2015年08月19日

使徒の働き第13章第1節~第12節バルナバとサウロが任務を受ける、パウロの最初の伝道旅行

第13章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Barnabas and Saul Are Commissioned

バルナバとサウロが任務を受ける


1 Among the prophets and teachers of the church at Antioch of Syria were Barnabas, Simeon (called “the black man”), Lucius (from Cyrene), Manaen (the childhood companion of King Herod Antipas), and Saul.

1 シリアのアンテオケの教会にいた預言者や教師の中には、バルナバ、「黒人」と呼ばれていたシメオン、クレネから来たルキオ、子供の時代をヘロデ・アンティパスと過ごしたマナエン、サウロがいました。

2 One day as these men were worshiping the Lord and fasting, the Holy Spirit said, “Dedicate Barnabas and Saul for the special work to which I have called them.”

2 ある日、この人たちが主を礼拝して断食していると、聖霊が言いました。「バルナバとサウロを私が二人を呼ぶ特別な仕事に専念させなさい。

3 So after more fasting and prayer, the men laid their hands on them and sent them on their way.

3 そこで彼らはさらに断食とお祈りをしてから、二人の上に手を置き、送り出しました。



Paul’s First Missionary Journey

パウロの最初の伝道旅行


4 So Barnabas and Saul were sent out by the Holy Spirit. They went down to the seaport of Seleucia and then sailed for the island of Cyprus.

4 こうしてバルナバとサウロは聖霊に遣わされました。二人はセルキヤの港へ下り、船でキプロス島を目指しました。

5 There, in the town of Salamis, they went to the Jewish synagogues and preached the word of God. John Mark went with them as their assistant.

5 キプロス島ではサラミスの町でユダヤ人の会堂をまわり、神さまの言葉を伝道しました。ヨハネ・マルコが助手として二人に同行しました。

6 Afterward they traveled from town to town across the entire island until finally they reached Paphos, where they met a Jewish sorcerer, a false prophet named Bar-Jesus.

6 その後彼らは町から町へと島全体を旅して、最終的にパポスの町で、バルイエスと言う名前のにせ預言者のユダヤ人の魔術師に会いました。

7 He had attached himself to the governor, Sergius Paulus, who was an intelligent man. The governor invited Barnabas and Saul to visit him, for he wanted to hear the word of God.

7 バルイエスは総督のセルギオ・パウロと共にいました。セルギオ・パウロは聡明な人物でした。総督は神さまの言葉を聞きたかったのでバルナバとサウロを招きました。

8 But Elymas, the sorcerer (as his name means in Greek), interfered and urged the governor to pay no attention to what Barnabas and Saul said. He was trying to keep the governor from believing.

8 しかし魔術師のエルマが(ギリシヤ語でその名前が意味するように)、邪魔をして総督がバルナバとサウロの話に注意を払わないようにさせました。エルマは総督が信じないようにしていたのです。

9 Saul, also known as Paul, was filled with the Holy Spirit, and he looked the sorcerer in the eye.

9 パウロとしても知られるサウロは聖霊に満たされ、魔術師の目をにらみました。

10 Then he said, “You son of the devil, full of every sort of deceit and fraud, and enemy of all that is good! Will you never stop perverting the true ways of the Lord?

10 そしてサウロは言いました。「悪魔の子よ、あらゆる類いの虚偽と詐欺で満ちた者、あらゆる善の敵、あたなは主の正しい道を誤らせることを決してやめようとしないのか。

11 Watch now, for the Lord has laid his hand of punishment upon you, and you will be struck blind. You will not see the sunlight for some time.” Instantly mist and darkness came over the man’s eyes, and he began groping around begging for someone to take his hand and lead him.

