ローマ人への手紙

2015年07月31日

ローマ人への手紙:はじめに

ローマ人への手紙


はじめに
第01章  第02章  第03章  第04章  第05章
第06章  第07章  第08章  第09章  第10章
第11章  第12章  第13章  第14章  第15章
第16章
全体目次




「Romans (ローマ人への手紙)」は新約聖書の六番目の本で、パウロによって書かれています。

パウロはユダヤ人の両親を持つ純血のユダヤ人で、キリキヤ州のタルソという、現在はトルコ共和国にある町で生まれました。イスラエルの国外に住んでいたいわゆるディアスポラ系のユダヤ人です。

パウロはエルサレムで1、2を争うガマリエルという高名な教師の下でマンツーマンの厳しい宗教教育を経て聖書の教師となり、ファリサイ派に所属しました。ファリサイ派は主に聖書の教師によって構成され、厳格に旧約聖書の律法を守ることで知られた保守派閥でした。ファリサイ派は同胞のユダヤ人たちから広く尊敬を集め、サンヘドリンというユダヤの最高議決機関に議席も持っていました。

さてこの時代、イスラエルはローマ帝国に支配されていました。ローマ帝国は、帝国に対する反逆罪に対しては、十字架刑という歴史上もっとも残酷な死刑を課して見せしめとしていましたが、当時、この十字架刑に処されて殺されたイエス・キリストという人物が、死者の中から復活したと主張し、このイエス・キリストを救世主として崇める人たちが現れて、エルサレムのみならず、ユダヤ人の住む大きな町で信者を増やしつつありました。

旧約聖書の律法に最高の権威を与えるファリサイ派は、律法を軽視するような発言をするイエス・キリストの信者たちを弾圧する立場にありました。パウロはファリサイ派の急先鋒として、この道の信者の迫害に燃え、教会を次々と襲っては信者に鎖を掛けてエルサレムの宗教裁判へと引き立てていました。

ところがある日、次の襲撃の標的に定めたシリアのダマスコの教会を目指して進んでいるとき、パウロは当のイエス・キリストに遭遇するのです。パウロはキリストに出会った瞬間、キリストこそが主であると悟ります。律法の教師として旧約聖書に精通するパウロは、死者の中から復活して自分の前に現れたキリストに出会って、旧約聖書の律法書や預言書の聖句の数々が、ことごとくキリストを救世主として指し示すこと、キリストこそが旧約聖書に秘められた奥義であると理解したのです。パウロはキリスト本人から、福音を伝える使徒して指名されると、立場を180度反転させ、直ちに福音伝道の活動を開始します。

パウロは合計で三回、現在のトルコ共和国とギリシヤを巡る伝道旅行を行い、町々でキリストを通じた神さまによる救済の計画、すなわち「福音」を伝えました。各町で信者を獲得すると、その地のリーダーを指名して教会を設立して行きます。

パウロには敵が大勢いました。まずはパウロが元々所属していたファリサイ派の人たち。この人たちはかつてのパウロがキリスト教の教会を襲撃したのと同じように、クリスチャンとなったパウロを殺害しようといのちを狙いました。それからトルコ共和国やギリシヤの各地で、ギリシヤ神話の宗教を種に商売をしていた人たち。この人たちから見ればパウロは自分たちの商売を邪魔する存在でした。

それからクリスチャンと自称しながら、実はパウロとは異なる種類の福音を伝えていた人たち。この人たちが一番厄介なのです。まず、「割礼派」とか「ユダヤ主義者」と呼ばれた人たちは、ユダヤ人ではない外国人(異邦人)がクリスチャンになるためには、最初にユダヤ人になる必要があると主張して、旧約聖書の律法が定める「割礼」の儀式を受けることを異邦人に強要しました。それからキリスト教に修養的な考えを持ち込み、キリスト教からキリストの十字架を切り離して、信仰を霊的な悟りのようなものに置き換えようとする人たちも現れ始めていました。

神さまによる人類救済の計画は、神さまが人類に無償で与えたものです。それを受け入れるために必要な条件はひとつもありません。最初にユダヤ人になる必要があるとか、修養を積んで悟りを開く必要があるとか、そういう考えは福音を歪めてしまいます。パウロはこういう主張をする人たちと徹底的に戦い、そのためにいのちも狙われました。パウロはキリストから受けた使命を全うすることに自身を捧げ、主に異邦人に福音を伝えると共に、福音を正しい形のままに守るために戦い続けました。パウロが信じ伝えた福音が、今日、新約聖書の中に「パウロ書簡」として編纂されたおかげで、私たちクリスチャンは福音を正しく理解することができるのです。

