記に律法として定められた「ハンセン病が癒された者に求める捧げもの」を持って祭司のところへ出向き、公に完治したと宣言してもらいなさい、と言います。しかしこの人は自分に起こった奇跡について口を閉ざしていることができません。こうしてイエスさまの周囲にはいよいよたくさんの人が集まってきます。大変な群衆が集まって来るので、第45節、イエスさまは公然とどこの町にも入ることができなくなりました。






english1982 at 17:00|Permalink

マルコの福音書第2章第1節~第12節:イエスさまが麻痺した人を癒す

第2章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Jesus Heals a Paralyzed Man

イエスさまが麻痺した人を癒す

1 When Jesus returned to Capernaum several days later, the news spread quickly that he was back home.

1 何日かしてイエスさまがカペナウムに戻ると、イエスさまが家に戻ったという知らせはすぐにひろまりました。

2 Soon the house where he was staying was so packed with visitors that there was no more room, even outside the door. While he was preaching God’s word to them,

2 イエスさまが滞在していた家はすぐに訪ねてきた人で一杯になり、戸口の外側まで場所がなくなりました。イエスさまはこの人たちに神さまの言葉の話をしていました。

3 four men arrived carrying a paralyzed man on a mat.

3 そのとき四人の人が、麻痺した人をひとり床に載せたまま運んで来ました。

4 They couldn’t bring him to Jesus because of the crowd, so they dug a hole through the roof above his head. Then they lowered the man on his mat, right down in front of Jesus.

4 彼らは群衆のせいでその人をイエスさまのところへ運ぶことができなかったので、彼らはイエスさまの頭の上の屋根に穴を開けました。それから彼らはその人を床に載せたまま、ちょうどイエスさまの前につり降ろしました。

5 Seeing their faith, Jesus said to the paralyzed man, “My child, your sins are forgiven.”

5 イエスさまはその人たちの信仰を見て麻痺している人に言いました。「私の子、あなたの罪は許されました。」

6 But some of the teachers of religious law who were sitting there thought to themselves,

6 しかし律法の先生が何人かそこに座っていて、心の中で考えました。

7 “What is he saying? This is blasphemy! Only God can forgive sins!”

7 「この人は何を言っているのか。神への冒涜だ。罪を許せるのは神だけだ。」

8 Jesus knew immediately what they were thinking, so he asked them, “Why do you question this in your hearts?

8 イエスさまは彼らが考えていることを即座に知り、彼らにたずねました。「なぜあなた方は心の中でそんなことを言っているのか。

9 Is it easier to say to the paralyzed man ‘Your sins are forgiven,’ or ‘Stand up, pick up your mat, and walk’?

9 麻痺した人に『あなたの罪は許された』と言うのと、『立ち上がり床を持って歩け』と言うのとどちらが易しいのか。

10 So I will prove to you that the Son of Man has the authority on earth to forgive sins.” Then Jesus turned to the paralyzed man and said,

10 それでは人の子が地上で罪を許す権威を持っていることを、あなた方に証明しましょう。」それからイエスさまは麻痺した人に向き直って言いました。

11 “Stand up, pick up your mat, and go home!”

11 「立ちなさい。床を持って家に帰りなさい。」

12 And the man jumped up, grabbed his mat, and walked out through the stunned onlookers. They were all amazed and praised God, exclaiming, “We’ve never seen anything like this before!”

12 するとその人は跳び上がり、床を掴み、唖然として見ている人たちの間を抜けて歩いて出て行きました。すべての人たちが驚き、神さまを褒め称えて叫びました。「こんなことはいままで一度も見たことがない。」




ミニミニ解説

ガリラヤ地方をまわって神さまの国の話を伝えるイエスさまが活動拠点のカペナウムへ戻って来ました。その噂はすぐに広まって人々が押しかけてきます。

第3節、この四人の人たちには身体の麻痺してしまった知り合いがいたのです。脳出血などによって引き起こされる身体の麻痺に苦しむ中風の患者でしょうか。この人たちは何とかしてその患者をイエスさまの元へ運びたくて、担架も車いすもありませんから、患者が寝ていた床を持ち上げてそのまま運んでいくことにしました。