11 見なさい。主が処罰の手をおまえの上に置きました。あなたは目が見えなくなります。あなたはしばらくの間、日の光を見ることができなくなります。」 その瞬間、かすみと暗闇が魔術師エルマの目をおおい、彼は誰か手を引いて連れて行ってくれと乞いながら、周囲を手探りし始めました。

12 When the governor saw what had happened, he became a believer, for he was astonished at the teaching about the Lord.

12 総督は何が起こったかを見て信者になりました。それは総督が主についての教えに驚いたからです。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第13章です。

舞台はシリアのアンテオケの教会です。

アンテオケは世界史などではアンティオキアと表記され(ラテン語表記のようです)、現在はアンタキヤと呼ばれる町です。地中海の東の端は海岸に沿ってイスラエルの北にレバノンがあり、その北はシリアの海岸、そしてトルコ共和国に至りますが、アンタキヤは現在はトルコ共和国内にあります。

マケドニアのアレクサンドロス大王が東征を行ってペルシヤを破り、一時はその支配領域をインドまで拡大しましたが、紀元前323年に急死しました。その後、後継者を争う長い戦争が起こりますが、最終的にはエジプトのプトレマイオス家、小アジアからイラン東北部のセレウコス家、マケドニアとギリシヤのアンティゴノス家の三王朝の支配に落ち着きます。

アレクサンドロス大王から、この三王朝による支配までの期間をヘレニズム時代と呼び、ギリシヤ文化と東方のオリエント文化の融合が起こりました。アンテオケはこのうちセレウコス朝シリア(紀元前312年~紀元前63年)の首都で、ローマ帝国の属州に組み込まれてからはシリア属州の州都です。つまりアンテオケは長い歴史を持ち、政治と文化の中心を担う当時の大都市と言うことです。当時の人口は20万とも60万人とも言われます。居住していたのはシリア人、マケドニア人、ギリシア人、ユダヤ人(ユダヤ人だけで数万人の規模)など様々な民族で、東方の地に築かれたギリシヤ風の都市にはギリシアの神々やオリエントの神々を奉る神殿がたくさん軒を連ねていました。

ここまでの「Acts(使徒の働き)」の記述ではアンテオケで異邦人への伝道が開始されて信者が増え、それを受けてエルサレムから行動力に秀でたバルナバが派遣されたことになっています。それまでのユダヤ人は異邦人と交わることで宗教的な汚れを受けると考えていたのですから、いよいよアンテオケから異邦人にも開かれたリベラルな教会がスタートしたことになります。これは人種のるつぼと化していたアンテオケだったからこその話だと思います。

アンテオケにバルナバが派遣されたことは大変重要で、バルナバはリベラル化しようとするアンテオケのキリスト教と、エルサレムで十二使徒たちがスタートした言わば正統派のキリスト教の間に立って、教義や儀式や生活様式などの統一や橋渡しをなんとか上手に実現しようと努力したはずです。バルナバはタルソに逃れていたサウロを探し出してアンテオケに連れてきて合流します。サウロはもともとファリサイ派の急先鋒だったのをダマスコでイエスさまに遭遇して改宗した人物で、つまりリベラルとは対角線上にあるユダヤの厳格な律法のすべてを知り尽くしている人です。さらにアンテオケには後に「マルコの福音書」を記したヨハネ・マルコもいたのでした。こうしてアンテオケに、キリスト教が世界のあらゆる民族に開かれた形で発展していくための理想的な状況が整ったのです。神さまがどのように人を準備してお使いになるか、それは本当に深淵でうならされます。神さまを賛美します。

第2節~第3節、バルナバとサウロを含む教会のリーダーたちが礼拝して断食していると(当時の教会では礼拝と断食を行っていたのですね)、聖霊が二人に伝道の仕事を与え、二人はいよいよ最初の伝道の旅行に出発します。実際のところ、数万人のユダヤ人、全体で数十万人の人口を有するアンテオケのような巨大な町で、歴史的にも文化的にも様々な背景を持つ信者が集まって膨らみ続ける教会ではきちんと教義やシステムを統一して維持運営いくことさえ一大事業だったはずなのです。しかし神さまは福音をさらに広く世界へと伝道させるため、バルナバとパウロのツートップを伝道の旅行へと送り出すのです。すごいです。