さて「Romans (ローマ人への手紙)」はパウロが第三回目の伝道旅行の最後に、三ヶ月にわたってコリントに滞在したときに書かれたとされます。西暦55年の暮れから56年にかけての冬のことです。

パウロは長く、ローマに行きたいと切望していました。西暦41年~54年まで第四代のローマ皇帝だったクラウディウスは、西暦49年にユダヤ人をローマから追放しました。パウロは、この迫害を逃れてローマからコリントへ来ていたアクラとプリスキラの夫婦と第二回目の伝道旅行のときに出会い、以来、親交を深めます。西暦54年にクラウディウスが暗殺されて皇帝がネロに代わると、クラウディウス帝のユダヤ人追放令は解除され、アクラとプリスキラの夫婦も含めてユダヤ人たちは徐々にローマに戻りつつありました。

パウロはこの手紙を書いている日までローマに行ったことはありません。「Romans (ローマ人への手紙)」を除く他のパウロの書簡は、自分が過去の伝道旅行で設立した教会の信者たちに宛てて、信者たちを励まし、教え、そしてパウロの敵たちが説く「異なる福音」から信者たちを守る目的で書かれていますが、「Romans (ローマ人への手紙)」は自分が一度も行ったことのない土地の信者に向けて書かれます。

そのため、「Romans (ローマ人への手紙)」はパウロがいのちをかけて伝え守ってきたキリストに関する福音の集大成になっています。ローマは自分の行ったことのない土地、自分が福音を説いたことのない土地ですから、ローマの信者たちには、自分がいつも伝道旅行で説いて教えているように、福音とは何であるかを文章で丁寧に伝えなければなりません。そして福音を正しく理解してもらうことで、これからローマへと容赦なく入り込むであろうパウロの敵たちが説く嘘の福音から、なんとしてもローマの信者たちを守りたいのです。

注目すべきはこの手紙が書かれた西暦55年は、新約聖書の中のどの福音書の記述年よりも前だと言うことです。新約聖書の構成は、キリストの生涯を描く四つの福音書から始まり、次にキリスト復活後を描く「使徒の働き」へと続きます。「使徒の働き」の後半ではパウロの伝道活動が語られて、その次に登場するのが今回の「Romans (ローマ人への手紙)」です。新約聖書を最初から順番に読み進めていくと、「Romans (ローマ人への手紙)」は時間軸として一番最後に書かれたものと言う印象を持ってしまいがちです。しかしパウロがローマの信者たちに宛てて、キリストの真実を論理的に説明する「Romans (ローマ人への手紙)」は、実は一番最初に書かれた文書であり、内容はずばり、「パウロによる福音書」になっているのです。

全体の構成は、第1章~第8章がパウロによる福音書、第9章~第11章はユダヤ人について、第12章~第15章前半はクリスチャンの生き方、クリスチャンの心得のような話、第15章後半~第16章が手紙の結びになります。

それでは「Romans (ローマ人への手紙)」を読んでいきましょう。


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ローマ人への手紙:第1章第1節~第17節パウロからのあいさつ、神さまの良い知らせ

ローマ人への手紙 第1章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Greetings from Paul

パウロからのあいさつ


1 This letter is from Paul, a slave of Christ Jesus, chosen by God to be an apostle and sent out to preach his Good News.

1 この手紙はイエス・キリストの奴隷であり、キリストの良い知らせを伝道する使徒として神さまによって選ばれたパウロからです。

2 God promised this Good News long ago through his prophets in the holy Scriptures.

2 この良い知らせは、遠い昔に、聖書の中の神さまの預言者たちを通じて、神さまが約束したものです。

3 The Good News is about his Son. In his earthly life he was born into King David’s family line,

3 この良い知らせは神さまの息子に関するものです。この息子は、地上の生涯ではダビデ王の血筋に生まれました。

4 and he was shown to be the Son of God when he was raised from the dead by the power of the Holy Spirit. He is Jesus Christ our Lord.

4 そしてこの息子が聖霊の力によって死者の中からよみがえったときに、この息子は神さまの息子として示されたのです。この息子が私たちの主イエス・キリストです。

5 Through Christ, God has given us the privilege and authority as apostles to tell Gentiles everywhere what God has done for them, so that they will believe and obey him, bringing glory to his name.

