2015年08月25日

使徒の働き第7章第44節~第60節:ステパノが最高議会に向けて話す(続き)

第7章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


44 "Our ancestors carried the Tabernacle with them through the wilderness. It was constructed in exact accordance with the plan shown to Moses by God.

44 私たちの父祖たちは荒野の中を幕屋と共に移動しました。幕屋は神さまがモーゼに示した計画書とまったく同じに造られていました。

45 Years later, when Joshua led the battles against the Gentile nations that God drove out of this land, the Tabernacle was taken with them into their new territory. And it was used there until the time of King David.

45 何年も経って、ヨシュアが異邦人との戦いを率いたとき、この異邦人たちは神がこの土地から追い払ってくださったのですが、幕屋も新しい土地へと運び入れられ、ダビデ王の時代まで使われ続けたのです。

46 "David found favor with God and asked for the privilege of building a permanent Temple for the God of Jacob.

46 ダビデ王は神さまの目に叶いましたので、ヤコブの神さまのために常設の寺院を建設する栄誉を賜りたいと願いました。

47 But it was Solomon who actually built it.

47 けれども実際にそれを建てたのはソロモンでした。

48 However, the Most High doesn't live in temples made by human hands. As the prophet says,

48 しかしいと高き方は人が手で造った寺院にはお住みになりません。それについては預言者も語っています。

49 `Heaven is my throne, and the earth is my footstool. Could you ever build me a temple as good as that?' asks the Lord. `Could you build a dwelling place for me?

49 『天は私の王座、地は私の足台。それほどの寺院を私のために建てられると言うのか。主は言われます。あなた方には私の住む場所が建てられるのか。

50 Didn't I make everything in heaven and earth?'

50 天と地にあるものはすべて私が造ったのではないか。

51 "You stubborn people! You are heathen at heart and deaf to the truth. Must you forever resist the Holy Spirit? But your ancestors did, and so do you!

51 手に負えない者どもよ。あなた方の心には不信があり、真実には耳を開かない。あなた方は永遠に聖霊に逆らい続けなければならないのですか。あなた方の父祖たちはそうだったのだから、あなた方もそうなのだ。

52 Name one prophet your ancestors didn't persecute! They even killed the ones who predicted the coming of the Righteous One -- the Messiah whom you betrayed and murdered.

52 あなた方の父祖たちが迫害しなかった預言者が一人でもいただろうか。父祖たちは正しい方の到来を予告した預言者を殺したのではないか。この正しい方とは、あなた方が裏切り殺した救世主のことです。

53 You deliberately disobeyed God's law, though you received it from the hands of angels."

53 あなた方は意図的に神さまの律法に背いたのです。律法はあなた方が天使の手から受け取ったものなのに。」

54 The Jewish leaders were infuriated by Stephen's accusation, and they shook their fists in rage.

54 ステパノの告発を聞くとユダヤの指導者たちは激怒し、こぶしを振って怒りを示しました。

55 But Stephen, full of the Holy Spirit, gazed steadily upward into heaven and saw the glory of God, and he saw Jesus standing in the place of honor at God's right hand.

55 しかし聖霊に満たさたステパノは、一心に天を見つめ、神さまの栄光と、神さまの右の栄誉ある場所に立っておられるイエスさまを見ました。

56 And he told them, "Look, I see the heavens opened and the Son of Man standing in the place of honor at God's right hand!"

56 ステパノはユダヤの指導者たちに言いました。「見なさい。私には見えます。天が開き人の子が神さまの右の栄誉ある場所に立っておられます。」

57 Then they put their hands over their ears, and drowning out his voice with their shouts, they rushed at him.

57 指導者たちは耳をおおい、大声で叫んでステパノの声を打ち消しながら、一斉にステパノに殺到しました。

58 They dragged him out of the city and began to stone him. The official witnesses took off their coats and laid them at the feet of a young man named Saul.

58 人々はステパノを町の外に引きずり出して石で打ち始めました。役人の証人たちは自分たちの上着を脱いでサウロという青年の足もとに置きました。

59 And as they stoned him, Stephen prayed, "Lord Jesus, receive my spirit."

59 指導者たちがステパノを石打ちの刑に処していると、ステパノが祈って言いました。「主イエスさま、私の霊をお受けください。」

60 And he fell to his knees, shouting, "Lord, don't charge them with this sin!" And with that, he died.

60 ステパノはひざまずいて、叫びました。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」これを言うとステパノは死にました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第7章です。

初期の教会で、おそらくディアスポラ系のギリシヤ語を話すユダヤ人を代表となるべく選ばれた七人のリーダーのうち、筆頭格のステパノは驚くべき不思議としるしを行って人々に福音を伝えていました。ところが活動先のディアスポラ系の会堂の人たちから議論を挑まれ、告発を受けて逮捕されてしまいます。ステパノは最高議会の前へ引き出されて大祭司の尋問を受けますが、ステパノは逆にこれを福音を伝える好機ととらえて長いスピーチを始めました。

