ピリピ人への手紙:第2章第19節~第30節:パウロがテモテを推薦する、パウロがエパフロデトを推薦するピリピ人への手紙:第2章

2015年05月11日

ピリピ人への手紙第2章第1節~第18節:キリストの姿勢を持つ、キリストのために明るく輝く

ピリピ人への手紙 第2章



(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Have the Attitude of Christ

キリストの姿勢を持つ

1 Is there any encouragement from belonging to Christ? Any comfort from his love? Any fellowship together in the Spirit? Are your hearts tender and compassionate?

1 キリストに属することで励ましはありますか。キリストの愛の慰めはありますか。霊に於ける親交はありますか。あなた方の心は優しく情け深いですか。

2 Then make me truly happy by agreeing wholeheartedly with each other, loving one another, and working together with one mind and purpose.

2 そうであれば、互いに心から仲良くし、互いに愛し合い、心と目的を一つにして共に働いて、私を本当に幸せにしてください。

3 Don’t be selfish; don’t try to impress others. Be humble, thinking of others as better than yourselves.

3 利己的であってはいけません。他者に見栄を張ろうとしてはいけません。自分自身よりも他者を優れたものと考えて謙虚になりなさい。

4 Don’t look out only for your own interests, but take an interest in others, too.

4 自分の利害だけを追求するのではなく、他の人にも関心を持ちなさい。

5 You must have the same attitude that Christ Jesus had.

5 あなた方はイエス・キリストと同じ姿勢を持たなければなりません。

6 Though he was God, he did not think of equality with God as something to cling to.

6 イエスさまは神さまでしたが、神さまと同等であることにしがみつこうとは考えませんでした。

7 Instead, he gave up his divine privileges; he took the humble position of a slave and was born as a human being. When he appeared in human form,

7 代わりにイエスさまは神としての特権を放棄し、奴隷としての謙虚な地位を選び、人として生まれました。イエスさまが人の姿をもって現われたときには、

8 he humbled himself in obedience to God and died a criminal’s death on a cross.

8 イエスさまは神さまに従順となってかしこまり、十字架で罪人として死にました。

9 Therefore, God elevated him to the place of highest honor and gave him the name above all other names,

9 それゆえに神さまは、イエスさまを最高の名誉の場所へと引き上げ、すべての名に勝る名前を与えました。

10 that at the name of Jesus every knee should bow, in heaven and on earth and under the earth,

10 それはイエスさまの名前によって、天でも地でも地中でも、すべての存在が膝を折り、

11 and every tongue declare that Jesus Christ is Lord, to the glory of God the Father.

11 すべての口がイエス・キリストが主であると宣言して、父なる神さまに栄光を帰すためです。



Shine Brightly for Christ

キリストのために明るく輝く


12 Dear friends, you always followed my instructions when I was with you. And now that I am away, it is even more important. Work hard to show the results of your salvation, obeying God with deep reverence and fear.

12 親愛なる友人たち、あなた方は私が共に居たときにはいつも私の教えに従いました。いま私が離れているときには、それがもっと大切です。あなた方の救いの成果を示すために、深い敬意と畏れをもって神さまに従い、一生懸命働きなさい。

13 For God is working in you, giving you the desire and the power to do what pleases him.

13 なぜなら神さまはあなた方の中で働いて、神さまを喜ばせることをしたいと思う欲求と力を与えています。

14 Do everything without complaining and arguing,

14 何事も不満を言ったり、論じることなく行いなさい。

15 so that no one can criticize you. Live clean, innocent lives as children of God, shining like bright lights in a world full of crooked and perverse people.

15 そうすれば誰もあなたを批判できません。不正直でひねくれた人で一杯の世の中で、明るい光のように輝き、神さまの子供として公明に潔白に歩みなさい。

16 Hold firmly to the word of life; then, on the day of Christ’s return, I will be proud that I did not run the race in vain and that my work was not useless.

16 いのちのことばにしっかりとつかまりなさい。そうすればキリストが戻る日に、私が走ったレースは無駄ではなく、私の仕事は無益ではなかったと、私は自慢できます。

17 But I will rejoice even if I lose my life, pouring it out like a liquid offering to God, just like your faithful service is an offering to God. And I want all of you to share that joy.

17 しかし、あなた方の忠実な奉仕が神さまへの捧げ物であるのと同じように、たとえ私が神さまに捧げる液体の捧げ物を注ぎ出すように自分のいのちを失うとしても私は喜びます。

18 Yes, you should rejoice, and I will share your joy.

18 そうです。あなた方も喜んでください。私はあなた方と喜びを分かち合います。




ミニミニ解説

「Philippians(ピリピ人への手紙)」の第2章です。

第2章はピリピの教会を励ます言葉から始まります。この章の前半部分は、すべてのクリスチャンを励ます素晴らしい言葉になっています。

第1節、まずパウロはピリピの教会にたずねます。イエスさまを信じることで励ましはあるか。イエスさまの愛による慰めがあるか。霊による他の信者との親交はあるか。自分たちの心は優しく情け深いか。

第2節~第5節は、パウロがピリピの教会に送る励ましの言葉です。クリスチャンは互いに心から仲良くし、互いに愛し合い、心と目的を一つにして共に働かなければなりません。

