2015年08月29日

使徒の働き第3章第12節~第26節:ペテロが寺院で説教する

第3章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Peter Preaches in the Temple

ペテロが寺院で説教する


12 Peter saw his opportunity and addressed the crowd. “People of Israel,” he said, “what is so surprising about this? And why stare at us as though we had made this man walk by our own power or godliness?

12 ペテロは好機だと見ると人々に向けて話しかけました。ペテロは言いました。「イスラエル人たち、これの何に驚くのですか。そしてなぜ、まるで私たち自身の力や信仰の深さによって、私たちがこの男の人を歩かせたかのように私たちを見つめるのですか。

13 For it is the God of Abraham, Isaac, and Jacob -- the God of all our ancestors -- who has brought glory to his servant Jesus by doing this. This is the same Jesus whom you handed over and rejected before Pilate, despite Pilate’s decision to release him.

13 なぜならそれはアブラハム、イサク、そしてヤコブの神さま、すなわちすべての私たちの祖先の神さまが、これを行うことによって神さまのしもべであるイエスさまに栄光をもたらしたのです。それはあなた方が引き渡し、ピラトの面前で、ピラトが釈放を決めたのにも関わらず拒絶したのと同じイエスさまのことです。

14 You rejected this holy, righteous one and instead demanded the release of a murderer.

14 あなた方はこの神聖で正しい方を拒絶し、代わりに人殺しの釈放を求めました。

15 You killed the author of life, but God raised him from the dead. And we are witnesses of this fact!

15 あなた方はいのちの創造主を殺しました。しかし神さまはイエスさまを死者の中からよみがえらせたのです。そして私たちはこの事実の証人です。

16 “Through faith in the name of Jesus, this man was healed -- and you know how crippled he was before. Faith in Jesus’ name has healed him before your very eyes.

16 イエスさまの名前に対する信仰に基づき、この男の人は癒やされました。そしてあなた方は彼が以前どれほど身体が不自由だったかを知っています。イエスさまの名前に対する信仰が、あなた方の目の前で彼を癒やしたのです。

17 “Friends, I realize that what you and your leaders did to Jesus was done in ignorance.

17 友よ、私はあなた方とあなた方の指導者たちがイエスさまにしたことは、無知のためであったと知っています。

18 But God was fulfilling what all the prophets had foretold about the Messiah -- that he must suffer these things.

18 しかし神さまはすべての預言者たちが救世主について、救世主はこれらのことに苦しまなければならないと予告したことを実現していたのです。

19 Now repent of your sins and turn to God, so that your sins may be wiped away.

19 さぁ、あなた方の罪がぬぐい去られるように、自分たちの罪を悔いて神さまに向き直りなさい。

20 Then times of refreshment will come from the presence of the Lord, and he will again send you Jesus, your appointed Messiah.

20 そうすれば主の面前からやり直しの時が来て、神さまは再び、あなた方に救世主と定められたイエスさまを、あなた方に遣わしてくださいます。

21 For he must remain in heaven until the time for the final restoration of all things, as God promised long ago through his holy prophets.

21 それは神さまが神聖なる預言者たちを通して約束されたとおり、すべてのものが最後に回復されるときまで、イエスさまは天にとどまらなければならないのです。

22 Moses said, ‘The Lord your God will raise up for you a Prophet like me from among your own people. Listen carefully to everything he tells you.’

22 モーゼは言いました。『神さまである主はあなた方のために、私のようなひとりの預言者を、あなた方の中からお立てになる。その人があなた方に語ることすべてを注意深く聞きなさい。』

23 Then Moses said, ‘Anyone who will not listen to that Prophet will be completely cut off from God’s people.’

23 そしてモーゼは言いました。『その預言者に耳を傾けない者はだれでも、神さまの民から完全に切り離されます。』

24 “Starting with Samuel, every prophet spoke about what is happening today.

24 サムエルから始まって、すべての預言者が、今日起こっている出来事について話しました。

25 You are the children of those prophets, and you are included in the covenant God promised to your ancestors. For God said to Abraham, ‘Through your descendants all the families on earth will be blessed.’

25 あなた方はこれらの預言者たちの子孫なのです。そしてあなた方は神さまが、あなた方の祖先に約束した契約の中に含まれているのです。なぜなら神さまはアブラハムに言いました。『あなたの子孫を通じて地上のすべての家族が祝福される。』

26 When God raised up his servant, Jesus, he sent him first to you people of Israel, to bless you by turning each of you back from your sinful ways.”

