使徒の働き

2015年08月31日

使徒の働き:はじめに

使徒の働き


はじめに
第01章 第02章 第03章 第04章 第05章
第06章 第07章 第08章 第09章 第10章
第11章 第12章 第13章 第14章 第15章
第16章 第17章 第18章 第19章 第20章
第21章 第22章 第23章 第24章 第25章
第26章 第27章 第28章
全体目次




「Acts(使徒の働き)」は新約聖書の中の5番目の本で、四つの福音書と多数の書簡(手紙)の間に位置するユニークな本です。イエスさまが十字架死~復活を経て天に戻った後、使徒たちをリーダーとして初期の教会がどのように形成されていったか、その様子が書かれています。

「Acts(使徒の働き)」を記述したのはルカで、「Gospel of Luke(ルカの福音書)」と「Acts(使徒の働き)」の二冊は前編と後編の関係にあります。つまり「Luke(ルカの福音書)」がイエスさまについて誕生から十字架死、復活までを書き、「Acts(使徒の働き)」では復活したイエスさまが天へ戻った後の出来事を書いています。

ルカの職業は医者です。それはパウロが書いたとされる「Colossians 4:14(コロサイ人への手紙第4章第14節)」に「愛する医者ルカ、それにデマスが、あなたがたによろしくと言っています」([新改訳])と書いているところからわかります。またパウロの書簡には福音を伝えるためにルカがパウロと共に献身的に働いた様子が記述されています。「ルカ」という名前はギリシア名で、研究によるとシリアのアンテオケの出身の異邦人(ユダヤ人から見た外国人)です。そうするとルカは新約聖書の記述者として登場する唯一の異邦人ということになります。ユダヤ人の保守層は異邦人を嫌います。そんなユダヤ人から始まった教えでありながら、異邦人のルカによる本を新約聖書に収録したのは大変画期的なことと言えます(ルカをユダヤ人だとする説もあります)。

ルカはパウロの3回の伝道旅行のうち第2回と第3回、及び最後にパウロが処刑のためにローマへ護送された旅に同行しました。パウロがローマへ送られる前にカイザリアで2年間牢に入れられていた期間があるのですが、おそらくこの間にルカはパウロのそばで過ごしていて、後日に「ルカ」と「使徒の働き」を記述するための材料を集めたのだろうと言われています。なので「使徒の働き」を読むと、パウロが福音を伝えるためにどのような活動をしたのかを知ることができます。

ルカは出来事を記述する際に、そのときの皇帝や総督、大祭司などの名前を使うようにしていて、これで実際の世界史との関連が客観的にわかるように配慮されています。旅程の記述にあたっても福音書のイエスの誕生の場面でマリヤとヨセフには泊まる宿がなかったなどという記述や、パウロの一行が滞在した場所や周囲の様子を事細かに書くなど、歴史の記述者としての手腕を発揮しています。

ルカが記述した文書の量は「ルカの福音書」と「使徒の働き」の二つの本を合わせると、新約聖書全体の1/4を越える量になります。職業が医者ということもあって、記述は大変客観的にまた冷静に行われています。また記述内容を見るとギリシア語に精通していたことがよくわかり、他の新約聖書の著者よりも視野が広く洗練された印象を与えます。ルカの文章は自然体で読みやすく、「ルカの福音書」は文学上の品質としては四つの福音書の中で最高とも言われます。

「ルカの福音書」が書かれたのはおそらく西暦60~70年頃です。50~60年頃からローマ帝国の迫害が厳しくなり、70年にはついにエルサレムが陥落してイスラエルという国は地上から一度姿を消します。そんな状況下で、ルカは政治や文化に影響力の強いローマ帝国の人たちに対して、クリスチャンとは何か、福音とは何かを正しく客観的に伝えようとしたのだと考えられています。記述の中ではクリスチャンが反政府的な扇動の容疑を受けながら最終的に無罪の判断が下される場面が多数記述されています。