他の教会の手紙にも書かれていたように、人が集えば必ずそこには内紛が生じます。しかしもし信者たちが福音を伝えたパウロを愛し、パウロの幸せを願うならば、自分たちの教会の心と目的を一つにすることで、パウロの命がけの闘争に報いなければなりません。内紛は利己的であることや、他者に対する見栄から始まります。これは自分を謙虚にして、どのような他者も自分より優れたものと考えることで避けられるのです。自分の利害だけを追求するのではなく、他の人の視点に立ち、他者の考え方にも関心を持つことが必要なのです。つまりクリスチャンは自分の利害よりも、神さまの意志を尊重したイエスさまと同じ姿勢を持たなければならないのです。

第6節~第11節は、この手紙の中で、また新約聖書全体でも大変重要な箇所です。この部分はイエスさまが誰かを説明していますが、これはパウロ自身の筆ではなく、当時の多くのクリスチャンによって共有され、各教会の集会で声を合わせて唱えられていたような、そういう文章であることが確認されているからです。

第6節~第7節、「イエスさまは神さまでしたが、神さまと同等であることにしがみつこうとは考えませんでした。代わりにイエスさまは神としての特権を放棄し、奴隷としての謙虚な地位を選び、人として生まれました。」 

まずイエスさまは、ある日普通の人間として生まれた誰かが、自分の努力によって自分の利害よりも神さまの意志を尊重することを貫き、そうやって最後に十字架にかかったことで、神さまから選ばれ、認められた人ではありません。イエスさまはもともと神さまとして天に存在していたのです。その方が、神さまとしてのあらゆる特権を放棄して無力な人の姿をとって地上に立ったのです。それが神さまの意志だからです。人間は、自分から道を外れて神さまの庇護の下から追い出されました。そういう愚かな人間を救済して自分のところへ帰れるようにするためには、神さまの側からの犠牲が必要であると神さまが慈悲深く計画したのです。イエスさまは神でありながら、自分自身がその神さまの計画を実行しようと考え、その通りに歩んだ方なのです。

第7節~第8節、「イエスさまが人の姿をもって現われたときには、イエスさまは神さまに従順となってかしこまり、十字架で罪人として死にました。」

ひとりの人間の姿をとったイエスさまは、神さまに従順な奴隷として神さまの意志に従い、罪人としての判決を受けて十字架にかかって死にました。

第9節、「それゆえに神さまは、イエスさまを最高の名誉の場所へと引き上げ、すべての名に勝る名前を与えました。」

神さまはイエスさまの決断と行動のゆえに、イエスさまを天の自分の右にある最高の名誉の場所へと引き上げ、イエスさまの名前をすべての名に勝る名前としました。

第10節~第11節、「それはイエスさまの名前によって、天でも地でも地中でも、すべての存在が膝を折り、すべての口がイエス・キリストが主であると宣言して、父なる神さまに栄光を帰すためです。」

それはなぜか。それは「終わりの日」に王として再来するイエスさまの名前を聞くとき、天と地と地中に存在するすべての者、つまり天使と、そのときに地上に生きる人間と、死んで復活を待つ人間の全存在が、イエスさまを畏れ、ひざまずき、額を地にこすりつけ、「イエスさまこそが主です」と、自分の口で宣言することによって、すべての栄光が神さまに帰されるように、なのです。

第6節~第11節を[新改訳]でも引用しておきます。

「6 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現われ、8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。9 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、11 すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。」([新改訳]) 。

第12節~第13節、パウロはピリピの信者たちが自分から遠く離れているいまだからこそ、救いの結実を示すときだと言います。だから神さまを敬い、そして神さまを畏れ、一生懸命に働きなさいと言います。それは神さまがピリピの信者たちに働きかけ、神さまを喜ばせることをしたいと思う気持ちと、それを実行する力を与えているからです。

第14節~第15節、パウロは何があっても不満を言ったり、文句をブツブツと言ってはいけないと言います。不満や文句が常に災いの種なのです。否定的なことを口にしなければ、誰もその人を批判できません。世の中は不正直でひねくれた人で一杯です。その中で聖霊を宿したクリスチャンは、明るい光のように輝き、神さまの子供として公明に潔白に歩まなければなりません。

第16節、パウロは「いのちのことば」、福音にしっかりとつかまるように言います。そうすればイエスさまが再来される「終わりの日」に、パウロは自分が福音を伝えた信者たちを、これが自分が走ったレースの成果であると自慢することができます。

第17節~第18節、パウロは苦難の末に、まるで神さまに捧げられる捧げ物のように、自分のいのちが失われることになっても、それを喜ぶと言います。パウロはこのエペソでの投獄を境にして、もしかするとイエスさまは自分が生きている間には再来せず、イエスさまが再来する「終わりの日」には、自分は死者の中からよみがえるグループに入る、そういう可能性を考え始めたようです。つまりエペソの投獄はそれほど過酷だったということでしょう。






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ピリピ人への手紙:第2章第19節~第30節:パウロがテモテを推薦する、パウロがエパフロデトを推薦するピリピ人への手紙:第2章