5 神さまはキリストを通じて、使徒としての特権と権威を私たちに与えました。それは神さまが異邦人のために行ったことをあらゆる場所にいる異邦人に伝えて、そうやって異邦人が神さまを信じて従い、神さまの名前に栄光をもたらすようにです。

6 And you are included among those Gentiles who have been called to belong to Jesus Christ.

6 そしてあなた方も、イエス・キリストに属するべく呼ばれた異邦人の中に含まれます。

7 I am writing to all of you in Rome who are loved by God and are called to be his own holy people. May God our Father and the Lord Jesus Christ give you grace and peace.

7 私は神さまによって愛され、神さま自身の聖なる人たちとなるために呼ばれたローマにいるすべての人たちに書いています。私たちの父なる神さまと主イエス・キリストがあなた方に恵みと平安を与えますように。



God’s Good News

神さまの良い知らせ


8 Let me say first that I thank my God through Jesus Christ for all of you, because your faith in him is being talked about all over the world.

8 最初にあなた方すべてのため、私はイエス・キリストを通じて私の神さまに感謝します。それはあなた方の神さまへの信仰が全世界に伝えられているからです。

9 God knows how often I pray for you. Day and night I bring you and your needs in prayer to God, whom I serve with all my heart by spreading the Good News about his Son.

9 神さまはどれほどの頻度で私があなた方のためにお祈りをしているかをご存じです。昼も夜も、私はあなた方とあなた方が必要とする物を神さまへのお祈りに含めています。神さまは、私がその息子に関する良い知らせを広めて、私の心のすべてで奉仕している方です。

10 One of the things I always pray for is the opportunity, God willing, to come at last to see you.

10 私がいつもお祈りして求めていることのひとつは、神さまの意志により、いよいよあなた方に会いに行く機会です。

11 For I long to visit you so I can bring you some spiritual gift that will help you grow strong in the Lord.

11 私はあなた方を訪問したいと切に望んでおり、それはあなた方が主に於いて強く成長するのを助けるような霊的な贈り物を、いくつか持って行けるようにです。

12 When we get together, I want to encourage you in your faith, but I also want to be encouraged by yours.

12 私たちが一緒になったら、私はあなた方の信仰を励ましたいのですが、私もあなた方の信仰によって励ましを受けたいのです。

13 I want you to know, dear brothers and sisters, that I planned many times to visit you, but I was prevented until now. I want to work among you and see spiritual fruit, just as I have seen among other Gentiles.

13 親愛なる兄弟たち、姉妹たち、私はあなた方に知っていただきたいのですが、私は何度もあなた方を訪問しようと計画したのです。しかしいままでは妨げられて来ました。私はあなた方の中で働いて、私が他の異邦人の中で見たのと同じような霊的な結実を見たいのです。

14 For I have a great sense of obligation to people in both the civilized world and the rest of the world, to the educated and uneducated alike.

14 私は文明化した世界と残りの世界の両方で、教育を受けた人も受けいていない人も同様に、人々に対する大きな義務感があるのです。

15 So I am eager to come to you in Rome, too, to preach the Good News.

15 それで私はローマにいるあなた方にも良い知らせを伝えに行きたいのです。

16 For I am not ashamed of this Good News about Christ. It is the power of God at work, saving everyone who believes -- the Jew first and also the Gentile.

16 なぜなら私はこのキリストに関する福音を恥じません。それは活動する神さまの力であり、信じる人すべてを救います。最初にユダヤ人を、そして異邦人もです。

17 This Good News tells us how God makes us right in his sight. This is accomplished from start to finish by faith. As the Scriptures say, “It is through faith that a righteous person has life.”

