2016年01月28日

使徒の働きと書簡

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Acts(使徒の働き)

「Acts(使徒の働き)」は新約聖書の中の5番目の本で、四つの福音書と多数の書簡(手紙)の間に位置するユニークな本です。イエスが十字架死~復活を経て天に戻った後、イエスの直弟子の使徒たちをリーダーとして初期の教会がどのように形成されていったか、その様子を綴っています。

「Acts(使徒の働き)」を記述したのはルカで、「Gospel of Luke(ルカの福音書)」と「Acts(使徒の働き)」の二冊は前編と後編の関係にあります。つまり前編の「Luke(ルカの福音書)」がイエスについて十字架死~復活までを書き、後編の「Acts(使徒の働き)」は復活したイエスが天へ戻った後の出来事を書いています。

ルカがどういう人物であったのか聖書の中に詳しい記述はありませんが、ルカの文章は自然体で読みやすく、同時に十分な知識に裏付けされたギリシア語で記述されています。「Luke(ルカ)」という名前はギリシア名で、ルカは異邦人(ユダヤ人から見た外国人)でした。ルカは福音書の中でも「Acts(使徒の働き)」の中でも、出来事を記述する際にはそのときの皇帝や総督、大祭司などの名前を記して世界史との関連が客観的にわかるように配慮しています。

ルカはパウロの伝道の旅に同行したことで知られていますが、旅程の記述にあたっても福音書のイエスの誕生の場面でマリアとヨセフには泊まる宿がなかったという記述から始まって、イエスやパウロの一行が滞在した場所を事細かに書くなど歴史の記述者としての手腕を発揮しています。

「Acts(使徒の働き)」のテーマはいくつかありますが、代表的なテーマとしてはもともとイスラエル国内に住んでいてヘブライ語(アラム語)を話すユダヤ人による教会と、イスラエル国外に住みヘブライ語に加えてギリシア語を話すユダヤ人の教会の関係が挙げられます。この二つの教会がそれぞれ何にこだわりどのように和解したのか、この初期の教会の形成期に明らかになった「こだわり」は今日のクリスチャンの間でも「信仰」に関するテーマとしてしばしば挙げられます。

ですが「Acts(使徒の働き)」の最大のテーマはイエスが天に戻った後の信者たちがどのようにイエスに関する真実を伝えたか、どのように苦難に立ち向かい勝利を収めたかです。イエスに関する福音は地理的にも民族的にも次々と壁を越えて拡がっていきます。そして信者による福音の拡大を助けた「聖霊(Holy Spirit)」についても、その訪れから始まり、様々な働きが各所に描かれています。




Epistles(書簡)

「Epistles(書簡)」は「Letters(手紙)」のことです。「書簡」を辞書で引くと「『手紙』の意の漢語的表現」と書かれていて(新明解国語辞典)、なんだか形式張った堅苦しい雰囲気がありますが、英単語の「Epistles」も「Letters」に比べると形式張った印象を与えます。

新約聖書には22冊の「Epistles(書簡)」が収められていて、記述者と合わせて一覧にすると次のようになります。

Epistles(書簡)記述者誰?
1Romans(ローマ人への手紙)パウロ後の使徒
21 Corinthians(コリント人への手紙第1)パウロ後の使徒
32 Corinthians(コリント人への手紙第2)パウロ後の使徒
4Galatians(ガラテヤ人への手紙)パウロ後の使徒
5Ephesians(エペソ人への手紙)パウロ後の使徒
6Philippians(ピリピ人への手紙)パウロ後の使徒
7Colossians(コロサイ人への手紙)パウロ後の使徒
81 Thessalonians(テサロニケ人への手紙第1)パウロ後の使徒
92 Thessalonians(テサロニケ人への手紙第2)パウロ後の使徒
101 Timothy(テモテへの手紙第1)パウロ後の使徒
112 Timothy(テモテへの手紙第2)パウロ後の使徒
12Titus(テトスへの手紙)パウロ後の使徒
13Philemon(ピレモンへの手紙)パウロ後の使徒
14Hebrews(ヘブル人への手紙)不明-
15James(ヤコブの手紙)ヤコブイエスの弟
161 Peter(ペテロの手紙第1)ペテロ十二使徒
172 Peter(ペテロの手紙第2)ペテロ十二使徒
181 John(ヨハネの手紙第1)ヨハネ十二使徒
192 John(ヨハネの手紙第2)ヨハネ十二使徒
203 John(ヨハネの手紙第3)ヨハネ十二使徒
21Jude(ユダの手紙)ユダイエスの弟
22Revelation(ヨハネの黙示録)ヨハネ十二使徒
Epistles(書簡)記述者誰?


