2015年08月23日

使徒の働き第9章第1節~第18節:サウロの改宗

第9章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Saul’s Conversion

サウロの改宗


1 Meanwhile, Saul was uttering threats with every breath and was eager to kill the Lord’s followers. So he went to the high priest.

1 その頃サウロは息を吐くたびに脅迫の言葉を発して、しきりに主の弟子たちを殺したいと願っていました。そこでサウロは大祭司のところへ行きました。

2 He requested letters addressed to the synagogues in Damascus, asking for their cooperation in the arrest of any followers of the Way he found there. He wanted to bring them -- both men and women -- back to Jerusalem in chains.

2 サウロはダマスコの会堂に宛てて手紙を書いてくれるように頼みました。手紙はダマスコの会堂に、サウロがダマスコでその道の信者を見つけたときに逮捕の協力を求めるものでした。サウロは男でも女でも信者を鎖につないでエルサレムへ連れて来たいと思っていました。

3 As he was approaching Damascus on this mission, a light from heaven suddenly shone down around him.

3 サウロがこの使命のためにダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光がサウロの周囲を照らしました。

4 He fell to the ground and heard a voice saying to him, “Saul! Saul! Why are you persecuting me?”

4 サウロは地に倒れ、自分に向けた声を聞きました。「サウロ。サウロ。なぜ私を迫害するのか。」

5 “Who are you, lord?” Saul asked. And the voice replied, “I am Jesus, the one you are persecuting!

5 「どなたですか、主よ。」サウロがたずねると声が答えました。「私はイエスである。あなたが迫害している相手だ。

6 Now get up and go into the city, and you will be told what you must do.”

6 さぁ、立ち上がって町に入りなさい。そうすればあなたのしなければならないことが告げられます。」

7 The men with Saul stood speechless, for they heard the sound of someone’s voice but saw no one!

7 サウロに同行していた人たちは声もなく立ちつくしていました。彼らには誰かの声が聞こえましたが誰の姿も見えなかったからです。

8 Saul picked himself up off the ground, but when he opened his eyes he was blind. So his companions led him by the hand to Damascus.

8 サウロは地面から立ち上がりましたが、目を開いていても何も見えませんでした。そこでサウロの仲間たちが手を引いてダマスコへ連れて行きました。

9 He remained there blind for three days and did not eat or drink.

9 彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしませんでした。

10 Now there was a believer in Damascus named Ananias. The Lord spoke to him in a vision, calling, “Ananias!”  “Yes, Lord!” he replied.

10 さてダマスコにアナニヤという信者がいました。主がアナニヤに幻の中で呼びかけました。「アナニヤよ。」アナニヤは答えました。「はい、主よ。」

11 The Lord said, “Go over to Straight Street, to the house of Judas. When you get there, ask for a man from Tarsus named Saul. He is praying to me right now.

11 主は言われました。「『まっすぐ通り』のユダの家に行きなさい。着いたらタルソ出身のサウロを尋ねなさい。サウロはいま私に祈っていますから。

12 I have shown him a vision of a man named Ananias coming in and laying hands on him so he can see again.”

12 私はサウロに、アナニヤという者が入って来て自分の上に手を置くと再び目が見えるようになる様子を幻で見せました。」

13 “But Lord,” exclaimed Ananias, “I’ve heard many people talk about the terrible things this man has done to the believers in Jerusalem!

13 アナニヤは大きな声で言いました。「ですが主よ、私は多くの人々から、この人がエルサレムで信徒たちに対して行って来た酷いことについて聞いています。

14 And he is authorized by the leading priests to arrest everyone who calls upon your name.”

14 それに彼はあなたの名前を呼ぶ者たちをすべて逮捕する権限を祭司長から得ているのです。」

15 But the Lord said, “Go, for Saul is my chosen instrument to take my message to the Gentiles and to kings, as well as to the people of Israel.

15 しかし主は言いました。「行きなさい。なぜならサウロは、私のメッセージを異邦人や王たち、そしてもちろんイスラエルの人々に運ぶために私が選んだ道具だからです。

16 And I will show him how much he must suffer for my name’s sake.”

16 そして私は彼が私の名前のためにどれほど苦しまなければならないかを彼に示すつもりです。」

17 So Ananias went and found Saul. He laid his hands on him and said, “Brother Saul, the Lord Jesus, who appeared to you on the road, has sent me so that you might regain your sight and be filled with the Holy Spirit.”

