2015年08月30日

使徒の働き第2章第1節~第13節:聖霊が訪れる

第2章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


The Holy Spirit Comes

聖霊が訪れる


1 On the day of Pentecost all the believers were meeting together in one place.

1 五旬節の日、信者全員が一つ所に集まっていました。

2 Suddenly, there was a sound from heaven like the roaring of a mighty windstorm, and it filled the house where they were sitting.

2 突然、天から激しい風がごうごう言うような音がして、信者たちの座っていた家をいっぱいにしました。

3 Then, what looked like flames or tongues of fire appeared and settled on each of them.

3 それから炎のような、あるいは火の舌のようなものが現われて、信者たちひとりひとりの上にとどまりました。

4 And everyone present was filled with the Holy Spirit and began speaking in other languages, as the Holy Spirit gave them this ability.

4 そしてそこにいた全員が聖霊に満たされ、他のことばで話し始めました。聖霊が信者たちにこの能力を与えたのです。

5 At that time there were devout Jews from every nation living in Jerusalem.

5 この頃のエルサレムには、あらゆる国から来た信心深いユダヤ人たちが住んでいました。

6 When they heard the loud noise, everyone came running, and they were bewildered to hear their own languages being spoken by the believers.

6 ユダヤ人たちは大きな音を聞くと、みなが走ってやって来て、自分たち自身のことばが信者たちによって話されるのを聞いてうろたえました。

7 They were completely amazed. “How can this be?” they exclaimed. “These people are all from Galilee,

7 ユダヤ人たちは完全に仰天していました。彼らは叫びました。「これはどういうことか。この人たちはみなガリラヤ地方の出身です。

8 and yet we hear them speaking in our own native languages!

8 それなのに私たちは彼らが私たちの国のことばで話すのを耳にしています。

9 Here we are -- Parthians, Medes, Elamites, people from Mesopotamia, Judea, Cappadocia, Pontus, the province of Asia,

9 ここにいる私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポント、アジアの地方、

10 Phrygia, Pamphylia, Egypt, and the areas of Libya around Cyrene, visitors from Rome

10 フルギヤ、パンフリヤ、エジプト、クレネ周辺のリビヤ地方の人たち、そしてローマからの訪問者、

11 (both Jews and converts to Judaism), Cretans, and Arabs. And we all hear these people speaking in our own languages about the wonderful things God has done!”

11 (そこにはユダヤ人もいればユダヤ教への改宗者もいる)、クレテ人、アラビヤ人です。そして私たち全員は、この人たちが私たち自身のことばで、神さまが行ったすばらしい事柄について話すのを耳にしています。」

12 They stood there amazed and perplexed. “What can this mean?” they asked each other.

12 ユダヤ人たちは仰天し、困惑してそこに立っていました。彼らは互いにたずね合いました。「これは何を意味するのだろうか。」

13 But others in the crowd ridiculed them, saying, “They’re just drunk, that’s all!”

13 しかし群衆のなかの他の人たちは「彼らはただ酔っている、それだけの話だ」と言って信者たちをあざけりました。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第2章です。

第1章では、復活して弟子たちに現れたイエスさまが、弟子たちが見守る前で天へと上げられて雲の中に見えなくなりました。弟子たちはエルサレムへと戻って来て、ペテロ主導の下、イエスさまを裏切ったユダに代えてマッテヤを使徒に選びました。

五旬節(ペンテコステ)はユダヤ人の年次の三大祭りのひとつで、過越の祭り(これはイエスさまの十字架刑が執行された時期です)の最後に行われる「収穫の初穂の祭り」から七週間後(50日後)に行われます。別名、「七週の祭り」とも呼ばれます。 私たちのカレンダーでは5~6月頃にあたり、この頃に小麦の収穫が終わりを迎えます。伝統的にモーゼがシナイ山で神さまから律法を授かった出来事に結びつけて祝われます。

五旬節は聖書には次のように書いてあります。Leviticus 23:15-22(レビ記第23章第15節~第22節)です。

「15 あなたがたは、安息日の翌日から、すなわち奉献物の束を持って来た日から、満七週間が終わるまでを数える。16 七回目の安息日の翌日まで五十日を数え、あなたがたは新しい穀物のささげ物を主にささげなければならない。17 あなたがたの住まいから、奉献物としてパン -- 主への初穂として、十分の二エパの小麦粉にパン種を入れて焼かれるもの -- 二個を持って来なければならない。18 そのパンといっしょに、主への全焼のいけにえとして、一歳の傷のない雄の子羊七頭、若い雄牛一頭、雄羊二頭、また、主へのなだめのかおりの、火によるささげ物として、彼らの穀物のささげ物と注ぎのささげ物とをささげる。19 また、雄やぎ一頭を、罪のためのいけにえとし、一歳の雄の子羊二頭を、和解のいけにえとする。20 祭司は、これら二頭の雄の子羊を、初穂のパンといっしょに、奉献物として主に向かって揺り動かす。これらは主の聖なるものであり、祭司のものとなる。21 その日、あなたがたは聖なる会合を召集する。それはあなたがたのためである。どんな労働の仕事もしてはならない。これはあなたがたがどこに住んでいても、代々守るべき永遠のおきてである。22 あなたがたの土地の収穫を刈り入れるとき、あなたは刈るときに、畑の隅まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂も集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」( [新改訳])

