2015年08月26日

使徒の働き第6章第8節~第15節:ステパノが逮捕される

第6章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Stephen Is Arrested

ステパノが逮捕される


8 Stephen, a man full of God’s grace and power, performed amazing miracles and signs among the people.

8 ステパノは神さまの恵みと力とに満ちた人で、人々の間で驚くべき不思議としるしを行なっていました。

9 But one day some men from the Synagogue of Freed Slaves, as it was called, started to debate with him. They were Jews from Cyrene, Alexandria, Cilicia, and the province of Asia.

9 しかしある日、「解放された奴隷」と呼ばれた会堂の何名かがステパノと議論を始めました。その人たちはクレネ、アレキサンドリヤ、キリキヤ、アジヤから来たユダヤ人でした。

10 None of them could stand against the wisdom and the Spirit with which Stephen spoke.

10 彼らのうちでステパノが話す知恵と霊に対抗できる人はいませんでした。

11 So they persuaded some men to lie about Stephen, saying, “We heard him blaspheme Moses, and even God.”

11 そこで彼らはある人々を説きつけてステパノについて次のように嘘をつかせました。「私たちはステパノがモーゼと、神さえもを冒とくするのを聞きました。」

12 This roused the people, the elders, and the teachers of religious law. So they arrested Stephen and brought him before the high council.

12 これが民衆と長老たちと律法学者たちを激昂させました。彼らはステパノを捕らえ、最高議会の前に連れて行きました。

13 The lying witnesses said, “This man is always speaking against the holy Temple and against the law of Moses.

13 嘘つきの証人たちは言いました。「この人はいつも神聖な寺院とモーゼの律法に逆らう発言をしています。

14 We have heard him say that this Jesus of Nazareth will destroy the Temple and change the customs Moses handed down to us.”

14 私たちはステパノが、ナザレのイエスが寺院を破壊し、私たちに伝えられたモーゼの慣習法を変えるだろう、と言うのを聞きました。」

15 At this point everyone in the high council stared at Stephen, because his face became as bright as an angel’s.

15 このとき最高議会の全員がステパノを見つめました。それはステパノの顔が天使の顔のように輝いていたからです。





ミニミニ解説

「使徒の働き」の第6章です。

前回、爆発的に増加する信者たちの間で不和が生じました。不和はギリシヤ語を話すユダヤ人とヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人の間に生じ、このうちギリシヤ語を話すユダヤ人とは、もともとローマ帝国領内の各地に共同体を築いて住んでいた「ディアスポラ」と呼ばれるユダヤ人で、ユダヤの毎年の祭りの際に巡礼して帰国したり、老後をエルサレム周辺で暮らす願いを実現して移住してきたような人たちだと説明しました。不和の解決等の問題に対処させるために十二人の使徒の他に、七人のリーダーが選ばれました。聖書にはそれが「ステパノ(信仰と聖霊とに満ちた人)、ピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、そしてアンテオケのニコラオ(初期のユダヤ教への改宗者)」だと書かれていました。

今回の話に登場するのはその七人の筆頭のステパノですが、今回の第8節には「ステパノは神さまの恵みと力とに満ちた人で、人々の間で驚くべき不思議としるしを行なっていました。」と書かれています。おや、と思うのは、この活動は十二使徒がやっていることとまったく同じです。十二使徒を余計な心配事から解放するために、食糧配給等の諸問題を解決する作業とは異なり、十二使徒と同じように、驚くべき不思議としるしを行なって人々を集め、福音伝道の活動をしているのです。「使徒の働き」の後の章では、七人の二番目に名前が登場したピリポが登場し、そこでもやはりピリポは福音を伝える仕事をしています。また七人の最後のニコラオには「アンテオケの」という説明がついていますが、「アンテオケ」はシリアのアンティオキアのことで、ディアスポラの共同体のあったイスラエル国外の町のひとつです。

第9節、ステパノは「解放された奴隷」と呼ばれる会堂所属の人たちから議論をふっかけられますが、その人たちは「クレネ、アレキサンドリヤ、キリキヤ、アジヤから来たユダヤ人」と書かれており、これらはみなディアスポラが居住していた国外の地域になります。このように見てくるとどうやら初期の教会の構成員は、ギリシヤ語を話すディアスポラ系のユダヤ人とヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人の二つのグループに別れていて、十二使徒は後者のヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人側を代表し、追加で選ばれた七人は前者のギリシヤ語を話すディアスポラ系のユダヤ人側を代表するために選ばれたのではないかと思われます。そしてステパノはディアスポラ系の代表として、ディアスポラ系の人たちの集まる会堂を中心に福音伝道の活動を行い、その途中でステパノの伝えるメッセージの内容がディアスポラ系ユダヤ人の気持ちを害し、結果として彼らから議論をふっかけられるような展開を招いたのです。