17 それでアナニヤは出かけて行ってサウロを見つけました。アナニヤはサウロの上に手を置いて言いました。「兄弟サウロよ、道であなたに現われた主イエスが私を遣わされました。それはあなたが視力を取り戻し、聖霊に満たされるためです。」

18 Instantly something like scales fell from Saul’s eyes, and he regained his sight. Then he got up and was baptized.

18 すると直ちにサウロの目からうろこのような物が落ちて、サウロは目が見えるようになりました。彼は立ち上がり、洗礼を受けました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第9章です。

この章から登場するサウロは新約聖書に収められたたくさんの書簡(~人への手紙)を記述したパウロのことです。

エルサレムにいたギリシヤ語を話す信者たちのグループと、ヘブライ語を話す信者たちのグループの間に生じたいざこざをきっかけに、ギリシヤ語を話す信者たちのグループのために選ばれた七人のリーダーのうち、筆頭のステパノは逮捕されて殺されてしまいました。サウロはステパノが石打ちで殺される様子を目撃し、これに賛成していました。それからエルサレムではギリシヤ語を話す信者たちに対する迫害が起こりますが、この急先鋒がサウロでした。

サウロはActs 22:3(使徒の働き第22章第3節)で自分ついて「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。」([新改訳])と言っています。この時代の高名なファリサイ派の律法学者はシャンマイとヒレルで、相互に異なる学説を展開して対立していたようですが、ガマリエルはヒレル派のひとりです。と言うことはサウロはファリサイ派の中のヒレル派でガマリエルの弟子ということなります。また「キリキヤのタルソで生まれたユダヤ人」とのことですから、イスラエル国外に住むディアスポラ系のギリシヤ語を話すユダヤ人と言うことになります。

イエスさまに会う前のサウロは熱狂的にユダヤ信仰に燃えていました。イエスさまの信者は、イエスさまを神さまと同格に扱う信仰を伝道していました。これはサウロの目には神さまの冒涜者としてしか映りません。よってイエスさまを信仰する信者を徹底的に迫害していたのです。ステパノの殉教以降、急先鋒のサウロが率いた信者の迫害によって、たくさんの信者がエルサレムを追われて地方都市へと逃れますが、信者たちは逃げ延びた先々の地で福音を伝えていました。サウロは今度はそういう地方の信者を狩りだそうと考えていたのかも知れません。またユダヤ民族の中で内乱的な問題が起これば、支配国のローマ帝国が調査や制圧に乗り出してくる恐れがあり、それでは限定的とはいえせっかくユダヤ人に与えられている自治権が奪い取られてしまうとの懸念があったのかも知れません。

今回サウロが向かったダマスコは現シリアの首都ダマスカスのことで、エルサレムから見るとダマスコはガリラヤ湖を越えて250km北方にあり、古くから交通の要所でした。そして当時のシリアはローマ帝国の領土内でした。第8章までの展開では福音の伝道はサマリヤ地方やエルサレムの少し南のあたりに伝わっていた程度でしたから、このときまでに250kmの北方にまでどのように福音が伝わったのか、その詳細は記されていません。福音は驚くほどの早さで遠くにまで伝わっています。

サウロはダマスコへ出発するに先立って大祭司に書状を依頼し、その書状の中でダマスコの会堂から信者逮捕に関する協力を取り付けられるように準備していました。どの共同体でも福音はユダヤ教の旧約聖書の知識を背景に拡がって行きましたから、イエスさまの信者の存在や所在については、日常からユダヤ人同士の緊密な関係を維持する場所である会堂で確認するのが確実と考えたのでしょう。用意周到なことです。

しかしダマスコへ向かうサウロは天から降り注ぐ強烈な光によって足止めを食います。そしてサウロを止めたのは十字架死から復活したイエスさま本人なのでした。これは決定的な出会いです。サウロは「イエスさまは死から復活した」と伝道する信者を迫害してきたはずなのに、いま自分の前にそのイエスさまが現れてしまったのです。