第2節にはバルナバとサウロの他に、アンテオケに残って教会をまとめていくリーダーたちの名前が挙げられています。「黒人」と呼ばれていたシメオンは、つまりアレクサンドリアやクレネなど、アフリカから来た肌の黒い人だったということでしょう。クレネから来たルキオも、クレネは北アフリカの都市で現在はリビアの中にありますから、アフリカから来た人物です。アレクサンドリアやクレネには、たくさんのギリシヤ語を話すディアスポラ系のユダヤ人が住んでいました。つまりシメオンもルキオもディアスポラ系のユダヤ人です。もしかするとこの二人が、Acts 11:20(使徒の働き第11章第20節)に「ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。」([新改訳])と書かれていた、異邦人への伝道活動を開始した幾人かの中の二人のクレネ人なのかも知れません。

子供の時代をヘロデ・アンティパスと過ごしたマナエンと言うのは裕福なユダヤ人でしょう。ヘロデ・アンティパスはヘロデ大王の息子の一人で、大王が死んだ後にガリラヤ地方とペレア地方の領主となった人物です。そういう人物と子供の時代を共に過ごしたというのですから、かなり裕福な家の出身のはずです。アンテオケなどディアスポラのユダヤ人の大規模な共同体がある町には少なからず裕福なユダヤ人がいたので、このマナエンはそういう裕福なユダヤ人の信者をとりまとめる役割を担っていたのかも知れません。

第4節、バルナバとサウロが最初の伝道旅行に出発します。ちなみにサウロは伝道旅行を三回行った後、最後にローマへ旅行します。第5節には、この旅行にヨハネ・マルコが助手として同行したと書かれています。二人はまず船でキプロス島へ渡り、島の東部のサラミスに到着します。当時のキプロス島には多くのユダヤ人が住んでいました。 Acts 4:36-37(使徒の働き第4章第36節~第37節)はバルナバが最初に登場した箇所ですが、そこには「36 キプロス生まれのレビ人で、使徒たちによってバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれていたヨセフも、37 畑を持っていたので、それを売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。」([新改訳])と書かれていましたから、バルナバもキプロス島の出身なのです。

第5節にあるように二人はユダヤ人の会堂をまわって教え、町から町へ、会堂から会堂をたずねてイエスさまの福音を伝えていきます。そして第6節、二人は最終的に島の西端にあり、総督府が置かれていたパポスの町に到着して、そこで総督のセルギオ・パウロの家に招かれて福音を説きます。

セルギオ・パウロのところにはユダヤ人のにせ預言者バルイエスがいました。セルギオ・パウロがバルイエスのような人物を近くに置いていたということは、つまりローマ帝国から派遣された統治責任者としてのセルギオ・パウロが、地域の文化や宗教の理解に熱心だったことの現れで、それが第7節に「セルギオ・パウロは聡明な人物でした」と書かれている理由ではないかと思われます。

「Bar-Jesus(バルイエス)」の「Bar(バル)」は「子」の意味で、つまり「イエスの子」と言う名前になっています。また「Jesus(イエス)」という名前はよくあるありふれた名前でした。このように名前に「子」をつける習慣は、英語でも最後に「son(息子)」がつく名前が多数あることから確認できます(Davidson、Richardson、など)。第8節によると、このバルイエスは魔術師で「エルマ」とも呼ばれていて、総督のセルギオ・パウロが福音の教えに耳を貸さないように妨害します。

第9節~第11節、サウロは聖霊の助けを受けてバルイエスの妨害を排除します。バルイエスはサウロがダマスコでイエスさまに遭遇したときと同様に視力を奪われます。

第12節、総督のセルギオ・パウロは、このしるしを見て信者となります。

なお第9節にはサウロについて「パウロとしても知られるサウロ」と書かれていて、ここで初めてパウロの名前が登場し、以降、パウロの名前が使われます。サウロはイスラエルの初代国王の「サウル」にちなむ名前と思われます(どちらも同じ士族のベニヤミン族の出身)。つまりユダヤ人の名前です。一方の「パウロ」はギリシヤ人の名前ですが、どうしてサウロが突然パウロと呼ばれるようになったのか、その理由は説明されません。が、最初に信仰を表明したローマ帝国の総督がセルギオ・パウロだったことから、ここから採られたのではないか、と考える説もあります。またこれ以降、「バルナバとサウロ」と言ってきた名前を呼ぶ序列も、「パウロとその一行」などと言うようにパウロが前に出るようになります



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