ときにキリスト教は悪意のある迷信で、気づかれないように秘密裏に勢力を拡大したとの批判を受ける場合がありますが、ルカは福音書の中でイエスさまがあらゆる地位や階級の人々と触れ合い、神さまの国についての教えを民衆の前で公然と述べ伝えていたことを記述しました。

「使徒の働き」のテーマはいくつかありますが、代表的なテーマとしてユダヤ人による教会と異邦人による教会の関係が挙げられます。世界で最初の教会はイスラエルの都エルサレムからスタートして各地へ拡がっていき、その途中で次々と異邦人を巻き込んで行きます。ユダヤ人の教会と異邦人の教会、二つの教会がそれぞれ何にこだわり、どのように衝突・和解したのか、初期の教会で最初に明らかになった「違い」は、今日のクリスチャンの間でも「信仰」に関するテーマとしてしばしば挙げられます。

ですが「使徒の働き」の最大のテーマはイエスさまが天に戻った後の信者たちが、どのようにしてイエスさまに関する真実を伝えたか、どのように苦難に立ち向かって勝利を収めたかです。イエスさまに関する福音は地理的にも民族的にも次々と壁を越えて拡がっていきます。そして信者による伝道を助けた「聖霊」についても、その訪れから始まり、様々な働きが各所に描かれています。


english1982 at 23:30|Permalink

使徒の働き第1章第1節~第11節:聖霊の約束、イエスさまの昇天

第1章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Promise of the Holy Spirit

聖霊の約束


1 In my first book I told you, Theophilus, about everything Jesus began to do and teach

1 テオピロ様、私は最初の本でイエスさまが始め、そして教えたすべてのことについてあなたに話しました。

2 until the day he was taken up to heaven after giving his chosen apostles further instructions through the Holy Spirit.

2 それはイエスさまが、ご自身で選んだ使徒たちに、聖霊を通してさらなる指示を与えた後で天に上げられた日までのことです。

3 During the forty days after he suffered and died, he appeared to the apostles from time to time, and he proved to them in many ways that he was actually alive. And he talked to them about the Kingdom of God.

3 イエスさまが苦しみ、死んだ後の四十日の間、イエスさまはたびたび使徒たちに現われて、自分が実際に生きていることをたくさんの方法で証明しました。そしてイエスさまは使徒たちに神さまの王国について話しました。

4 Once when he was eating with them, he commanded them, “Do not leave Jerusalem until the Father sends you the gift he promised, as I told you before.

4 あるときイエスさまが使徒たちと食事をしているとき、イエスさまは使徒たちに命じました。「私が前にあなた方に話したように、父が約束した贈り物をあなた方に送るまで、エルサレムを離れてはいけません。

5 John baptized with water, but in just a few days you will be baptized with the Holy Spirit.”

5 ヨハネは水で洗礼を授けましたが、もうほんの数日で、あなた方は聖霊の洗礼を受けるからです。」



The Ascension of Jesus

イエスさまの昇天


6 So when the apostles were with Jesus, they kept asking him, “Lord, has the time come for you to free Israel and restore our kingdom?”

6 それで使徒たちがイエスさまと共に居たとき、使徒たちはイエスさまにたずね続けました。「主よ、あなたがイスラエルを解放し王国を再興するときは来ましたか。」

7 He replied, “The Father alone has the authority to set those dates and times, and they are not for you to know.

7 イエスさまは答えました。「そういう日付や時間を決める権限は、ただ父ひとりだけが持ちます。そしてあなた方はそれを知る必要はありません。

8 But you will receive power when the Holy Spirit comes upon you. And you will be my witnesses, telling people about me everywhere -- in Jerusalem, throughout Judea, in Samaria, and to the ends of the earth.”

