2015年08月30日

使徒の働き第2章第42節~第47節:信者たちが共同体を作る

第2章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Believers Form a Community

信者たちが共同体を作る


42 All the believers devoted themselves to the apostles’ teaching, and to fellowship, and to sharing in meals (including the Lord’s Supper), and to prayer.

42 信者たち全員が使徒たちの教えや、信者同士の親交や、食事を共にすることや(主の晩餐も含めて)、お祈りを熱心に行っていました。

43 A deep sense of awe came over them all, and the apostles performed many miraculous signs and wonders.

43 深い畏怖の念が信者全員に生じ、使徒たちはたくさんの奇跡のしるしと不思議を行いました。

44 And all the believers met together in one place and shared everything they had.

44 信者たち全員がひとつの場所に集い、持ち物のすべてを共有していました。

45 They sold their property and possessions and shared the money with those in need.

45 信者たちは財産や持ち物を売り、お金はそれを必要とする人たちと分け合いました。

46 They worshiped together at the Temple each day, met in homes for the Lord’s Supper, and shared their meals with great joy and generosity -- 

46 信者たちは毎日、寺院で共に礼拝し、主の晩餐のために家に集まり、大きな喜びと慣用をもって食事を共にしていました。

47 all the while praising God and enjoying the goodwill of all the people. And each day the Lord added to their fellowship those who were being saved.

47 そして常に神を賛美し、すべての人たちから好意を持たれていました。日々、主は救われる人たちを仲間に加えました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第2章です。

前回、ペテロの説教に心を指された人たちが、一日で3000人も信者に加わったと書かれていましたが、今回は最初に形成された教会の様子が書かれています。

第42節、信者たちが行っていたのは、使徒の教えを聞くこと、信者同士の親交を深めること、食事を共にすること、そしてお祈りをすることです。このうち「食事を共にすること」のところには、「including the Lord’s Supper(主の晩餐も含めて)」と注釈がついていて、これはつまり通常の食事と区別して、特別に「主の晩餐」という食事が行われていたことを意味します。

これは「最後の晩餐」と呼ばれる、イエスさまが逮捕される直前にイエスさまが弟子たちと共にした食事が下敷きになっていると思われます。ルカでは、Luke 22:14-20(ルカの福音書第22章第14節~第20節)です。

「14 さて時間になって、イエスは食卓に着かれ、使徒たちもイエスといっしょに席に着いた。15 イエスは言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。16 あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」 17 そしてイエスは、杯を取り、感謝をささげて後、言われた。「これを取って、互いに分けて飲みなさい。18 あなたがたに言いますが、今から、神の国が来る時までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」 19 それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行ないなさい。」 20 食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。」([新改訳])。

イエスさまはパンを裂いて弟子たちに与えるところで、「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行ないなさい」と言っていますから、パンを裂いて配ることをイエスさまに結びつけて行うことが、イエスさまから命じられていて、弟子たちはこれを忠実に実行したものと考えられます。食事の最初に家長がパンを裂いて神さまに感謝の祈りを捧げることはユダヤ人の通常の習慣で、これはすべての食事の時に行われていました。しかし「主の晩餐」では、特別にこの習慣をイエスさまに結びつけて、食事を共にする信者たちの間でイエスさまを思い出したのです。

第43節、信者たちは畏怖の念に打たれています。自分たちの共同体に、何か不思議な力が働いていることが信者全員に感じられて、信者たちは恐ろしい気持ちに支配されているのです。聖書では人が神さまと接するときに感じるのは「恐怖」です。神さまの偉大さや神聖さを前にすると人は自然と怖さを感じるのです。また第43節では、使徒たちがたくさんの奇跡のわざを行ったことが書かれています。どのような奇跡が行われたのか、そのいくつかはこの後にも登場して来ます。

第44節~第45節、初期の教会の共同体の活動を維持していくため、信者たちはすべての物を共有しています。そして自分の財産を売り、それを必要に応じて分け合っています。信者たちは個人の利害よりも、共同体の活動を最優先に考えて行動していたのです。これは驚くべきことですが、信者たちはどうしてそのようなことができたのでしょうか。それはきっと信者たちに明日への不安がなかったからでしょう。旧約聖書では明日に不安を抱くことは神さまに対する不信仰と考えられました。そして何よりも、当時の信者たちにはイエスさまが明日にも天から戻るだろうという、大きな期待と希望があったのではないかと思います。現代に生きる私たちにも大変勉強になる部分です。明日に不安を抱かないほどの神さまに対する信仰、イエスさまの再来についての大きな期待と希望、これは決して忘れてはいけない要素だと思います。

第46節、信者たちは毎日寺院に参拝しています。当時は午後三時が寺院でお祈りを捧げる時間とされていたので、信者たちはこの時間に寺院に参拝し、共にお祈りを捧げていたと考えられます。

第47節、このように神さまを賛美し、熱心に信仰生活を営む共同体の姿は、周囲の人たちから好意を持って迎えられ、信者の数は日々増えていったのです。



english1982 at 20:00│使徒の働き