2015年08月17日

使徒の働き第15章第1節~第21節:エルサレムでの会議

第15章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Council at Jerusalem

エルサレムでの会議


1 While Paul and Barnabas were at Antioch of Syria, some men from Judea arrived and began to teach the believers: “Unless you are circumcised as required by the law of Moses, you cannot be saved.”

1 パウロとバルナバがシリアのアンテオケにいた頃、ユダヤから来て信者たちに次のように教える人たちがいました。「モーゼの律法が定めるとおりに割礼を受けなければ、あなた方は救われません。」

2 Paul and Barnabas disagreed with them, arguing vehemently. Finally, the church decided to send Paul and Barnabas to Jerusalem, accompanied by some local believers, to talk to the apostles and elders about this question.

2 パウロとバルナバはこの人たちと意見を異にし、激しく議論しました。最終的に教会はパウロとバルナバを現地の信者の何名かと共にエルサレムへ送り、この問題について使徒たちや長老たちと話させることにしました。

3 The church sent the delegates to Jerusalem, and they stopped along the way in Phoenicia and Samaria to visit the believers. They told them -- much to everyone’s joy -- that the Gentiles, too, were being converted.

3 教会は代表の使節団をエルサレムへ送り、使節団はフェニキヤとサマリヤで信者たちを訪問するためにそこここで滞在しました。使節団は信者たちに異邦人も改宗していることを伝え、みなに喜びをもたらしました。

4 When they arrived in Jerusalem, Barnabas and Paul were welcomed by the whole church, including the apostles and elders. They reported everything God had done through them.

4 使節団がエルサレムに着くと、パウロとバルナバは使徒たちと長老たちを含む教会全体の歓迎を受けました。ふたりは神さまが彼らを通じてされたことのすべてを報告しました。

5 But then some of the believers who belonged to the sect of the Pharisees stood up and insisted, “The Gentile converts must be circumcised and required to follow the law of Moses.”

5 しかしそのとき、ファリサイ派の学派に所属していた信者の何名かが立ち上がり、主張しました。「異邦人の改宗者も割礼を受け、モーゼの律法に従うことを要求しなければなりません。」

6 So the apostles and elders met together to resolve this issue.

6 そこで使徒たちと長老たちは、この問題を解決するために集まりました。

7 At the meeting, after a long discussion, Peter stood and addressed them as follows: “Brothers, you all know that God chose me from among you some time ago to preach to the Gentiles so that they could hear the Good News and believe.

7 その会議では長い議論の後、ペテロが立ち上がって次のように会衆に語りかけました。「兄弟たち、あなた方は神さまがしばらく前に、あなた方の中か私を選び出し、異邦人が福音を聞いて信じられるように私に伝道をさせたのを知っています。

8 God knows people’s hearts, and he confirmed that he accepts Gentiles by giving them the Holy Spirit, just as he did to us.

8 神さまは人の心を知っておられます。神さまは、神さまが私たちにされたのと同様に、異邦人に聖霊を与えることで、神さまが異邦人を受け入れることを証明してくださいました。

9 He made no distinction between us and them, for he cleansed their hearts through faith.

9 神さまは私たちと彼らとの間を区別しませんでした。神さまは異邦人の心を信仰によって清めてくださったのです。

10 So why are you now challenging God by burdening the Gentile believers with a yoke that neither we nor our ancestors were able to bear?

10 それなのになぜあなた方は今、私たちも私たちの父祖たちも負いきれなかったくびきを異邦人の信者たちに背負わせて、神さまを試そうとするのですか。

11 We believe that we are all saved the same way, by the undeserved grace of the Lord Jesus.”

11 私たちは、主イエスさまの私たちの受けるに値しない恵みによって、私たち全員が同じように救われたと信じます。」

12 Everyone listened quietly as Barnabas and Paul told about the miraculous signs and wonders God had done through them among the Gentiles.