8 しかし聖霊があなた方の上に来るとき、あなた方は力を受けます。そしてあなた方はあらゆる場所で人々に私について語る証人となるのです。エルサレムで、ユダヤで、サマリヤで、そして地の果てにまで。」

9 After saying this, he was taken up into a cloud while they were watching, and they could no longer see him.

9 これを言った後で、使徒たちが見ている間にイエスさまは雲の中へと上げられ、使徒たちにはもはや見えなくなりました。

10 As they strained to see him rising into heaven, two white-robed men suddenly stood among them.

10 使徒たちが懸命にイエスさまが天へ上って行くのを見ていると、彼らの中に白い外衣を着た男がふたり、立っているのでした。

11 “Men of Galilee,” they said, “why are you standing here staring into heaven? Jesus has been taken from you into heaven, but someday he will return from heaven in the same way you saw him go!”

11 彼らは言いました。「ガリラヤの人たち、なぜここで天を見て立っているのですか。イエスさまはあなた方から取り上げられたのです。しかしある日、イエスさまはあなた方が行くのを見たのと同じように天から戻ります。」




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第1章です。

第1節は、「ルカの福音書」の冒頭部分が「most honorable Theophilus(最も尊敬するテオピロ様)」と「テオピロ」という人物に宛てた手紙のようになっていたのと同様、「使徒の働き」もまた、続編として「テオピロ」に宛てた形でスタートします。テオピロとは果たして誰なのか、これはわかりません。[NLT]の「most honorable Theophilus」や、[KJV]の「most excellent Theophilus」は、辞書を引くと『新和英中辞典』(研究社)に「the Most Honourable」をイギリスでは「侯爵」の所有者への敬称で用いるなどと書かれており、これはつまり、かなり高位の目上の人への呼びかけにあたる言葉なのだと思います。テオピロは恐らくローマ帝国の有力者だったのであろうとか、あるいはルカを金銭的に支援していたパトロン的な人物だったのではないか、などと考えられています。また英語の「Theophilus」の「Theo」が「神」を表し、「Philo」が「愛」を表す言葉であるため、「テオピロ」は「神を愛する人」と解釈することも可能で、たとえば書き手のルカは「テオピロ」という架空の人物の名前を使って「神を愛する人」全般に向けてこの福音書を記述したのではないか、という考えもあります。

第1節~第2節は同じ記述者のルカによる「ルカの福音書」の説明です。そこには「イエスさまが始め、そして教えたすべてのこと」が、「イエスさまが、ご自身で選んだ使徒たちに、聖霊を通してさらなる指示を与えた後で天に上げられた日まで」書かれていたとされています。

第3節、ここにはイエスさまは十字架の後に復活し、その後40日に渡って幾度も弟子たちに現れたと書かれています。この後の記述で、弟子たちにイエスさまに代わって聖霊が訪れるのは「ペンテコステ(五旬節)」の時期で、これはイエスさまが十字架にかかった過越の祭の最後から7週間後(50日後)の祭事です。50日と40日を比べると、イエスさまが天へ戻られたのは、まぁそのあたりの日になるのかも知れないとは思いますが、覚えておかなければいけないのは、ルカの本では弟子たちがこの50日の間に一度ガリラヤへ戻っている話がすっぽり抜けていることです。イエスさまが天へ戻った日がいつなのか、それを記した箇所は聖書の中には見つかりません。ただ「40日」と言う日数は私のメルマガでも何度か書いて来ていますが、聖書の中では特別な「試練」の意味を持つ数字なので、ここでも50日の中に収まる40日ということで選ばれた可能性もあると思います。