第4節、ところがイエスさまの滞在している家には人があふれていて、とてもイエスさまに近づくことができません。当時のイスラエルの家は石でできていて、屋根は土と藁を混ぜた材料を使って平らに作ってあったそうです。通常家の外には屋根に上る階段があったそうですから、この四人は中風患者を載せた床を持ったまま屋根へ上りました。そして土と藁の屋根材を掘り進んで、イエスさまの真上にポッカリと穴を開けたのです。室内でイエスさまのまわりにいた人たちからして見れば、突然バラバラと土が天井から降ってきたと思ったら天井に穴が空き、その穴はどんどん広げられていって、ついにはそこから病人を乗せた床がつり下げられてきたとういことです。

第5節、イエスさまは、自分が病人を癒せるということに何の疑いも持たず、なんとかしてこの患者をイエスさまの元へ到達させたいと、なりふりかまわず大それたアクションに到った四人の信仰の強さに感心します。そしてイエスさまは患者に「あなたの罪は許されました」と言います。

第6節~第7節、ユダヤ人にとって「罪を許す」という行為は神さまだけにできることなので、イエスさまの言葉を聞いた律法学者はイエスさまの言葉が神さまへの冒涜にあたると考えます。神さまへの冒涜を働いた人に対する罰は死罪です。旧約聖書のLeviticus 24:15-16(レビ記第24章第15節~第16節)には次のように書いてあります。「あなたはイスラエル人に告げて言え。自分の神をのろう者はだれでも、その罪の罰を受ける。主の御名を冒涜する者は必ず殺されなければならない。全会衆は必ずその者に石を投げて殺さなければならない。在留異国人でも、この国に生まれた者でも、御名を冒涜するなら、殺される。」([新改訳])。もしも誰か人間が「あなたの罪は許された」と言ったのなら、それは神さまに対する冒涜にあたるのかも知れませんが、イエスさまは神さまの元から来て神さまの意志を代行したまでです。イエスさまはそれを証明します。

第9節、イエスさまはまず律法学者たちに「あなたの罪は許された」と言うのと「立ち上がり床を持って歩け」と言うのがどっちが易しいだろうか、と問います。たとえば誰かが「あなたの罪は許された」と神さまへの冒涜にあたる言葉を言ったとしても、実際にその人の罪が許されたかどうかを周囲の人には確認できません。だから「罪は許された」と言うのは、ある意味たやすいのです。が、もし中風の患者に向かって「立ち上がり床を持って歩け」と言ったとしら、実際にその人が立ち上がって歩き出さない限り、自分の力を証明する手段はありません。

第11節、そうやって自分で無茶な前振りをした後でイエスさまが「立ちなさい。床を持って家に帰りなさい」と言うと、患者は突然みなの見ている前で立ち上がり、自分の寝ていた床を持って歩いて出て行ってしまうのです。何年も寝たきりの中風の病人なのです。とても一人では立ち上がれません。仮に立ち上がることができたとしても足腰は弱っているし、立っているのが精一杯で足を踏み出すこともできないでしょう。自分の寝ていた床を担いで歩き去ることなど不可能です。だから見ていた人にはこの人が完全に癒されたことが自分の目でわかったのです。

これを見ていた律法学者は何と言うでしょうか。「トリックだ!何か仕掛けがあるに違いない!」と言うでしょうか。その言葉を聞いて「そうだよな。そうに違いない。こんなことがあるはずがない」と思い始める人もいたでしょうか。しかし中風を癒された患者本人、運んできた四人の人、この人たちのたくさんの知り合いには実際に何が起こったかがはっきりとわかりました。イエスさまが第10節で「それでは人の子が地上で罪を許す権威を持っていることを、あなた方に証明しましょう」と言ったとおり、イエスさまが普通ではないことが証明されたのです。神さまにしかできないことをしたのです。だとしたらその人はきっと神さまから遣わされた預言者か、あるいはユダヤ民族待望の救世主です。






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