Deuteronomy 16:9-12(申命記第16章第9節~第12節)です。

「9 七週間を数えなければならない。かまを立穂に入れ始める時から、七週間を数え始めなければならない。10 あなたの神、主のために七週の祭りを行ない、あなたの神、主が賜わる祝福に応じ、進んでささげるささげ物をあなたの手でささげなさい。11 あなたは、あなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みのうちにいるレビ人、あなたがたのうちの在留異国人、みなしご、やもめとともに、あなたの神、主の前で、あなたの神、主が御名を住まわせるために選ぶ場所で、喜びなさい。12 あなたがエジプトで奴隷であったことを覚え、これらのおきてを守り行ないなさい。」( [新改訳])

第1節、今回の舞台となる信者たちが集まっていた場所は、最後の晩餐が行われたのと同じ家で、その階上の部屋と思われます。前回、信者は約120人いたと書かれていて、全員が一つの家の階上にいるのは不可能かと思われますが、そこはこのまま読み進みましょう。

第2節、信者たちの集まっていた家がとつぜん、天から聞こえてきた、ごうごう言う強風のような音で満たされます。

第3節、そして室内に炎のような、あるいは火の舌のようなものが現われて、信者たちひとりひとりの上にとどまります。恐ろしく、そして不思議な光景です。まるでここだけ旧約聖書を読んでいるみたいです。

第4節にはまず、「全員が聖霊に満たされた」と書いてあります。聖書の霊体は人間の肉体に入り込んで憑依することができます。炎のような、あるいは火の舌のようなものの正体は聖霊で、聖霊が信者のひとりひとりの中に入ってその人を満たしたのです。

何度も書いて来ましたが、「聖霊」は三位一体の位相のひとつです。三位一体とは、父なる神さま、子なるイエスさま、そして聖霊の三つが一つの神さまで、それぞれ別の位相で現れているに過ぎないという考え方です。と言うことは信者が聖霊で満たされた、と言うのは、信者ひとりひとりが神さまで満たされたことになります。信者は人として「罪(Sin)」で汚れた状態だったはずですが、その中に神聖な神さまが侵入し、そして満たしたことになります。その結果、何が起こったか。信者たちはそれぞれが別々の外国語で話し始めたのです。そしてこの能力は聖霊が信者たちに与えたのだと書いてあります。この現象は「異言(いげん)」と呼ばれます。人が一度も学んだことのない外国語や、あるいは何語なのか判別さえ不可能な言語を操ってペラペラと話す超自然現象です。

第5節以降は、ユダヤ人によるこの異言現象の目撃談になります。第5節には「この頃のエルサレムには、あらゆる国から来た信心深いユダヤ人たちが住んでいました」と書かれていますが、この頃、ユダヤ人はパレスチナのみならず、大多数が地中海沿岸の各地に住んでいました。この人たちにとってのエルサレムは神さまの降臨する寺院を持つ聖地であり、可能な限り、年次の三大祭りの折りには巡礼して寺院に参拝していました。そして可能ならば晩年はパレスチナへ戻って、エルサレムの周辺に住みたいと願っていました。「あらゆる国から来た信心深いユダヤ人たちが住んでいました」と言うのは、そうやってエルサレムへ戻ることを実現した人たちということでしょう。第9節以降に書かれているのが、当時、ユダヤ人が住んでいた海外の拠点です。

第7節~第8節で、ユダヤ人たちは、「これはどういうことか。この人たちはみなガリラヤ地方の出身です。それなのに私たちは彼らが私たちの国のことばで話すのを耳にしています。」と驚愕しますが、それはガリラヤ地方の人たちは、イエスさまも含めてアラム語しか話さないことを知っているからです。

第11節、信者たちはいろいろな国の言葉でいったい何を話していたのか。それは「神さまが行ったすばらしい事柄について」なのですね。何しろ、聖霊が信者たちに話させているのですから。それにしても素晴らしいことです。

第13節、ところが見ている人たちの中に、信者たちが酔っているのだ、と言う人たちがいました。次回はこれを聞いたペテロが、聖霊に導かれるままに群衆に向かって話します。



english1982 at 22:00│使徒の働き