2015年08月18日

使徒の働き第14章第21節~第28節:パウロとバルナバがシリアのアンテオケへ戻る

第14章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Paul and Barnabas Return to Antioch of Syria

パウロとバルナバがシリアのアンテオケへ戻る


21 After preaching the Good News in Derbe and making many disciples, Paul and Barnabas returned to Lystra, Iconium, and Antioch of Pisidia,

21 パウロとバルナバはデルベで福音を伝えて多くの弟子を作ってから、ルステラ、イコニオム、ピシデヤのアンテオケへと戻りました。

22 where they strengthened the believers. They encouraged them to continue in the faith, reminding them that we must suffer many hardships to enter the Kingdom of God.

22 そしてふたりは信者たちの心を強めました。ふたりは信者たちに信仰にとどまるように励まし、自分たちが神さまの王国に入るには、たくさんの困難を経なければならないのだと言い含めました。

23 Paul and Barnabas also appointed elders in every church. With prayer and fasting, they turned the elders over to the care of the Lord, in whom they had put their trust.

23 パウロとバルナバはまた各教会で長老たちを任命しました。お祈りと断食をして、ふたりは長老たちを信頼を置く主の保護に委ねました。

24 Then they traveled back through Pisidia to Pamphylia.

24 それからふたりはピシデヤを通ってパンフリヤに戻り、

25 They preached the word in Perga, then went down to Attalia.

25 ペルガで福音を伝えてから、アタリヤへ下りました。

26 Finally, they returned by ship to Antioch of Syria, where their journey had begun. The believers there had entrusted them to the grace of God to do the work they had now completed.

26 最終的にふたりは船で、旅の出発地点のシリアのアンテオケに戻りました。ふたりがいま成し遂げた仕事ができるようにと、以前に信者たちがふたりを神さまの恵みに委ねた場所です。

27 Upon arriving in Antioch, they called the church together and reported everything God had done through them and how he had opened the door of faith to the Gentiles, too.

27 アンテオケに着くと、ふたりは教会の人々を集め、神さまがふたりを通じてされたことすべてと、どのように神さまが異邦人に信仰の戸を開いてくれたかを報告しました。

28 And they stayed there with the believers for a long time.

28 それからふたりは長い間、弟子たちとともにアンテオケに滞在しました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第14章です。

シリアのアンテオケから最初の伝道旅行に出発したパウロとバルナバは、まず船でキプロス島へ渡り、東側のサラミスに上陸すると東から西へと福音を伝えて最終的に島の西端、ローマ帝国の総督府が置かれていたパポスの町に至りました。 パウロとバルナバは再び船に乗ってそこから現在のトルコ共和国のアナトリア(小アジア)の南岸のパンフリヤへ向かい、港町のペルガに着きます。そして150キロほど北上して、ピシデヤのアンテオケ(同じ名前の別の町)に到着しました。

ふたりは会堂で福音のメッセージを伝え、多くのユダヤ人と異邦人がイエスさまを信じましたが、ユダヤ人の中にはパウロを中傷し、伝道を妨害する者もいました。 ユダヤ人たちが町の有力者と謀って暴動を起こすと、パウロとバルナバは町を出て、150キロほど東のイコニウムに至ります。イコニウムでも同じことが起こります。パウロとバルナバが会堂で教えると、多くのユダヤ人と異邦人が信じて信者となりますが、やがて伝道を妨害するユダヤ人が現れます。ふたりは殺害計画を知って町を脱出し、イコニウムの南西50キロあたりにあるルステラへ移動しました。

ルステラでパウロが足の不自由な人を癒やす奇跡を行うと、人々はふたりが人の姿をした神だと言い、バルナバがゼウスでパウロをヘルメスと決めて、ふたりに捧げ物をしようとし始めました。 ふたりがようやく捧げ物をやめさせた頃、アンテオケとイコニオムからユダヤ人の追っ手が到着し、群衆を味方に付けてパウロを石打ちにします。死んだものと思われたパウロは町の外に引きずり出されますが、信者たちが集まるとパウロは立ち上がり、ふたりは翌日デルベ(現在のカラブナルでしょうか)へ向かいました。

デルベはルステラから100キロほど東にある町です。

第21節、デルベでは特にトラブルに巻き込まれることなく、パウロとバルナバは福音を伝えて信者を作ることができました。それからふたりはルステラ、イコニオム、ピシデヤのアンテオケへ戻ったと書かれています。

地図を見ていただけると一番わかりやすいのですが、シリアのアンテオケを出発してから南西のキプロス島へ渡り、北西のペルガに上陸して北上、到着したシリアのアンテオケは出発地点から一番西へ離れた場所です。そこからイコニウム、ルステラ、デルベと小アジアを東へ向かって旅をしてきて、経度的にはもうキプロス島の真ん中くらいまで、つまり半分くらいは戻ってきています。それなのにふたりはそのまま東へ進路をとって出発地点へ戻るのではなく、危険が待ち構えるかも知れない旅のルートを再び反対方向に辿っていくのです。この後でも出て来ますが、パウロは自分の伝道の活動で信者となった人たちを常に心配していて、励ましのために何度でも教会を訪ねたいのです。

第22節、ふたりは各町で信者たちを励まします。が、ちょっとここで気になるのは「自分たちが神さまの王国に入るには、たくさんの困難を経なければならない」の記述部分で、これは私たちが知っている福音とは違いますね。神さまの王国へ入るかどうかを決めるのは、その人が福音を受け入れるかどうかが基準であり、その決断の瞬間に決まると言うのが私たちの知っている福音です。神さまの王国に入るために、たくさんの困難を経るような試練や修行は求められていません。これはまだ最初の伝道の旅の時点ではパウロの伝えるメッセージにも未完成な部分があったと言うことか、あるいは当時の教会にはイエスさまの再来がすぐに起こるという大きな期待があったので、困難や試練はそれまでの間のことだ、と言う意味でしょうか。

第23節、ふたりは各町に形成された教会でリーダー格となる長老を任命しています。

第24節~第25節、ふたりはピシデヤのアンテオケから南下し、最初にキプロス島から到着した港町のペルガに至ります。往路ではペルガで福音を伝えたという記録はありませんでしたが、今回は福音を伝えています。第25節のアタリヤはペルガのすぐ西で、現在も「アンタルヤ」の地名で見つかります。現在は大きな観光都市のようです。

第26節、ふたりはアタリヤから船で直接シリアのアンテオケへ戻ったようです。

ふたりはアンテオケの信者たちに旅の報告をし、しばらくはアンテオケで過ごします。



english1982 at 20:00│使徒の働き