この後、「使徒の働き」では、パウロがどのように改宗したかのいきさつが説明され、その後はパウロによる福音伝道の旅の様子が記述されていきます。そのパウロは以前も引用したように、Acts 22:3(使徒の働き第22章第3節)で「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが」(新改訳)と自己紹介しています。つまりパウロもまた国外でギリシヤ語を話すディアスポラ系ユダヤ人のひとりだったのです。パウロは伝道の旅先でギリシヤ語を話すディアスポラ系のユダヤ人とヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人が対立する問題に直面し、ペトロと共に不和の原因を取り除く役割を果たします。今回、ステパノが巻き込まれる事件は、二つのグループの対立の第一弾とも言える出来事です。

第10節、「クレネ、アレキサンドリヤ、キリキヤ、アジヤから来たユダヤ人」はステパノに議論をふっかけますが、ステパノは「信仰と聖霊とに満ちた人」ですから、とても太刀打ちできません。

第11節、そこで彼らは一部の人たちを扇動して「私たちはステパノがモーゼと神さえもを冒とくするのを聞きました」と偽証させて、ステパノを逮捕させます。

逮捕されたステパノは最高議会の前へ引き出されますが、第14節にはその訴えの内容が書かれています。そこには「私たちはステパノが、ナザレのイエスが寺院を破壊し、私たちに伝えられたモーゼの慣習法を変えるだろう、と言うのを聞きました」とあります。これを読むと、これはおそらく言いがかりではなくて、聖霊に導かれたステパノがそれに近いことを言って伝道している様子が想像できます。前半の「ナザレのイエスが寺院を破壊し」と言うのは、イエスさまの「寺院を破壊すれば、私はそれを三日で建て直す」と発言した内容を容易に連想させます。

イエスさまは神さまの救いは人々が崇拝する寺院などの建造物にあるのではなくて、神さまが人類救済のために送った救世主にあるのだ、と言っているのです。その証拠として神さまはイエスさまを死者の中から三日目によみがえらせます。 イエスさまは実際に寺院を破壊したいわけではありません(それどころか「神さまの家」である神聖な寺院を金儲けの手段として利用しているサドカイ派を攻撃しました)が、当時のユダヤ人にとってエルサレムの寺院は信仰の中心に位置するのですから、寺院を軽視する発言は、どのような形にせよ、それだけで死罪にあたるほどの神さまに対する冒とくなのです。

後半の「私たちに伝えられたモーゼの慣習法を変えるだろう」の部分は、イエスさまとファリサイ派の対立を思い出させます。ファリサイ派は律法遵守を何よりも重視し、律法と慣習法のすべてを間違いなく守ることだけが神さまの目に正しく映る道と信じ、それを実践して人々の尊敬を集めていました。イエスさまは律法はとても大切なものだし、すべてを守るべきだと発言しています。しかしその根本には、律法はもともと神さまが、頑固なユダヤ人に手を焼いて、神さまの意志を示した文書として仕方なく定め、それをモーゼを介して渡したものだという知恵があります。神さまを100%信じて疑わない人、神さまの意志を100%行動に移せる人には律法は必要ありません。律法はそれができない人のために仕方なく定められたものなのです。モーゼはそのことをよくわかっていましたし、イエスさまは律法制定者である神さまの視点から律法を説いて人々を驚かせました。そして自分はその神さまの意志である律法を成就するために来たのだと発言して、自分を律法の上に位置づけました。そのような律法を軽視する発言も、それがどのような意図で発言されたとしても、当時のユダヤ人にとってはやはり死罪にあたるほどの神さまに対する冒とくなのです。

おそらくこのときのステパノは、パウロやペテロがやがて聖霊を通じて知ることになる、旧約聖書を成就するイエスさまの福音の意味、それが具体的にどうような形でユダヤ人である自分たちの信仰生活に影響を与えるのか、それを先取りしてしまっているのです。

第15節、そしてこのとき、最高議会の室内にいた全員がステパノを見つめざるを得ない状況になりました。それはステパノの顔が天使の顔のように輝いて光を発していたからです。イエスさまの全身が山上で変貌した際にまばゆく白く輝いたように、また神さまと会った後のモーゼの顔が青白く輝いたように、発言を前にして聖霊に満たされたステパノの顔も異様に光り輝きます。

次回以降、これを福音伝道の好機ととらえたステパノが、最高議会の議員たちを前に長い演説を開始します。



english1982 at 21:00│使徒の働き