2015年08月12日

使徒の働き第20章第1節~第12節:パウロがマケドニヤとギリシヤへ行く、パウロの最後のトロアス訪問

第20章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Paul Goes to Macedonia and Greece

パウロがマケドニヤとギリシヤへ行く


1 When the uproar was over, Paul sent for the believers and encouraged them. Then he said good-bye and left for Macedonia.

1 騒動が治まると、パウロは信者たちを呼び集めて励ましました。それから別れを告げて、マケドニヤへ向けて出発しました。

2 While there, he encouraged the believers in all the towns he passed through. Then he traveled down to Greece,

2 そこにいる間、パウロは通過したすべての町の信者たちを励ましました。それからパウロはギリシヤへ下りました。

3 where he stayed for three months. He was preparing to sail back to Syria when he discovered a plot by some Jews against his life, so he decided to return through Macedonia.

3 パウロはそこに三か月とどまりました。パウロはシリヤに向けて船で戻ろうと準備していましたが、ユダヤ人がパウロの命を狙って陰謀を企てていることを見つけ、それでマケドニヤを通って帰ることにしました。

4 Several men were traveling with him. They were Sopater son of Pyrrhus from Berea; Aristarchus and Secundus from Thessalonica; Gaius from Derbe; Timothy; and Tychicus and Trophimus from the province of Asia.

4 何名かの男たちがパウロに同行していました。プロの息子でベレヤから来たソパテロ、テサロニケから来たアリスタルコとセクンド、デルベから来たガイオ、テモテ、アジヤ州から来たテキコとトロピモです。

5 They went on ahead and waited for us at Troas.

5 彼らは先に出て、トロアスで私たちを待っていました。

6 After the Passover ended, we boarded a ship at Philippi in Macedonia and five days later joined them in Troas, where we stayed a week.

6 過越が終わった後で、私たちはマケドニヤのピリピで船に乗り、五日後にトロアスで彼らと合流しました。そこには七日間滞在しました。



Paul’s Final Visit to Troas

パウロの最後のトロアス訪問


7 On the first day of the week, we gathered with the local believers to share in the Lord’s Supper. Paul was preaching to them, and since he was leaving the next day, he kept talking until midnight.

7 週の初めの日、私たちは聖餐で現地の信者たちと分かち合うために集まりました。パウロは信者たちに説教をしていて、翌日には発つことにしていたので、パウロは真夜中まで話し続けました。

8 The upstairs room where we met was lighted with many flickering lamps.

8 私たちが集まっていた階上の部屋では、たくさんのランプがちらちらと光っていました。

9 As Paul spoke on and on, a young man named Eutychus, sitting on the windowsill, became very drowsy. Finally, he fell sound asleep and dropped three stories to his death below.

9 パウロがいつまでも話し続けると、窓台に座っていたユテコという名前の青年がひどく眠くなりました。とうとうユテコは熟睡したまま落下し、三階分を落ちて死にました。

10 Paul went down, bent over him, and took him into his arms. “Don’t worry,” he said, “he’s alive!”

10 パウロは降りて行き、ユテコの上に身をかがめ、腕に抱きかかえました。パウロは言いました。「心配しないでください。彼は生きています。」

11 Then they all went back upstairs, shared in the Lord’s Supper, and ate together. Paul continued talking to them until dawn, and then he left.

11 それからみなで階上に戻り、聖餐を分かち合い、一緒に食べました。パウロは夜明けまで話し続け、それから出発しました。

12 Meanwhile, the young man was taken home alive and well, and everyone was greatly relieved.

12 一方、青年は生きて健全な状態で家へ送り届けられ、みなは大変慰められました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第20章です。

パウロは第3回目の伝道旅行に出ています。パウロは陸路を北から西へ向かい、キリキヤのタルソを抜けてデルベへ至り、そこからルステラ、イコニウム、ピシディアのアンテオケへと進んで行き、エーゲ海に面するエペソに至りました。

エペソはギリシヤ神話の女神アルテミスを崇拝する町として有名で、周辺地域から多くの巡礼者・参詣者を集めていました。パウロはエペソで二年間、毎日福音を教える伝道活動をしたのですが、これによってユダヤ人も異邦人も含めてアジヤ州全域の人たちがパウロの福音のメッセージに触れたと書かれていました。パウロはそのメッセージの中で、旧約聖書の教えに沿って偶像崇拝を否定しましたが、これによってエペソで銀細工の神殿模型を売っている人たちから反感を買い、デメテリオと言う人の扇動演説をきっかけに町中が大きな騒動に発展しました。今回の第1節に書かれている「騒動」とは、この騒ぎのことです。

第19章第21節に、パウロは聖霊によってマケドニヤとアカヤへ行くように導かれていると書かれていました。エペソは小アジアの西の端で、マケドニヤはエーゲ海を隔てた対岸、ギリシヤのある半島の北部で、ピリピ、テサロニケ、ベレヤなどの町があります。アカヤ州は同じ半島の南部で、アテネやコリントがあります。

今回の第2節には、パウロはギリシヤへ下ったと書かれていて、第3節にはパウロはそこに三か月とどまったとあります。三か月の滞在地はコリントです。コリントに至るまでの間、途中にある上に挙げたようなたくさんの町を通過して信者を励ましていますが、旅の目的が信者を励ますことの他にも、教会の活動資金を集めるところにあったことが、パウロの書簡を読むとわかります。

コリントで三ヶ月を過ごした後、第3回目の伝道旅行の帰路は、コリントから船に乗ることを避けて陸路をピリピまで北上し、ピリピから船でトロアスに至ります。第5節には「トロアスで私たちを待っていました」と、ここから再び「私たち」の語が登場しますから、これはつまり、再び記述者のルカ自身が旅に加わったものと解釈されます。

第7節~第12節はトロアスでの話です。パウロは奇跡の力で、建物の三階から落下して死亡したユテコという青年を蘇生しています。

第7節と第11節に出ている「聖餐(せいさん)」は「Lord's Supper」を訳したもので、この儀式はイエスさまが十字架刑の前夜、弟子たちとの最後の晩餐で言った言葉に基づいています。 Luke 22:14-19(ルカの福音書第22章第14節~第19節)を引用します。

「14 さて時間になって、イエスは食卓に着かれ、使徒たちもイエスといっしょに席に着いた。15 イエスは言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。16 あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」17 そしてイエスは、杯を取り、感謝をささげて後、言われた。「これを取って、互いに分けて飲みなさい。18 あなたがたに言いますが、今から、神の国が来る時までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」19 それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行ないなさい。」([新改訳])。

イエスさまは「わたしを覚えてこれを行ないなさい。」と弟子たちに命じていますから、教会ではこれに基づいて、パンを裂いて分かち合う儀式を行うのです。この儀式を英語で「Lord's Supper」、日本語では「聖餐」と言います。これは今日の教会でも行われていますが、やり方は宗派によって異なります。



english1982 at 22:00│使徒の働き