12 人々はバルナバとパウロが異邦人の中で神さまがふたりを通してされた奇跡のしるしや不思議について語るのを静かに聞きました。

13 When they had finished, James stood and said, “Brothers, listen to me.

13 ふたりが話し終えると、ヤコブが立ち上がって言いました。「兄弟たち、私の言うことを聞いてください。

14 Peter has told you about the time God first visited the Gentiles to take from them a people for himself.

14 ペテロが、神さまが最初に異邦人を訪れ、神さまのための人たちを取られたときのことをあなた方に説明しました。

15 And this conversion of Gentiles is exactly what the prophets predicted. As it is written:

15 そしてこの異邦人の改宗は預言者たちの予告と正確に一致します。次のように書かれています。

16 ‘Afterward I will return and restore the fallen house of David. I will rebuild its ruins and restore it,

16 『後に私は帰って来て倒れたダビデの家を再建する。私は家の廃墟を建て直して復元する。

17 so that the rest of humanity might seek the Lord, including the Gentiles -- all those I have called to be mine. The Lord has spoken --

17 それは異邦人を含む人類の残りで、私のものとなるように呼ばれるすべての人が、主を探し求めるようにである。主の言葉。

18 he who made these things known so long ago.’

18 大昔にこれらのことを知らせた方。』

19 “And so my judgment is that we should not make it difficult for the Gentiles who are turning to God.

19 それで私の判断は、神さまに立ち返る異邦人に私たちが困難を与えるべきではありません。

20 Instead, we should write and tell them to abstain from eating food offered to idols, from sexual immorality, from eating the meat of strangled animals, and from consuming blood.

20 代わりに異邦人には、偶像に供えた食物を食べること、性的な不品行、絞め殺した動物の肉を食べること、そして血を食べることを避けるように書いて伝えるべきだと思います。

21 For these laws of Moses have been preached in Jewish synagogues in every city on every Sabbath for many generations.”

21 それはこれらのモーゼの律法が、何代にもわたって、あらゆる町のユダヤの会堂で、安息日ごとに伝えられてきているからです。」




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第15章です。

パウロとバルナバは第1回目の伝道の旅から戻り、その後しばらくシリアのアンテオケに滞在していました。するとエルサレムからやって来たユダヤ人の中に、「モーゼの律法が定めるとおりに割礼を受けなければ救われない。」と教える人たちが現れます。

第1回の伝道の旅で、パウロとバルナバはギリシヤ語を話すユダヤ人に追いかけ回され、パウロは最後は石打ちにされて殺されかけました(もしかすると一度死んで、神さまによって蘇生されたのかも知れません)。しかし今回登場したユダヤ人は「~しなければ救われない」と言っています。つまりイエスさまの福音について、それを受けるために割礼という条件を追加しているのです。この人たちは少なくとも福音を伝えている人たちです。

どういうことなのか経緯を考えてみます。

この頃までにエルサレムでは何が起こっていたでしょうか。まずギリシヤ語を話すディアスポラ系ユダヤ人の会堂で福音を説いていたステパノが殺されました(第6章)。そのときギリシヤ語を話すユダヤ人が言っていたのが、「私たちは彼がモーゼと神とをけがすことばを語るのを聞いた」と言う主張です。つまりギリシヤ語を話すユダヤ人たちは、クリスチャンの教会は旧約聖書の律法や神さまを冒とくしていると主張していたのです。

「律法」とは何でしょうか。それはモーゼ五書とも呼ばれる、旧約聖書に納められている最初の5冊の本です。これはモーゼが神さまから授かったとされ、ユダヤ人はこれを守ることを大変重視しています。ところが実は、本来もし人が神さまをいつも第一に考え、神さまのためだけに生きようとして来ていたら律法は必要なかったのです。しかし人にはそれができませんでした。人は日常の生活の中ですぐに神さまを忘れ、ときには神さまよりも大事なものを見つけて浮気をします。神さまにはどちらもガッカリです。それで神さまはユダヤ人が、いつも神さまの目に正しく行動できるように、神さまの善悪判断のガイドラインとして、やむを得ず律法を与えたのです。こうやってわざわざ書き物にして渡さなければ、あなた方にはわからないのでしょう、と言うことです。

新約聖書の福音書ではイエスさまはモーゼの律法はすべて有効としながらも、律法の解釈には制定者である神さまの意図をよく考える必要があると説きました。そういう意味でイエスさまは律法を成就あるいは完成するために来たのだと言い、ファリサイ派が神さまの意図を取り違えて、表面的に律法を守ることが神さまの目に正しく映り、最終的に天国へ至る道だと主張するのを、「偽善者」として激しく攻撃しました。そういう意味でイエスさまと、律法を守護する保守派のファリサイ派は対立し、イエスさまを十字架にかけるための宗教裁判も、神さまや律法や寺院に対する冒とく行為を中心に証言が行われました。

