2015年08月25日

使徒の働き第7章第17節~第29節:ステパノが最高議会に向けて話す(続き)

第7章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


17 "As the time drew near when God would fulfill his promise to Abraham, the number of our people in Egypt greatly increased.

17 神さまがアブラハムと結んだ約束を果たす時が近づくと、我々の民族の数はエジプトで大いに増えました。

18 But then a new king came to the throne of Egypt who knew nothing about Joseph.

18 しかしその後、ヨセフのことを何も知らない別の新しい王がエジプトの王位に就きました。

19 This king plotted against our people and forced parents to abandon their newborn babies so they would die.

19 この王は私たちの民族に対して策略を巡らし、親たちに生まれたばかりの赤子を捨てて殺すように強要したのです。

20 "At that time Moses was born -- a beautiful child in God's eyes. His parents cared for him at home for three months.

20 この頃、モーゼが生まれました。神さまの目に素晴らしく映る子供です。両親は三か月の間、モーゼを家で育てました。

21 When at last they had to abandon him, Pharaoh's daughter found him and raised him as her own son.

21 ついに両親がモーゼを捨てなければならない時が来ると、パロ(エジプトの王)の娘がモーゼを見つけて自分の子供として育てたのです。

22 Moses was taught all the wisdom of the Egyptians, and he became mighty in both speech and action.

22 モーゼはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にも行動にも力をつけました。

23 "One day when he was forty years old, he decided to visit his relatives, the people of Israel.

23 モーゼが四十歳のある日、モーゼは自分の親戚、イスラエルの人々を訪れる決心をしました。

24 During this visit, he saw an Egyptian mistreating a man of Israel. So Moses came to his defense and avenged him, killing the Egyptian.

24 この訪問のときにモーゼはひとりのエジプト人があるイスラエル人に酷い仕打ちをしているのを見ました。モーゼはその人をかばい、エジプト人を殺して仕返しをしたのです。

25 Moses assumed his brothers would realize that God had sent him to rescue them, but they didn't.

25 モーゼは同胞たちが自分たちの救済のために神さまがモーゼを遣わしたことがわかるだろうと考えましたが、そうではありませんでした。

26 "The next day he visited them again and saw two men of Israel fighting. He tried to be a peacemaker. `Men,' he said, `you are brothers. Why are you hurting each other?'

26 翌日モーゼが再度同胞のもとを訪れるとイスラエル人ふたりが争っているのを見ました。モーゼは和解させようとして言いました。『あなたがたは兄弟なのです。どうしてお互いに傷つけ合うのですか?』

27 "But the man in the wrong pushed Moses aside and told him to mind his own business. `Who made you a ruler and judge over us?' he asked.

27 しかし悪さをしていた男はモーゼを押しのけて、余計なことをしないようにと言いました。『誰があなたを私たちの支配者や裁判官に任命したのですか?

28 `Are you going to kill me as you killed that Egyptian yesterday?'

28 昨日エジプト人を殺したように、あなたは私も殺すつもりですか?』

29 When Moses heard that, he fled the country and lived as a foreigner in the land of Midian, where his two sons were born.

29 この言葉を聞くと、モーゼはエジプトの国から逃げて、ミデアンの地で外国人として寄留しました。そこで男の子ふたりをもうけました。





ミニミニ解説

「使徒の働き」の第7章です。

初期の教会で、おそらくディアスポラ系のギリシヤ語を話すユダヤ人を代表する七人のリーダーのうち、筆頭のステパノは人々の間で驚くべき不思議としるしを行って人々に福音を伝えていました。ところがディアスポラ系の会堂の人たちから議論をふっかけられ、告発を受けて逮捕されてしまいます。ステパノはサンヘドリンの前へ引き出されて大祭司の尋問を受けますが、これを福音を伝える好機ととらえて長いスピーチを始めました。そのとき聖霊に満たされたステパノの顔が天使のように光り輝きました。