第4節ではイエスさまが弟子たちに「父が約束した贈り物をあなた方に送るまで、エルサレムを離れてはいけません」と告げています。これはガリラヤ行きに触れないルカが念押しのために入れた言葉のようにも読めます。「私が前にあなた方に話したように」の部分は「エルサレムを離れてはいけません」にではなくて、「父が約束した贈り物をあなた方に送る」にかかるのだと思います。たとえばルカの第11章に登場したたとえ話で、友人がたずねてきたのに出す食べ物がないからと真夜中にパンを借りに行く話がありました。その結びの部分のLuke 11:13(ルカの福音書第11章第13節)は、「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」([新改訳])と、父なる神さまが求める人に聖霊を送ることが話されています。あるいはルカの第12章では、弟子たちは迫害に遭ったときに何を話そうかと心配する必要はなく、その理由としてLuke 12:12(ルカの福音書第12章第12節)に「言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです。」と書かれ、ここでも聖霊が与えられていることが想定されています。

第5節、「ヨハネは水で洗礼を授けましたが、もうほんの数日で、あなた方は聖霊の洗礼を受ける」のヨハネは、イエスさまの前に現れてイエスさまのための道を整えた「洗礼者ヨハネ」のことです。ヨハネはLuke 3:16(ルカの福音書第3章第16節)でイエスさまを説明して同じことを言っていました。「ヨハネはみなに答えて言った。「私は水であなたがたにバプテスマを授けています。しかし、私よりもさらに力のある方がおいでになります。私などは、その方のくつのひもを解く値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。」([新改訳])。ここで言う「聖霊のバプテスマ」はこれからすぐにエルサレムで起こる聖霊の訪れのことであり、もう一つの「火のバプテスマ」は天から王として再来するイエスさまが、「終わりの日」に地上で行う恐ろしい出来事の数々だろうと考えられます。

第6節、弟子たちがイエスさまにたずねます。「主よ、あなたがイスラエルを解放し王国を再興するときは来ましたか。」  弟子たちはイエスさまこそが旧約聖書に予告された救世主であり、救世主が現れたあかつきには、イスラエルはローマ帝国の支配から解放され、いよいよかつてのダビデ王やソロモン王の頃の力強い王国としてよみがえるのだと考えて、イエスさまに従っていました。弟子たちは伝道活動の初期からイエスさまと行動を共にすることで、イエスさまが再興する王国では、上位の良いポストに就けてもらえるのではないかと狙っていたのです。イエスさまが逮捕されたときには散り散りになって逃げ出し、裁判を経てイエスさまが十字架刑に処せられて殺されてしまうとすっかり意気消沈し、弟子である自分たちにも迫害の手が及ぶのではないかとビクビク怯えて隠れていましたが、復活したイエスさまに会うと、かつての同じ欲望がそろそろと首を持ち上げてきます。イエスさまは死者の中から戻ってきた、これでいよいよイエスさまが王となり、王国が復活して、自分たちもおいしい目が見られる日が来るのではないか、と。

第7節、イエスさまはこれに答えます。「そういう日付や時間を決める権限は、ただ父ひとりだけが持ちます。そしてあなた方はそれを知る必要はありません。」 王国の復興がいつ起こるか、それは父なる神さまが決めることなのだから、弟子はそんなことは気にしなくて良いのだ、と言うのです。ですがこれは逆に言えば、その日がいつなのかを私たちが知る必要がないだけで、神さまの王国は物理的に必ず来ると言うことでしょう。これは素晴らしいことです。

第8節、では王国が来るまでの間、弟子たちは何をすれば良いのでしょうか。ここにはそれが書かれています。「しかし聖霊があなた方の上に来るとき、あなた方は力を受けます。そしてあなた方はあらゆる場所で人々に私について語る証人となるのです。エルサレムで、ユダヤで、サマリヤで、そして地の果てにまで。」 「聖霊のバプテスマ」が起こって身体に聖霊を受けると、弟子たちは「力」を受けるのです。その聖霊による力をもってして、あらゆる場所でイエスさまについての証言をする証人となれ、とイエスさまは命じています。エルサレムからスタートして、ユダヤ地方で、サマリや地方で、それどころか地の果てにまで伝導を行え、とイエスさまは弟子たちに命じています。