17 この良い知らせは私たちにどうやって神さまが私たちを神さまの目に正しくするかを教えてくれます。これは最初から最後まで信仰によって達成されます。聖書が「正しい人が生きるのは信仰による」と言うとおりです。




ミニミニ解説

「Romans (ローマ人への手紙)」の第1章です。

第1節、「この手紙はイエス・キリストの奴隷であり、キリストの良い知らせを伝道する使徒として神さまによって選ばれたパウロからです。」 

これはパウロの自己紹介です。パウロは自分をイエス・キリストの奴隷と考えています。そしてパウロはキリストから直接、キリストの良い知らせ、すなわち福音を伝道するように命じられています。

第2節~第4節、「この良い知らせは、遠い昔に、聖書の中の神さまの預言者たちを通じて、神さまが約束したものです。この良い知らせは神さまの息子に関するものです。この息子は、地上の生涯ではダビデ王の血筋に生まれました。そしてこの息子が聖霊の力によって死者の中からよみがえったときに、この息子は神さまの息子として示されたのです。この息子が私たちの主イエス・キリストです。」

これは福音に関する説明です。つまりキリストに関する福音は、もともと旧約聖書の中に救世主に関する神さまの約束として書かれているものなのです。その救世主は神さまの息子であり、地上では、旧約聖書に予告されていたとおり、ダビデ王の血筋に誕生しました。これがキリストです。キリストは神さまの計画を成就するため、十字架に掛かって死にますが、聖霊の力によって死者の中から復活します。それは神さまがキリストの行動を褒め称え、最高の名誉の場所へと引き上げ、キリストの名前をすべての名前に勝る最高の名前としたからに他なりません。

第5節、「神さまはキリストを通じて、使徒としての特権と権威を私たちに与えました。それは神さまが異邦人のために行ったことをあらゆる場所にいる異邦人に伝えて、そうやって異邦人が神さまを信じて従い、神さまの名前に栄光をもたらすようにです。」

これは使徒の役目です。キリストに関する良い知らせ、福音は、どういう方法で世の中に伝えられることになったでしょうか。それは口頭による伝道活動を通じてです。そのために選ばれたのが「使徒」です。使徒はユダヤ人にも異邦人も福音を伝えます。それは聞いた人が神さまを信じ、神さまに従うことを決め、神さまを褒め称えることで、人々が神さまに栄光をもたらすようにです。

第6節~第7節、「そしてあなた方も、イエス・キリストに属するべく呼ばれた異邦人の中に含まれます。私は神さまによって愛され、神さま自身の聖なる人たちとなるために呼ばれたローマにいるすべての人たちに書いています。私たちの父なる神さまと主イエス・キリストがあなた方に恵みと平安を与えますように。」

これはローマの信者たちについてです。ローマの信者たちも使徒が福音を伝えた異邦人に含まれます。誰がローマの人たちに福音を伝えたのか、それはわかりません。しかしローマにはたとえばアクラとプリスキラの夫婦のようなリーダーを中心とした、クリスチャンの教会がすでに形成されているのです。

第10節、パウロは神さまに感謝し、ローマの信者たちの評判や、パウロがローマの信者たちを思う気持ちを書いた後で、「私がいつもお祈りして求めていることのひとつは、神さまの意志により、いよいよあなた方に会いに行く機会です。」と、パウロがローマに行くことを切に願っていることを告げます。

第11節~第12節、「私はあなた方を訪問したいと切に望んでおり、それはあなた方が主に於いて強く成長するのを助けるような霊的な贈り物を、いくつか持って行けるようにです。私たちが一緒になったら、私はあなた方の信仰を励ましたいのですが、私もあなた方の信仰によって励ましを受けたいのです。」

その理由は、パウロは、ローマの信者たちが成長できるように霊的な贈り物を持っていきたいこともあるのですが、実はパウロ自身がローマの信者の信仰によって励まされたいからなのです。つまりパウロは、ローマの信者たちを自分と同格に扱っています。

第13節、「親愛なる兄弟たち、姉妹たち、私はあなた方に知っていただきたいのですが、私は何度もあなた方を訪問しようと計画したのです。しかしいままでは妨げられて来ました。私はあなた方の中で働いて、私が他の異邦人の中で見たのと同じような霊的な結実を見たいのです。」

パウロはローマの信者たちと共に働き、その活動の中で聖霊が生み出す様々な霊的な実を見たいと言います。パウロがコリントの町で知り合ったアクラとプリスキラの夫婦は、パウロが異邦人に福音を伝える上での強力なパートナーとなりました。パウロはたとえばアクラとプリスキラの夫婦という立派な信者を生んだローマの地に行き、そこで信者たちと共に働き、お互いに霊的な成長を遂げたいのです。

第16節~第17節には福音の意味が要約されています。大変重要です。

「なぜなら私はこのキリストに関する福音を恥じません。それは活動する神さまの力であり、信じる人すべてを救います。最初にユダヤ人を、そして異邦人もです。この良い知らせは私たちにどうやって神さまが私たちを神さまの目に正しくするかを教えてくれます。これは最初から最後まで信仰によって達成されます。聖書が「正しい人が生きるのは信仰による」と言うとおりです。」