 
パウロの書簡(13通)

22の書簡のうち最初の13通はパウロの手紙です。

パウロを「後の使徒」と書いたのはペテロとヨハネがイエスが最初に選んだ12人の使徒に含まれていたのに対し、パウロはただ一人イエスから後に呼ばれた使徒だからです。パウロはイエスが復活して天に戻った後、最初は初期の教会を迫害していた側です。ファリサイ派の急先鋒として教会を襲い、信者を逮捕しては投獄するという攻撃を繰り返し、教会から恐れられていました。同じ目的で現シリアのダマスカスの教会を次の標的に定めての旅行中、パウロは復活したイエスと遭遇し、「異邦人へ福音を伝える器」としてイエスから使徒として呼ばれます。

パウロの手紙の内容を記述された順に簡単に説明します(記述年の解釈は様々ですが代表的なものを採用しています)。各本の名前の前に書かれている番号は上の表中の番号です。


46~48年がパウロの第1回目の伝道の旅です。小アジア、現在のトルコ南部を回りました。

4). Galatians(ガラテヤ人への手紙) :49年頃。パウロが第1回目の伝道の旅(46~48年)で訪れたガラテヤ地方南部(現在のトルコ共和国南部)の教会に宛てた手紙。パウロが去った後、同地を訪れたユダヤ主義者が「異邦人がイエスによる福音を受け入れるためには、ユダヤの律法に従わねばならない(たとえば割礼を受けなければならない)」と教えたが、それは誤りだと証明するための手紙。


50年、パウロの第1回目と第2回目の伝道の旅の間にエルサレムで会議が開かれています。この会議でエルサレムのユダヤ人の教会とパウロの伝道で発展した異邦人の教会が和解しました。

その後、50~52年がパウロの第2回目の伝道の旅です。トルコ南部からギリシアへ回りました。

8). 1 Thessalonians(テサロニケ人への手紙第1) :51年頃。パウロがテサロニケの教会に宛てた手紙。信仰を強めイエスは必ず再来すると教えるための手紙。

9). 2 Thessalonians(テサロニケ人への手紙第2) :51~52年頃。パウロがテサロニケの教会に宛てた手紙。イエスの再来の理解について正しく整理して教えるための手紙。


53~57年がパウロの第3回目の伝道の旅です。トルコ南部からギリシアへ回りました。

2). 1 Corinthians(コリント人への手紙第1) :55年頃、パウロの第3回目の伝道の旅(53~57)の終盤に訪れたエペソで記述。宛て先はパウロが第2回目の伝道の旅(50~52年)の途中に設立したコリントの町の教会。コリントは当時の大きな港町。商業の中心地でもあり、偶像崇拝や道徳の乱れも顕著だった様子。異邦人が中心のコリントの教会内部ではパウロが去った後に様々な問題が発生しており、パウロはこの手紙の中でそれらの問題点を明確にし、それぞれどのように解決すればよいかを示唆している。またクリスチャン全般に対して俗な世の中で生きていく方法を教えている。この手紙は実際はパウロがコリントへ宛てた手紙の二通目にあたる(一通目は見つかっていない)。

3). 2 Corinthians(コリント人への手紙第2) :55~57年頃、パウロの第3回目の伝道の旅(53~57)の終盤にマケドニア地方のどこかで記述。パウロは前回の手紙では強い口調でコリントの信者を教え諭した。信者の大半はこれを前向きに受け止めたが中にはパウロの立場を疑う者もいた。これらの批判や疑惑に対しパウロは自身の伝道活動の趣旨について改めて説明し、自身の使徒としての権威を証明すると共に、福音に反する教えを行う偽の教師の誤りを指摘している。

1). Romans(ローマ人への手紙) :57年頃、パウロの第3回目の伝道の旅(53~57)の終盤、コリントにてエルサレムへ向かう準備をしているときに記述。宛て先はローマにいる信者たち。パウロはこの時点では帝国の首都ローマを訪れていないが明らかに次の目的地として心を決めている様子で、手紙の中では自身を紹介すると共にパウロがローマに着いたら伝えたいこと、つまり自分が日頃伝えている福音と信仰に関するメッセージをひととおり説明する内容になっている。読み手のローマの教会の構成員はほとんどがユダヤ人だが異邦人も多数含まれていた。


57~59年、パウロは捕らえられてCaesarea(カイザリア)で監禁状態に置かれます。皇帝への上訴が認められたパウロは59年にローマへ護送されます。皇帝との謁見を待つ間、パウロは引き続きローマで監禁されます。

5). Ephesians(エペソ人への手紙) :60年頃、ローマにて投獄中にパウロからエペソの教会に宛てた手紙。パウロは第2回(50~52)及び第3回(53~57)の伝道の旅でエペソを訪れており、延べ三年以上滞在していることからエペソの教会には特別の思い入れがあるらしい。この手紙は「教会」を救世主イエスの体として位置づけ、教会の性質や目的を説明してエペソの教会を勇気づける内容になっている。