26 神さまが、しもべであるイエスさまをよみがえらせたとき、神さまは最初にイエスさまをあなた方イスラエルの民に遣わしました。それはあなた方ひとりひとりを罪深い道から立ち返らせて、あなた方を祝福するためです。」




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第3章です。

前回、ペテロとヨハネがお祈りの礼拝に参加するために寺院へ出かけると、「美しい門」と呼ばれる門で、生まれつき足が不自由な男性と出会います。ふたりはこの人の足をイエスさまの名前によって癒やします。足を癒やされた男の人は、神さまを褒め称えながら跳びはねてふたちと共に寺院へ入っていきます。人々はそれが、いつも門のところにいる足の不自由な男だと気づき驚嘆します。そしていつもイエスさまの弟子たちが集まっているソロモンの回廊へ集まってきます。

第12節~第13節、ペテロは大勢の人々が癒やしの奇跡に驚いて集まってきたのを見て、これが福音を伝えるための説教をする好機だととらえ、話し始めます。ペテロは最初の呼びかけを「イスラエル人たち」と言って始めていて、これはつまり同じ神さまの契約の下に父祖アブラハムから開始された民族として、長きにわたる歴史と文化を共有する兄弟として人々に呼びかけているのです。これは聞き手の人たちの心を一度ただし、自分の言葉に注目させるのに効果的な呼びかけ方だと思います。・そしてペテロはこの奇跡を行ったのは、ペテロとヨハネのふたりではなく、神さまであると言います。それは神さまがイエスさまに栄光をもたらすために、つまり人々がイエスさまを褒め称えるように、この奇跡を行ったのだと言うのです。

ペテロはここで神さまのことを「アブラハム、イサク、そしてヤコブの神さま」と呼んでいますが、これは旧約聖書の「Exodus(出エジプト記)」に登場する神さまの呼び方です。神さまが最初にモーゼに名乗った名乗り方です。Exodus 3:1-6(出エジプト記第3章第1節~第6節)です。

「1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。2 すると主の使いが彼に、現われた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」 4 主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります」と答えた。5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」 6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。」([新改訳])。

ペテロはそのユダヤ民族として自分たちがよく知っている神さまが、自分たちを通して奇跡を行っており、それは結果としてふたりの師であるイエスさまに栄光をもたらしているのだと言っているのです。

第13節後半~第15節、ペテロは先に述べた「イエスさまに栄光をもたらす」の意味の説明に入ります。ペテロはそのイエスさまが、いま話を聞いている人たちを含むエルサレムのユダヤ人たちに拒絶され、殺されたのだと言います。総督のピラトからは、途中イエスさまの釈放を受け入れる発言があったにも関わらず、あなた方ユダヤ人がそれを拒絶してイエスさまを殺したのだと追い詰めます。イエスさまを殺したのはローマ帝国ではなく、ユダヤ人の側であると十字架死の意味を明確にします。しかし神さまは、そのイエスさまを死者の中からよみがえらせたと告げます。これもまた、神さまがイエスさまに栄光をもたらす超越的な奇跡の出来事ですが、イエスさまがよみがえったとは、聞いている人たちはこの時点では誰も知りませんから、人々を大いに驚かせます。ふたりはそのイエスさまの復活の事実の証人なのだと言います。

第16節、ペテロは聞き手の人たちが、足を癒やされた男の人がどのような状態だったかをよく知っているでしょう、と告げます。人々は、その人がいま目の前で歩き跳びはねるという奇跡を見ているのです。そのどう考えてもあり得ない奇跡の事実が、自分たちの言うイエスさまの復活を何よりも裏付けている、とペテロは言っているのです。

第17節~第18節、ユダヤ人たちがイエスさまを殺したのは、イエスさまに関する事実を知らなかったからだろう、そして救世主であるイエスさまが苦しまなければならないことは旧約聖書の中に予告されていたことで、神さまは預言者を通して予告した計画を実行しているだけなのですよ、と人々に助け船を出します。

第19節~第20節、だからいまユダヤ民族である自分たちは、イエスさまの十字架について自分たちがしたことの意味を理解し、自分たちの罪を悔いて神さまに向き直り、神さまに謝罪し、許しを請いなさいと言います。ペテロはそうすれば、神さまは再びイエスさまを遣わしてくださる、と言います。これは初期の教会で、イエスさまの早期の再来に対する期待がとても高かったことを伺わせます。そのときが「主の面前からやり直しの時」が来る瞬間なのです。

第21節、それはいつ起こるのか。それは少なくとも「すべてのものが最後に回復されるとき」が来るまでは起こらない、とペテロは言います。そのときまでイエスさまが天で神さまの右の座にとどまらなければならないことは、聖書に預言されているとおりだと言います。これは「終わりの日」に関する終末論に通じる発言と取ることができ、「Revelation(ヨハネの黙示録)」のような終末論思想が、ヨハネばかりでなく初期の教会では十分に共有されていた考え方なのだろうと見ることができます。

第22節~第26節、自分たちは同じ父祖を持つユダヤ人であり、旧約聖書の預言の正しさを信じる民なのだから、神さまが自分たちに遣わしてくださったイエスさまを信じようではありませんか、それが自分たちの罪を悔やみ、神さまに向き直り、そうやって神さまの期待に添うこととなるのだ、と説教は結ばれます。


english1982 at 21:00│使徒の働き