パウロは第14節で、自分には文明化した世界とそうでない世界の両方で、教育を受けた人にも受けていない人にも、キリストに関する福音を伝える大きな義務感があると言い、ここでその理由を述べています。

パウロは福音を恥じません。

福音とは、宇宙の創造の時点からずっと存在し、いま現在も生きて活動し続けている神さまの力の現れ、そのものなのです。

福音は、それを信じる人、すべてを救います。ユダヤ人も異邦人も分け隔てなく救います。

福音は、どうすれば私たち人間が、創造主であり宇宙の支配者である神さまの目に正しく映ることができるかを教えてくれます。

そしてそれは、最初から最後まで、「信仰」、つまり信じることによって達成されるのです。

「信仰」についての第17節の聖書の引用は「Habakkuk 2:4(ハバカク書第2章第4節)」です。ここではHabakkuk 2:1-4(ハバカク書第2章第1節~第4節)を引用します。

「1 私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えに何と答えるかを見よう。2 主は私に答えて言われた。幻を板の上に書いて確認せよ。これを読む者が急使として走るために。3 この幻は、定めの時について証言しており、終わりについて告げ、まやかしを言ってはいない。もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。4 見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。」([新改訳])。

ハバカクはバビロンがユダに攻め込んで滅ぼしたとき(紀元前588年)に活動した預言者です。ハバカクは第1章で、自分の周囲で起こるユダの国の暴行、暴虐、戦争について嘆き、そのような悪がどうして見過ごされるのかと疑問を投げます。すると神さまがこれに応えます。神さまはさらに邪悪なカルデヤ人の国、すなわちバビロンを興してユダを攻めさせてユダの悪に報いると告げます。そしてそのバビロンもまた神さまの裁きを免れません。ここで第4節は、そのような荒々しい神さまの計画とその実行の渦中でも、正しい人はその信仰によって生きる、と書いており、パウロはローマ帝国の政策に翻弄されるローマの信者にこの句を送っています。






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ローマ人への手紙第1章第18節~第32節:罪に対する神さまの怒り

ローマ人への手紙 第1章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


God’s Anger at Sin

罪に対する神さまの怒り


18 But God shows his anger from heaven against all sinful, wicked people who suppress the truth by their wickedness.

18 しかし神さまは、悪意によって真実を隠す、罪深く邪悪な人々すべてに対する怒りを天から示しています。

19 They know the truth about God because he has made it obvious to them.

19 人々は神さまに関する真実を知っているのです。神さまがそれを人々に示しましたから。

20 For ever since the world was created, people have seen the earth and sky. Through everything God made, they can clearly see his invisible qualities -- his eternal power and divine nature. So they have no excuse for not knowing God.

20 世界が創造されてから、人々は地と空を見てきました。神さまが造られたものすべてを通じて、人々は目に見えない神さまの特性を明確に見ることができるのです。それは神さまの永遠の力と神性です。なので人々は神さまを知らないと言い訳をすることはできません。

21 Yes, they knew God, but they wouldn’t worship him as God or even give him thanks. And they began to think up foolish ideas of what God was like. As a result, their minds became dark and confused.

21 そうです。人々は神さまを知っていたのです。それなのに人々は神さまを神さまとして崇拝することも感謝をすることもありませんでした。そして神さまがどんなものであるか、馬鹿げた考えを作り上げ始めました。結果として人々の心は暗く混乱しました。

22 Claiming to be wise, they instead became utter fools.

22 自分が賢いと言いながら、人々は完全な愚か者になったのです。

23 And instead of worshiping the glorious, ever-living God, they worshiped idols made to look like mere people and birds and animals and reptiles.

23 そして栄誉に輝き永遠に生きる神さまを崇拝する代わりに、ただの人や鳥や動物や爬虫類に見えるように作った偶像を崇拝しました。

24 So God abandoned them to do whatever shameful things their hearts desired. As a result, they did vile and degrading things with each other’s bodies.

24 それで神さまは人々の心が望むあらゆる恥ずべきことをするようにと人々を捨て去りました。結果として人々は互いの身体を使って不道徳で下劣なことを行いました。

25 They traded the truth about God for a lie. So they worshiped and served the things God created instead of the Creator himself, who is worthy of eternal praise! Amen.