話をエルサレムでの出来事に戻します。続いて第12章では十二使徒のひとり、ヤコブがヘロデ・アグリッパの迫害によって殺されています。そしてヘロデは引き続きペテロを逮捕しましたが、そのときの理由には「ヤコブの処刑がユダヤ人に気に入られたから」と書かれていました。ここにも同じ脈絡が見て取れます。ヤコブの処刑を気に入ったユダヤ人と言うのは、イエスさまを救世主と呼ぶクリスチャンの教会を認めることができない保守派のユダヤ人たちのことでしょう。保守派のユダヤ人がヤコブの処刑を喜んだのです。ローマ帝国からイスラエルの支配を任されていたヘロデは、こういうユダヤ人の機嫌を取りたかったのです。ユダヤ人と有効な関係が築ければ地域の治安が保たれ、統治者としての自分の地位が安定するからです。ヘロデが機嫌を取って有効な関係を築きたいと思うユダヤ人が保守派のユダヤ人だとすると、当時のエルサレムではファリサイ派のような保守派がいよいよ力を付けて来ていたことがうかがえます。

ヘロデに捕らえられたペテロは天使に助けられて牢から脱出しますが、結果としてエルサレムに滞在し続けることが難しくなったはずで、ペテロはエルサレムを離れ、その後のエルサレムの教会のリーダーはイエスさまの弟のヤコブに移りました。この人は「義人ヤコブ」と呼ばれるほどの人物だったそうです。「義人」と呼ばれる人たちは旧約聖書に登場するヒーローです。たとえば旧約聖書の「Genesis(創世記)」には神さまがユダヤ人の父祖アブラハムを「義」としたことが明確に記されています。

もし新しいリーダーのヤコブが「義人」と呼ばれていたのだとしたら、それは旧約聖書のヒーローに匹敵するような称号が冠されているということで、つまりヤコブは旧約聖書に限りなく忠実なリーダーだったと言うことでしょう。エルサレムの初期の教会が、ヘロデの迫害を逃れ、市内で力を伸ばしているファリサイ派のような保守系ユダヤ人と衝突しないように生き延びるには、ヤコブは理想的なリーダーだったのかも知れません。

パウロとバルナバのいるアンテオケに現れて「モーゼの律法が定めるとおりに割礼を受けなければ救われない」と教えた人たちはユダヤから、つまりエルサレムから来たのですから、義人ヤコブをリーダーとする教会から来たのです。生き延びるために保守化を余儀なくされるエルサレムの教会は、そもそも宗教的な「汚(けが)れ」をもたらす異邦人と接触し、割礼を施されていない異邦人を受け入れながら拡大するリベラルなアンテオケの教会を黙認できなくなったのでしょう。ですがエルサレムの教会も絶対に異邦人を受け入れないと言っているわけではありません。受け入れの条件として「割礼」を施せと言うのです。これはなぜでしょうか。

「割礼」は新明解国語辞典では「〔ユダヤ教・イスラム教で〕男子の陰茎の包皮を切り取る儀式」と書かれていて、旧約聖書ではGenesis 17:9-14(創世記第17章第9節~第14節)に神さまとアブラハムの契約として登場します。

「9 ついで、神はアブラハムに仰せられた。「あなたは、あなたの後のあなたの子孫とともに、代々にわたり、わたしの契約を守らなければならない。10 次のことが、わたしとあなたがたと、またあなたの後のあなたの子孫との間で、あなたがたが守るべきわたしの契約である。あなたがたの中のすべての男子は割礼を受けなさい。11 あなたがたは、あなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい。それが、わたしとあなたがたの間の契約のしるしである。12 あなたがたの中の男子はみな、代々にわたり、生まれて八日目に、割礼を受けなければならない。家で生まれたしもべも、外国人から金で買い取られたあなたの子孫ではない者も。13 あなたの家で生まれたしもべも、あなたが金で買い取った者も、必ず割礼を受けなければならない。わたしの契約は、永遠の契約として、あなたがたの肉の上にしるされなければならない。14 包皮の肉を切り捨てられていない無割礼の男、そのような者は、その民から断ち切られなければならない。わたしの契約を破ったのである。」([新改訳])。

つまり律法に沿えば人は割礼を受けることで正式にユダヤ人となるのです。だからアンテオケの教会で信者に受け入れられる異邦人についても、割礼が施されればその人はユダヤ人となり、律法上は異邦人としての汚れが消滅します。そうすれば保守派のユダヤ人にも受け入れられ易くなる、あるいは保守派のユダヤ人がクリスチャンの教会を攻撃する根拠を取り除くことができると考えたのでしょう。