ステパノが語る話は旧約聖書の「Genesis(創世記)」から始まる、ユダヤ人なら誰でも知っているユダヤ民族の歴史です。国王に次ぐ国家のナンバー2の座にまで上り詰めたヨセフの功績で、一時は寄留先のエジプトで手厚い庇護を受けていたユダヤ人でしたが、ヨセフの功績をよく知らない王へと国王の代が移ると、ユダヤ人はエジプト人への脅威に映るようになりました。やがてユダヤ民族は奴隷の身分へと落とされ、重税を課されて過酷な生活を強いられるようになります。神さまはモーゼを遣わしてユダヤ人をこの窮状から脱出させますが、脱出後に神さまの怒りを買ったユダヤ人は、パレスチナの約束の地に入るまで、40年間も砂漠を放浪する羽目になりました。

今回はこの続きです。

本日第44節からは「寺院」についての説明になります。

第44節に登場する「幕屋」(Tabernacle)はエルサレムの寺院の原型です。「幕屋」はモーゼが神さまから詳細な設計を預かった仮設式の移動神殿です。詳細な設計は旧約聖書のExodus 25(出エジプト記第25章)以降に長々と書かれています。 砂漠を放浪するユダヤ人は最初に仮設神殿を設計どおりに完成させると、その後は民族の移動に合わせて、その都度仮設神殿を解体して運び、再び移動先で組み立てると言うプロセスを繰り返しました。これが「幕屋」です。幕屋はユダヤ人が約束の地のパレスチナに入った後もずっと使われ続け、それから500年ほど経ってダビデがイスラエルの王となったときに、ダビデによって建築物としての常設の神殿の設計図が書かれ、それを実際に寺院として建築したのがダビデ王の後を継いだソロモン王でした。

さて今回ステパノがサンヘドリンの前へ引き出されたのはなぜだったでしょうか。Acts 6:13-14(第6章第13節~第14節)にこのように書かれていました。「13 そして、偽りの証人たちを立てて、こう言わせた。「この人は、この聖なる所と律法とに逆らうことばを語るのをやめません。14 『あのナザレ人イエスはこの聖なる所をこわし、モーセが私たちに伝えた慣例を変えてしまう』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」([新改訳])。 ステパノがどこかでイエスさまが寺院を破壊する、モーゼが神さまから預かって以降伝えられてきている律法や慣習法を変える、と話しているのを聞いた、これは寺院と律法に逆らう言葉だ、と言うのが告発の内容です。

第49節~第50節でステパノは旧約聖書から引用して、その寺院がどのような位置づけであるかを説明して行きます。Isaiah 66:1-2(イザヤ書第66章第1節~第2節)です。

「1 主はこう仰せられる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。わたしのために、あなたがたの建てる家は、いったいどこにあるのか。わたしのいこいの場は、いったいどこにあるのか。2 これらすべては、わたしの手が造ったもの、これらすべてはわたしのものだ。――主の御告げ――わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ。」([新改訳])

ソロモンが神殿を建築したときに自信の祈りの中でも次のように言っています。1 Kings 8:27-29(列王記第1第8章第27節~第29節)、「27 それにしても、神ははたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。28 けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが、きょう、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。29 そして、この宮、すなわち、あなたが『わたしの名をそこに置く』と仰せられたこの所に、夜も昼も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください。」([新改訳])。

主なる神さまは、天地全ての創造者であり、無限の空間を埋め、時間を超越して存在する方なので、どれほどの贅をこらして建てられたものであっても、人間の建てた小さな寺院に収まるような存在ではありません。もちろんエルサレムの寺院は神さまが正式に建築を許した唯一の神殿なのですから、それなりの敬意を払う必要はありますが、寺院という建物は神さまそのものと比したら、比べることのできないくらい矮小なものなのです。それは神さまを信じる人々がいけにえや祈りを捧げる目的のために用意された、ひとつの窓口に過ぎないのです。ところがステパノを告発した理由や根拠の中では、神さまそのものへの敬意の前に、「寺院」や「律法」という、神さまに代わる表面的なもの、形式的なものが重視され、これに対する冒涜が理由とされてしまっています。神さまは表面的な信仰、形式的な信仰ではなく、神さまそのものを信じ崇拝し、救世主イエスさまを通じた礼拝を求めているのです。

第51節の[NLT]、「You stubborn people!」を私は「手に負えない者どもよ」と訳しましたが、これは神さまが繰り返しユダヤ人に告げた言葉です。たとえばExodus 9-10(出エジプト記第33章第9節~第10節では神さまがモーゼに告げています。

「9 主はまた、モーセに仰せられた。「わたしはこの民を見た。これは、実にうなじのこわい民だ。10 今はただ、わたしのするままにせよ。わたしの怒りが彼らに向かって燃え上がって、わたしが彼らを絶ち滅ぼすためだ。しかし、わたしはあなたを大いなる国民としよう。」([新改訳])。