25 人々は神さまに関する真実を嘘と交換したのです。それで人々は創造主ではなく、神さまが創造した物を崇拝して仕えたのです。神さまは永遠の賛美に値します。アーメン。

26 That is why God abandoned them to their shameful desires. Even the women turned against the natural way to have sex and instead indulged in sex with each other.

26 これが神さまが人々を恥ずべき欲望へと捨て去った理由です。女性さえ、自然の性行の方法に逆らって、代わりに互いとの性にふけりました。

27 And the men, instead of having normal sexual relations with women, burned with lust for each other. Men did shameful things with other men, and as a result of this sin, they suffered within themselves the penalty they deserved.

27 男性も、女性との普通の性的な関係を持つのではなく、互いとの肉欲に燃えました。男性は他の男性と恥ずべきことをして、この罪の結果として自分自身の中の相応の罰に苦しみました。

28 Since they thought it foolish to acknowledge God, he abandoned them to their foolish thinking and let them do things that should never be done.

28 人々は神さまを認めることを馬鹿らしいと考えたので、神さまは人々を彼らの馬鹿げた考えへと引き渡し、決してされるべきではないことをさせたのです。

29 Their lives became full of every kind of wickedness, sin, greed, hate, envy, murder, quarreling, deception, malicious behavior, and gossip.

29 人々の生活はあらゆる種類の邪悪、すなわち、罪、欲望、嫌悪、嫉妬、殺人、口論、詐欺、意地の悪い行動、そして陰口で一杯になりました。

30 They are backstabbers, haters of God, insolent, proud, and boastful. They invent new ways of sinning, and they disobey their parents.

30 人々は陰でそしる者、神さまを嫌う者、無礼者、高慢な者、そして自慢屋です。人々は新しい罪の方法を考え出し、親に逆らいます。

31 They refuse to understand, break their promises, are heartless, and have no mercy.

31 彼らは理解することを拒み、約束を破り、薄情で情けを知りません。

32 They know God’s justice requires that those who do these things deserve to die, yet they do them anyway. Worse yet, they encourage others to do them, too.

32 人々は神さまの正義が、こういうことをする人は死に値するように命じるのを知っています。それでも彼らはそれを行うのです。さらに悪いのは彼らが他の人にもそれをするように仕向けることです。




ミニミニ解説

「Romans (ローマ人への手紙)」の第1章です。

第1章の後半でパウロはいまの世の中の状況を説明します。

第18節、「 しかし神さまは、悪意によって真実を隠す、罪深く邪悪な人々すべてに対する怒りを天から示しています。」

最初を「しかし」と受けているのは、前節の第17節の内容です。第17節は、福音は私たちに神さまがどうやって私たちを神さまの目に正しく映るようにするかを教えてくれるものだと言い、それは最初から最後まで「信仰」によって、つまり神さまを信じることで達成されるとしています。そして第18節は、福音の真実を隠す世の中の人々を罪深く邪悪だと考え、神さまはそういう人々に対して怒りを示していると言います。つまり神さまは世の中に対して激しく怒っているのです。

第19節~第20節、「人々は神さまに関する真実を知っているのです。神さまがそれを人々に示しましたから。世界が創造されてから、人々は地と空を見てきました。神さまが造られたものすべてを通じて、人々は目に見えない神さまの特性を明確に見ることができるのです。それは神さまの永遠の力と神性です。なので人々は神さまを知らないと言い訳をすることはできません。」

人は自分は神さまを知らないと言い訳をすることはできません。なぜなら人はずっと世界を見てきたからです。たとえば地球です。宇宙にこんな不思議な惑星はありません。太陽からの理想的な距離、理想的な地軸の傾き、水と大気に覆われた地表、すべてが出来過ぎです。地球は365日の周期で太陽の周りを公転し、24時間の周期で地軸を中心に自転します。これが毎日ひとときも止まることなく正確に繰り返されています。他にも例を挙げたらきりがありません。これが偶然の産物でしょうか。どれくらいの確率でこれが偶然に成り立つでしょうか。デザイナーの存在を感じない人がいるでしょうか。

私たちが宇宙や自然に対して抱く感情を「神秘」と呼びますが、「神秘」とは人間の知恵では推し量れない不思議のことです。つまり人間の知恵を超越した何かです。私たちの周囲には、あらゆる場所に神さまの永遠の力と神性が現れているのです。私たちはそれが「神秘」だと自分たちの口で言っているのです。