第9節~第11節、これを話した後で、イエスさまは弟子たちの見ている前で天へと引き上げられ雲の中へ消えていきます。そして弟子たちがイエスさまを見失わないように懸命に空を見上げていると、いつの間にか天使がふたり立っています。ずっと上を見上げていたから、いつどこから天使が現れたのか誰も見ていないのですね。天使は言います。「ガリラヤの人たち、なぜここで天を見て立っているのですか。イエスさまはあなた方から取り上げられたのです。しかしある日、イエスさまはあなた方が行くのを見たのと同じように天から戻ります。」天使が告げたことは二つです。ひとつは「イエスさまはもういない」、もうひとつは「イエスさまは天から戻る」です。少し気になるのはイエスさまの戻り方ですね。「イエスさまはあなた方が行くのを見たのと同じように」戻ると書かれています。これはどういうことなのでしょうか。字面どおりに解釈すれば、弟子たちが見ている前で、雲の中から戻ってくる、と言うことになります。




english1982 at 22:00|Permalink

使徒の働き第1章第12節~第26節:マッテヤがユダに代わる

第1章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Matthias Replaces Judas

マッテヤがユダに代わる


12 Then the apostles returned to Jerusalem from the Mount of Olives, a distance of half a mile.

12 それから使徒たちは半マイル離れたオリーブ山からエルサレムへ戻りました。

13 When they arrived, they went to the upstairs room of the house where they were staying. Here are the names of those who were present: Peter, John, James, Andrew, Philip, Thomas, Bartholomew, Matthew, James (son of Alphaeus), Simon (the Zealot), and Judas (son of James).

13 使徒たちは到着すると、滞在している家の階上の部屋へ行きました。そこにいた人たちの名前は以下です:ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、ヤコブ(アルパヨの子)、シモン(熱心党員)、ユダ(ヤコブの子)。

14 They all met together and were constantly united in prayer, along with Mary the mother of Jesus, several other women, and the brothers of Jesus.

14 イエスさまの母親のマリヤ、他の何名かの女性たち、そしてイエスさまの兄弟たちと共に、使徒たちは一緒に集い、いつもお祈りで一つになっていました。

15 During this time, when about 120 believers were together in one place, Peter stood up and addressed them.

15 このころ、約120人の信者がひとところに集まっていたとき、ペテロが立ち上がって話しました。

16 “Brothers,” he said, “the Scriptures had to be fulfilled concerning Judas, who guided those who arrested Jesus. This was predicted long ago by the Holy Spirit, speaking through King David.

16 ペテロは言いました。「兄弟たち、イエスさまを逮捕した者たちを先導したユダについては聖書が成就されなければならなかったのです。これはずっと昔に聖霊によってダビデ王を通じて予告されていました。

17 Judas was one of us and shared in the ministry with us.”

17 ユダは私たちの一人で、私たちと伝道の活動を行っていました。

18 (Judas had bought a field with the money he received for his treachery. Falling headfirst there, his body split open, spilling out all his intestines.

18 (ユダは裏切りの報酬として受け取った金で土地を買いました。そこで頭から落ちて身体が割けて開き、腸が全部こぼれ出しました。

19 The news of his death spread to all the people of Jerusalem, and they gave the place the Aramaic name Akeldama, which means “Field of Blood.”)

19 ユダの死の知らせはエルサレムのすべての人たちに広まり、彼らはその土地をアラム語でアケルダマ、すなわち『血の土地』と名付けました。)

20 Peter continued, “This was written in the book of Psalms, where it says, ‘Let his home become desolate, with no one living in it.’ It also says, ‘Let someone else take his position.’