Luke 5:8(ルカの福音書第5章第8節)でペテロがイエスさまに初めて会ったときには、ペテロはイエスの足もとにひれ伏して「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言っています。 Isaiah 6:5(イザヤ書第6章第5節)で、預言者イザヤは神さまを自分の目で見たとき、「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」と死を覚悟しています。どうやら人は神さまと接すると、その神聖さや威厳は誰からも教わらなくてもすぐにわかり、自然と地にひれ伏し、自分はもうおしまいだと観念するようです。今回もサウロはイエスさまに対して「お前は誰だ?」と問いかけるところを、最初からすでに相手に「Lord(主よ)」と呼びかけています。

イエスさまはサウロに「私はイエスである。あなたが迫害している相手だ」と言いました。サウロが迫害していたのはイエスさまの信者ですが、イエスさまによると信者を迫害することはつまり、イエスさま本人を迫害することになるようです。Matthew 25:40(マタイの福音書第25章40節)ではイエスさまがたとえ話の中で『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』([新改訳])と言っていますが。まったくこれと符合します。

第6節、イエスさまはサウロにダマスコの町へ入るように命じます。そこでするべきことが告げられるのです。

第7節、サウロには同行者がいました。サウロは大祭司の書簡を入手していますから、寺院の警備役が何名か同行していたのではないかと思われます。この人たちは天から降り注ぐ光の中で立ち尽くしています。超常現象の中で呆然と声を失っているのです。そして彼らにもイエスさまの声が聞こえましたが、誰の声なのか話している人の姿は見えません。

第8節、サウロはようやく立ち上がることができましたが視力を奪われています。このためサウロは同行者に手を引かれてダマスコに入りました。

第9節、ダマスコに到着したサウロは三日の間、目が見えず、またその間は飲むことも食べることもしませんでした。

第10節、サウロの元へイエスさまが派遣したのが、ダマスコにいた信者のアナニヤです。

サウロのところへ行けと命じられたアナニヤは第13節で反論しますが、この反応はよく理解できます。なにしろイエスさまは信者を残虐に迫害することで悪名高いあのサウロのところへ行きなさい、と言うのですから。どうかお願いですから、それだけは勘弁してください、と思うのも当然です。このときのアナニヤはまさかそのサウロが信者となり、今度は誰よりも勇気と信念を持って地中海一帯へ福音を伝えていく使徒となろうとは、また新約聖書に収められるたくさんの書簡の記述者になろうとは、それほどの変化がサウロに訪れようとは夢にも思わなかったでしょう。聖書の中で神さまが行うことは、往々にしてこういう「まさか」の実現なのです。神さまの「奇跡」は、人間が考えるような完璧で最高のプランとは異なり、本来ならありえないことが起こる、そういう奇跡なのです。

第15節~第16節、イエスさまは「サウロは、私のメッセージを異邦人や王たち、そしてもちろんイスラエルの人々に運ぶために私が選んだ道具だからです。そして私は彼が私の名前のためにどれほど苦しまなければならないかを彼に示すつもりです。」と言っています。この後サウロは常人では考えられないほどの何重もの苦難をくぐり抜けて、たくさんの人に福音を伝える伝道の人生を歩んでいくのですが、サウロはそこに真の喜びを見いだします。

聖書には人は蒔いた種は刈り取らなければならない、と書いた箇所がありますが、サウロが乗り越えた何重もの苦難はもしかすると、このときまでに自分の蒔いた種を刈らされているのかも知れません。しかしその苦難を受けることが喜びとなる、つまり自分の蒔いた邪悪の種さえも、神さまに捧げる仕事の中で刈り取ることができ、その仕事の成果から善の結果が生まれていくのを自分の目や耳で確認し、それを神さまに喜んでいただけることを知るのです。人はこういう形で神さまが作られる計画の素晴らしさに出会うと、信仰を本当に強めることができるのだろうと思います。

第17節、サウロを恐れるアナニヤが最初に呼びかけた言葉は、「兄弟サウロよ」でした。これもなかなか出来ることではないと思います。イエスさまの言葉を信じ、聖霊に導かれて発した信者としての愛の言葉だと思います。

第18節、サウロが再び視力を取り戻す様子が書かれていますが、これがそのまま今日の慣用句の「目からうろこが落ちる」(the scales drop from one’s eyes )の元になっています。


english1982 at 22:00│使徒の働き