第21節~第23節、「そうです。人々は神さまを知っていたのです。それなのに人々は神さまを神さまとして崇拝することも感謝をすることもありませんでした。そして神さまがどんなものであるか、馬鹿げた考えを作り上げ始めました。結果として人々の心は暗く混乱しました。自分が賢いと言いながら、人々は完全な愚か者になったのです。そして栄誉に輝き永遠に生きる神さまを崇拝する代わりに、ただの人や鳥や動物や爬虫類に見えるように作った偶像を崇拝しました。」

人は神さまの存在を見て感じて知っていたにも関わらず、神さまを神さまと呼んで賛美したり、神さまに感謝することをしませんでした。その代わりに自分の神を勝手に作り上げたのです。たとえば人の形に、たとえば鳥の形に、たとえば動物の形に、たとえば爬虫類の形に、人々は様々な形の偶像を自分で作り、それを神と呼んで崇拝しました。そうやって崇拝の対象となる偶像を自らの手で作りあげる自分を、人は賢いと思っているようですが、そうすることで人は完全な愚か者になったのです。

第24節~第25節、「それで神さまは人々の心が望むあらゆる恥ずべきことをするようにと人々を捨て去りました。結果として人々は互いの身体を使って不道徳で下劣なことを行いました。人々は神さまに関する真実を嘘と交換したのです。それで人々は創造主ではなく、神さまが創造した物を崇拝して仕えたのです。神さまは永遠の賛美に値します。アーメン。」

これを見た神さまは人間を見限り、人があらゆる恥ずべきことをするように見捨てたのです。それがいまの世の中です。人は神さまに関する真実を偶像という嘘と交換し、これによって神さまから恥ずべき邪悪へと引き渡されたのです。

第26節~第28節、「これが神さまが人々を恥ずべき欲望へと捨て去った理由です。女性さえ、自然の性行の方法に逆らって、代わりに互いとの性にふけりました。男性も、女性との普通の性的な関係を持つのではなく、互いとの肉欲に燃えました。男性は他の男性と恥ずべきことをして、この罪の結果として自分自身の中の相応の罰に苦しみました。人々は神さまを認めることを馬鹿らしいと考えたので、神さまは人々を彼らの馬鹿げた考えへと引き渡し、決してされるべきではないことをさせたのです。」

たとえば女性も男性も同性との性にふけるような恥ずべき行為が見られるのは、人が最初に神さまを神さまとして認めることを馬鹿らしいと考えたから、神さまが逆に人を、人の馬鹿げた考えへと引き渡し、人が頭の中で妄想することを実際に行わせて、その中で人がもがき苦しむようにさせた結果なのです。

第29節~第31節、「人々の生活はあらゆる種類の邪悪、すなわち、罪、欲望、嫌悪、嫉妬、殺人、口論、詐欺、意地の悪い行動、そして陰口で一杯になりました。人々は陰でそしる者、神さまを嫌う者、無礼者、高慢な者、そして自慢屋です。人々は新しい罪の方法を考え出し、親に逆らいます。彼らは理解することを拒み、約束を破り、薄情で情けを知りません。」

そうやって人の間にどのような邪悪が生まれたでしょうか。パウロはそれを列挙します。罪、欲望、嫌悪、嫉妬、殺人、口論、詐欺、意地悪、陰口。人々は陰で人の悪口を言い、神さまを嫌悪します。無礼、高慢、自慢を働いて自分のことばかりを大切にします。想像力豊かに次々と神さまに背く罪を考え出し、親に逆らいます。筋道立てた考えを拒み、約束を破り、薄情で情けを知りません。これらの邪悪は、みな人が神さまを認めなかったことで、神さまが人間を見捨てて、人を邪悪へと引き渡した結果の産物なのです。

第32節、「人々は神さまの正義が、こういうことをする人は死に値するように命じるのを知っています。それでも彼らはそれを行うのです。さらに悪いのは彼らが他の人にもそれをするように仕向けることです。」

人々はこういうことをすれば自分がきっと死に値すると知っています。だから自分は死んだら地獄へ落とされるのではないかと死後に恐怖します。それでも人々は行動を改めようとしません。それどころか他の人にも邪悪をするように仕向け、地獄への道連れをひとりでも増やそうとするのです。






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