20 ペテロは続けました。これは詩編に書かれていました。そこには『彼の家は誰も住む人なく荒れ果てさせよ』と書かれています。また『誰か他の者に彼の場所を取らせよ』とも書かれています。

21 “So now we must choose a replacement for Judas from among the men who were with us the entire time we were traveling with the Lord Jesus -- 

21 そこで私たちは、私たちが主イエスさまと旅をした間の全体にわたって私たちと共にいた人たちの中からユダの代わりを選ばねばなりません。

22 from the time he was baptized by John until the day he was taken from us. Whoever is chosen will join us as a witness of Jesus’ resurrection.”

22 イエスさまがヨハネから洗礼を受けたときから、イエスさまが私たちから取られた日までの間です。選ばれる者はイエスさまの復活の証人として私たちに加わります。」

23 So they nominated two men: Joseph called Barsabbas (also known as Justus) and Matthias.

23 そこで彼らは二人を候補に立てました。バルサバと呼ばれるヨセフと(ユストとしても知られている)、マッテヤです。

24 Then they all prayed, “O Lord, you know every heart. Show us which of these men you have chosen

24 そして全員でお祈りしました。「おお主よ、あなたはすべての人の心をご存じです。この二人のうちどちらを選ばれたかを私たちに示してください、

25 as an apostle to replace Judas in this ministry, for he has deserted us and gone where he belongs.”

25 この活動でユダに代わる使徒として。なぜならユダは私たちを捨て、彼が属する場所へと去りましたから。」

26 Then they cast lots, and Matthias was selected to become an apostle with the other eleven.

26 それから彼らはくじを引き、他の十一人と共に使徒となるためにマッテヤが選ばれました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第1章です。

前回、復活して弟子たちに現れたイエスさまは、弟子たちが見守る前で天へと上げられて、雲の中に見えなくなりました。弟子たちはエルサレムへと戻ってきます。

第12節には弟子たちがオリーブ山から戻ったと書かれていますが、イエスさまが天へ上げられた場所がオリーブ山であったのか、あるいはその先のどこかで天へ上げられた後、オリーブ山を通って帰ってきたのかは、ここからはわかりません。

第13節、弟子たちは滞在している家の階上の部屋へ集合します。この階上の部屋はおそらく最後の晩餐が行われたのと同じ場所です。ここにあげられている弟子の名前はイエスさまが選んだ十二人の使徒から、イエスさまを裏切って抜けたユダを抜いたものです。

第14節、当時の集まりにはイエスさまの母親のマリヤ、イエスさまの兄弟、他にも女性たちが加わっていたと書かれています。これはおそらくイエスさまの十字架にまで居合わせ、復活したイエスさまを最初に目撃することになったマグダラのマリヤを含む、ガリラヤ地方からずっとイエスさまに従ってきた女性たちです。

第15節、最初の教会には120人のメンバーがいたと書かれています。ガリラヤ地方からずっとイエスさまに従って来た人たちと、イエスさまの話を聞いてイエスさまを信じた人たちでしょう。その120人に向かってペテロが話します。ここからもペテロが初期の教会のリーダー格だったことがわかります。

第16節~第19節のペテロの話は、イエスさまを裏切ったユダについてです。ペテロはユダの裏切りと死が旧約聖書に予告されていたことなのだと言います。ここで共有されていた理解は、Matthew 27:3-10(マタイの福音書第27章第3節~第10節)に書かれているような話だと思われます。

「3 そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、4 「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして」と言った。しかし、彼らは、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ」と言った。5 それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして、外に出て行って、首をつった。6 祭司長たちは銀貨を取って、「これを神殿の金庫に入れるのはよくない。血の代価だから」と言った。7 彼らは相談して、その金で陶器師の畑を買い、旅人たちの墓地にした。8 それで、その畑は、今でも血の畑と呼ばれている。9 そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。「彼らは銀貨三十枚を取った。イスラエルの人々に値積もりされた人の値段である。10 彼らは、主が私にお命じになったように、その金を払って、陶器師の畑を買った。」([新改訳])。