この「うなじのこわい民」が「stubborn people」にあたる部分です。がんこな、強情な、扱いにくい、手に負えない人たちの意味です。神さまはユダヤ人が余りにがんこで強情で、神さまをいっこうに信じようとしないので、ときにユダヤ人を滅ぼしてしまおうとします。モーゼは幾度も間に入って神さまをなだめます。

ステパノはここに至って指導者たちに向かって、あたかも神さまのように「You stubborn people!(手に負えない者どもよ)」と呼びかけていることになります。これは確実に指導者たちの怒りを買うことでしょう。

第52節がいよいよステパノの主張のクライマックスです。「あなた方の父祖たちが迫害しなかった預言者が一人でもいただろうか。父祖たちは正しい方の到来を予告した預言者を殺したのではないか。この正しい方とは、あなた方が裏切り殺した救世主のことです。」  旧約聖書の中ではたくさんの預言者たちが神さまの言葉を預かって登場し、ユダヤ人に警告を発しました。そのような警告はユダヤ人や王たちの耳には厳しく響き、結果として預言者たちは激しい迫害を受けて、ときには追放され、ときには殺されてしましました。これらの過去の預言者たちは、ユダヤ人が自分たちの罪を認めて神さまに立ち返る必要があることを告げ、さもなければ国外追放の罰が下ると予告しました。そしてやがて救世主が来ることを予告しました。ステパノはその待望の救世主は指導者たちがローマ帝国に引き渡して殺させたイエスさまだったのだ、と言っています。これがステパノの結論です。

この演説を聞いてユダヤの指導者たちは激怒します。

第55節~第56節、ステパノは天が開いて神さまの右の位置に立つイエスさまが見える、と言っています。これはイエスさまが処刑前に受けた尋問で大祭司に答えた内容と符合します。Matthew 26:63-64(マタイの福音書第26章第63節~第64節)です。「63 しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」 64 イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」([新改訳])。 自分には神さまの右にいるイエスさまが見えるというステパノの発言が、あまりにも畏れ多く、しかもそのイエスさまを殺した罪が自分たちになすりつけられているのを聞いて、ユダヤの指導者たちにはもはや許容できなくなります。

第57節~第58節、指導者たちは耳を覆いながら大声で叫んでステパノへと殺到し、ステパノを町の外へ連れ出して石を投げて打ち殺してしまいます。こうやって人を集団で石で打ち殺すのは、神さまを冒涜した人に対して行われていた「石打ちの刑」で、これはモーゼが神さまから預かった律法の中に定められています。Deuteronomy 17:2-7(申命記第17章第2節~第7節)です。

「2 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる町囲みのどれでも、その中で、男であれ、女であれ、あなたの神、主の目の前に悪を行ない、主の契約を破り、3 行ってほかの神々に仕え、また、日や月や天の万象など、私が命じもしなかったものを拝む者があり、4 それがあなたに告げられて、あなたが聞いたなら、あなたはよく調査しなさい。もし、そのことが事実で、確かであり、この忌みきらうべきことがイスラエルのうちに行なわれたのなら、5 あなたは、この悪事を行なった男または女を町の広場に連れ出し、男でも女でも、彼らを石で打ちなさい。彼らは死ななければならない。6 ふたりの証人または三人の証人の証言によって、死刑に処さなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない。7 死刑に処するには、まず証人たちが手を下し、ついで、民がみな、手を下さなければならない。こうしてあなたがたのうちから悪を除き去りなさい。」([新改訳])。

しかしたとえ律法にかなっていることだとはいえ、イエスさまの処刑には最高議会であるサンヘドリンの議決と、ローマ帝国総督ピラトによる判決、そしてローマ帝国兵士による死刑が必要であったのに、今回のステパノの処刑はあまりにも突然で衝動的な行動になってしまっています。場合によると舞台は最高議会のサンヘドリンではなくて、エルサレム内のディアスポラ系の会堂のひとつで、ここで行われた私刑(リンチ)だったのかも知れません。イエスさまも福音書の中で、一度会堂の集会で怒りを買って殺されかけています。そのような私刑は珍しいことではなく、ローマ帝国もそのような征服民の私刑の一つ一つに関与するほどの手間をかけなかったのかも知れません。

第58節に登場しているサウロという青年は、新約聖書に収められた多数の書簡(「~への手紙」という本)を書いたパウロのことです。パウロに関する話は第9章に登場します。パウロはディアスポラ系のユダヤ人ですから、この場に居合わせたのにも納得ができます。

第59節~第60節、石打ちの刑で殺されていくステパノは「主イエスさま、私の霊をお受けください。主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」と言っています。 これはイエスさまご自身の言葉を思い出させます。Luke 23:34(ルカの福音書第23章第34節の「そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」」と、Luke 23:46(同第46節)の「イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。」です(ともに[新改訳])。

こうしてステパノは迫害による最初の殉教者となりました。


english1982 at 19:00│使徒の働き