ステパノの話は旧約聖書の「Genesis(創世記)」から始まる、ユダヤ人なら誰でも知っている民族の歴史です。前回は神さまからユダヤ人の父祖として選ばれたアブラハムの子孫が、三代目のヤコブの息子ヨセフがエジプトへ奴隷として売られたことをきっかけとして、民族全体が一度エジプトへ移り住み、そこで四百年という年月を寄留民として過ごすことになる話でした。今回はその続きです。

エジプトを飢饉の危機から救った功績で、国王に次ぐ国家のナンバー2の座にまで上り詰め、その恩恵によってエジプト国内で手厚い庇護を受けてきたユダヤ民族でしたが、国王の代が移り、ヨセフの功績をよく知らない王が王座を占めるようになると、異邦人であるはずなのに国内で人口を増やし、大きな顔をして歩いているユダヤ民族が目につくようになってきます。王にはユダヤ人の増殖がエジプト人に対する脅威に映ります。こうしてユダヤ民族はやがてエジプト人の奴隷の身分へと落とされ、さらには民族の人口の増加を抑えるためにユダヤ人に赤子を捨てさせてる措置がとられます。このようなユダヤ民族の窮状を目にし、また神さまに対する助けの声を耳にして、神さまがユダヤ人に遣わしたのが預言者モーゼです。

モーゼは王室の命令どおり、生後三ヶ月で捨てられるのですが、王の娘が捨てられたモーゼを見つけます。王の娘はモーゼの美しさに目を奪われて自分で育てることにします。結果としてモーゼは繁栄を誇るエジプト王室の環境下で、最高の教育を受けて育つことになります。モーゼはそのままエジプトの王室で、ぬくぬくとした一生を送ることもできたのでしょうが、ある日自分の民族を訪ねてみようと思い立ちます。ところが訪問の旅先でエジプト人を殺してしまい、さらには自分の民族からも告発を受けてエジプトの地を後にします。

このように旧約聖書の中で神さまが送り出すヒーローは、ぬぐい去ることのできない過去を持っていたり、社会の中で見下されるような境遇から出てくるケースが多いのです。それはなぜなのでしょうか。神さまはたとえばスーパーマンのような超人を送って、あっと言う間に事態を解決させることもできるのでしょうが、それは行いません。

全知全能の神さまは、いまこの瞬間もそこに存在して宇宙を支配しています。地球上でどれほどの数の人間が神さまの存在を知っていようと知るまいと、その事実は変わりません。神さま自身が創造主として支配者としての自分を知っているのですから、自分の存在や力をわざわざ人間に誇示したり証明する必要はありません。だからきっと聖書の神さまが起こす「奇跡」のケースのほとんどが、その手の超人的な奇跡ではないのです。逆に「まさかあり得ない!」「こんな人がこんなことをするの?」と言うような、人間の通常の発想を覆すような不思議な出来事、それが聖書の神さまが起こす「奇跡」なのです。

このため他の人が端から見ただけではそれが奇跡であるとはわからないのです。注意深く観察しないと、一端を見ただけではわかりません。「ふうん、そういう不思議なこともあるんだねぇ」と一言で片づけることもできるのです。ところが奇跡を経験した本人には、それが本来なら起こり得なかったこと、奇跡であること、そこに神さまの摂理が働いていることが明らかなのです。

ここに「信仰」の秘密があると思います。偶然なのではないか、思い違いなのではないかと疑い始めればきりのないことです。でも冷静に順を追って考えれば、それが奇跡であると、つまりそこに神さまの意志が働いていると考えた方が説明がしっくり来ることがあるでしょう。それを神さまのされることと、どれくらい当たり前に信じられるか、それが「信仰」のあり方だと思います。日頃神さまの存在について考えさせられることは、スケールの大きな事柄から、自分の周辺で起こる小さな事まで実にたくさんたくさんあります。私はすべての出来事は、宇宙の「創造主」や「管理者」を想定した方が、よほど理解しやすいと思うのです。

次回もステパノの話が続きます。



english1982 at 21:00│使徒の働き