アンテオケの教会は、問題を根本的に解決するためには、エルサレムの教会でヤコブたちと話し合う必要があると結論し、現地の信者何名かと共にパウロとバルナバをエルサレムに送ることにしました。

第3節、一行は陸路を通り、フェニキア(ほぼ現レバノン)とイスラエル北部・中部を抜けてエルサレムに至ります。600キロを越える道のりです。途中、あちこちの教会を訪ねて信者を励まします。

第4節、エルサレムに着くと、パウロとバルナバは「使徒たちと長老たちを含む教会全体」から歓迎を受けた、と書かれています。このとき何名の使徒がエルサレムに残っていたかはわかりません。難を逃れていたであろうペテロがエルサレムに戻っていたことと、「Galatians(ガラテヤ人への手紙)」から、ヨハネもいたことはわかります。「長老たち」と言うのは教会の年長のリーダー格の人たちと思われます。日本人同様、ユダヤ人も年長者に敬意を払います。エルサレムの長老の筆頭は、教会のリーダーであるヤコブでしょう。イエスさまの母親のマリヤは、処女懐胎でイエスさまをこの世に誕生させた後、夫のヨセフとの間に四人の男子と複数の女子を授かりましたが、ヤコブはその中で一番の年長です。つまりイエスさまのすぐ下の弟と言うことになります。

第5節、いよいよ懸案の問題が提出されます。ファリサイ派の学派に所属していた信者の何名かが立ち上がり、「異邦人の改宗者も割礼を受け、モーゼの律法に従うことを要求しなければなりません。」と主張したのです。

ここから議論は長時間に及びますが、決定的な発言をしたのはペテロです。ペテロの発言は第7節~第11節です。ペテロは自分が異邦人へ福音を伝える使者として選ばれたことを話し(第10章)、そのとき神さまが異邦人に聖霊を与えたことを告げます。と言うことは割礼のあるなしに関わらず、神さまは信仰を表明する人を区別しなかったのです。ペテロによると割礼は「私たちも私たちの父祖たちも負いきれなかったくびき」なのです。自分たちさえ困難を抱える課題をどうして異邦人に負わせるのか、それは結論として神さまに対する挑戦になる、と言います。ペテロは「救い」は、唯一、イエスさまの恵みによる、としめくくります。

第12節、すると議論は止み、会衆はパウロとバルナバの話を静かに聞きます。パウロとバルナバは自分たちの経験した伝道活動を話して聞かせます。

第13節~第21節、教会のリーダーであるヤコブが結論を出します。

ヤコブはペテロの話は旧約聖書の預言に合致すると言い、Amos 9:11-12(アモス書第9章第11節~第12節)の部分を引用します。

「11 その日、わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、その破れを繕い、その廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直す。12 これは彼らが、エドムの残りの者と、わたしの名がつけられたすべての国々を手に入れるためだ。-- これをなされる主の御告げ --」([新改訳])。

旧約聖書の「エドム」はパレスチナの南部、死海の南側に広く拡がる地域で、最初にユダヤ人に与えられたイスラエルの国境の外側にあたります。ヤコブはこれを異邦の地の意味にとっているのだと思います。第11節の「わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、その破れを繕い、その廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直す」、「その日」と言うのは「終わりの日」のことだと思われます。つまり「終わりの日」にはイスラエルが復興し、その日には異邦の民も合流する、という預言です。ヤコブは、異邦人がユダヤ人に加わることは旧約聖書にも預言されており、ペテロの証言はこれに合致する、だから割礼を施せなどと言って、異邦人を困らせるべきではない、と結論します。

第20節、ヤコブは代わりに信者が避けるべき四つの事項を持ち出します。それは、(1)偶像に供えた食物を食べることを避ける、(2)性的な不品行を避ける、(3)絞め殺した動物の肉を食べることを避ける、(4)血を食べることを避ける、です。ヤコブはこれらについて「何代にもわたって、あらゆる町のユダヤの会堂で、安息日ごとに伝えられてきている」と言っていますが、読んだ限りでは、どうしてこの四つだけ特別に選ばれたのか、その根拠はわかりませんが、すべて旧約聖書の律法の記述に沿っています。この四つは当時、宗教的な「汚(けが)れ」をもらたす材料として特に注視されていたのかも知れません。




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