マタイはユダの裏切りの根拠を旧約聖書の「Jeremiah(エレミヤ書)」の預言の成就だと言っていますが、この引用箇所は特定するのがとても難しいです。「銀貨三十枚」と「陶器師」を結びつける「値踏みの値段」と「銀貨を投げつける」話は、他の預言書「Zechariah(ゼカリヤ書)」に見つかります。Zechariah 11:10-14(ゼカリヤ書第11章第10~14節)を引用します。

「10 私は、私の杖、慈愛の杖を取り上げ、それを折った。私がすべての民と結んだ私の契約を破るためである。11 その日、それは破られた。そのとき、私を見守っていた羊の商人たちは、それが主のことばであったことを知った。12 私は彼らに言った。「あなたがたがよいと思うなら、私に賃金を払いなさい。もし、そうでないなら、やめなさい。」すると彼らは、私の賃金として、銀三十シェケルを量った。13 主は私に仰せられた。「彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。」そこで、私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。14 そして私は、結合という私のもう一本の杖を折った。これはユダとイスラエルとの間の兄弟関係を破るためであった」([新改訳])。

一方マタイが根拠を求める「Jeremiah(エレミヤ書)」には陶器師の話が出て来ます。Jeremiah 18:1-6(エレミヤ書第18章第1~6節)です。

「1 主からエレミヤにあったみことばは、こうである。2 「立って、陶器師の家に下れ。そこで、あなたに、わたしのことばを聞かせよう。」 3 私が陶器師の家に下って行くと、ちょうど、彼はろくろで仕事をしているところだった。4 陶器師は、粘土で制作中の器を自分の手でこわし、再びそれを陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替えた。5 それから、私に次のような主のことばがあった。6 「イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたがたにすることができないだろうか。――主の御告げ――見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある」([新改訳])。

また「Jeremiah(エレミヤ書)」にはまったく別の箇所に土地を買う話も出てきます。Jeremiah 32:6-9(エレミヤ書第18章第1~6節)です。

「6 そのとき、エレミヤは言った。「私に次のような主のことばがあった。7 見よ。あなたのおじシャルムの子ハナムエルが、あなたのところに来て、『アナトテにある私の畑を買ってくれ。あなたには買い戻す権利があるのだから』と言おう。8 すると、主のことばのとおり、おじの子ハナムエルが私のところ、監視の庭に来て、私に言った。『どうか、ベニヤミンの地のアナトテにある私の畑を買ってください。あなたには所有権もあり、買い戻す権利もありますから、あなたが買い取ってください。』私は、それが主のことばであると知った。9 そこで私は、おじの子ハナムエルから、アナトテにある畑を買い取り、彼に銀十七シェケルを払った」([新改訳])。これらの箇所を結びつけても、ユダの裏切りや死が旧約聖書に予告されていたと解釈するのはとても難しい作業です。

第20節、ペテロは詩編を引用します。最初の『彼の家は誰も住む人なく荒れ果てさせよ』は、Psalm 69:25(詩編第69章第25節)で、ダビデの「私に敵対する者」への呪いの言葉です。そこには「彼らの陣営を荒れ果てさせ、彼らの宿営にはだれも住む者がないようにしてください。」([新改訳])とあります。二つ目の『誰か他の者に彼の場所を取らせよ』はPsalm 109:8-9(詩編第109章第8節~第9節)で、ダビデ王によるやはり呪いの言葉です。「8 彼の日はわずかとなり、彼の仕事は他人が取り、9 その子らはみなしごとなり、彼の妻はやもめとなりますように。」([新改訳])とあります。

第21節~第22節でペテロは、イエスさまの伝道活動の全行程に関わった弟子の中から、ユダに代わる十二人目の使徒を選ばなくてはならないと告げます。全行程とは洗礼者ヨハネによる洗礼から、復活したイエスさまが天にあげられた日までのことです。

第23節、候補者はバルサバとマッテヤのふたりです。第26節で選ばれたマッテヤですが、この部分の他には聖書には一度も登場しません。



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