7). Colossians(コロサイ人への手紙) :60年頃、ローマにて投獄中にパウロからコロサイの教会に宛てた手紙。コロサイは小アジアでエペソから300kmほど東にある町でパウロは一度も訪れたことがない。が、コロサイの教会設立の中心になったエパフラス他はパウロの伝道の旅で福音を知った人たち。教会にはキリスト教と異なる教えを説く偽の教師が入り込み、キリスト教に異教や世俗の哲学を融合させようとして教義上の危機を迎えている。パウロは手紙の中でイエスの福音だけが神さまとの関係を修復するために必要かつ十分な条件であると説明する。

13). Philemon(ピレモンへの手紙) :60年頃、ローマにて投獄中にパウロからコロサイの町に住むピレモン個人に宛てた手紙。ピレモンの元から逃げてきた奴隷のオネシモについて、オネシモを許し同じ信仰を持つ兄弟として迎えるようにと伝える手紙。当時ローマ帝国支配下の社会では裕福な市民が奴隷を持つことは一般的だった。パウロは奴隷制度を否定するのではなく、奴隷であるオネシモに兄弟として接することを伝えている。

6). Philippians(ピリピ人への手紙) :61年頃、ローマにて投獄中にパウロからピリピの教会に宛てた手紙。ピリピの教会はパウロがアジアからヨーロッパに入って最初に設立した教会で、第2回目の伝道の旅(50~52)の途上で設立した。ピリピの教会は投獄中のパウロへの贈り物を教会のメンバーに託して届けた。パウロは手紙の中で感謝の意を示すと共にイエスを信仰することの喜びを伝えて励ましている。


62年、パウロが一時監禁状態を解かれます。

10). 1 Timothy(テモテへの手紙第1) :64年頃、ローマかあるいはマケドニアのどこか(恐らくピリピ)から若いリーダーのテモテ個人へ宛てた手紙。パウロは一時期投獄を解かれたようで、この手紙は最後の投獄前に書かれている。テモテはパウロと常に行動を共にした側近の一人。パウロはエペソの教会で誤った教えを説く偽の教師に対抗させるためテモテを派遣し、テモテは恐らくエペソの教会でしばらくの間リーダーとして過ごしていたところ。パウロはテモテを訪ねたいと願っていたが訪問に先立ってこの手紙をしたためた。手紙の中でパウロはテモテを励ますと共に先生として教えている。

12). Titus(テトスへの手紙) :64年頃、ローマかあるいはマケドニアのどこか(恐らくピリピ)からテトス個人へ宛てた手紙。テトスはパウロの伝道に触れてイエスを信じるようになったギリシア人。パウロはクレテ島へテトスを派遣して当地で教会を設立し、その後の面倒を見させようとした。手紙の中ではその方法が示されている。


パウロは再度ローマにて監禁されます。

11). 2 Timothy(テモテへの手紙第2) :66~67年頃、ローマにて最後の投獄中にパウロからエペソの教会にいるテモテ個人へ宛てた手紙。パウロの最後の手紙で、この手紙の直後パウロはローマ皇帝ネロによって処刑されたと思われる。このとき皇帝ネロの迫害を受けてローマで投獄中のパウロに付き添っているのはルカだけになっていた。パウロは自分の後継者としてテモテを指名するような書き口でテモテを励まし、伝道活動のバトンを次世代の若いリーダーへ託している。またパウロは身の回りの持ち物を持ってきてくれるようにとテモテに頼んでいる。


67年頃、パウロは処刑されて殉死します。



Hebrews(ヘブル人への手紙)

14). Hebrews(ヘブル人への手紙) :「Hebrews(ヘブル人への手紙)」は記述者が不明の手紙です。憶測は諸説あります。個人的には内容からの推理ではパウロが最も有力ですが書き口が他の手紙とあまりにも異なります。とすると書き口の観点からはアポロが有力なのかも知れないとも思いますが、何しろ他にアポロの本がないので比べようがありません。でも実は誰が記述者であるかは問題ではなくて、とにかく「ヘブル人への手紙」は卓越した本です。記述されたのはエルサレムが崩壊した西暦70年の前あたり。宛て先は恐らくユダヤの律法主義からイエス信仰へと改宗したが、ユダヤ人とローマ帝国の双方からの激しい迫害を受けて、再びユダヤ主義へ戻ろうかとグラグラしているユダヤ人たちではないかと思われます。記述者はこの人たちに向けてイエスが聖書が約束した救世主であり、イエスを通じた救済の計画がどれほど論理的に聖書に基づいているかを説明しています。「ヘブル人への手紙」とタイトルされていますが内容的には説教です。



イエスの弟による手紙(2通)

15). James(ヤコブの手紙) :49年頃(50年に開かれたエルサレム会議の前)、イエスの弟でエルサレムの教会のリーダーを務めていたヤコブから、イスラエル国外に住んでいてイエス信仰へと改宗したユダヤ人に宛てた手紙。表面的かつ偽善的な慣習を批判し、真のクリスチャンのあるべき姿を伝えています。

21). Jude(ユダの手紙) :恐らく65年頃、イエスの弟のユダからイエス信仰へと改宗したユダヤ人に宛てた手紙。信仰を正しく堅く守り異端を排除するようにと警戒を促す手紙。教会は一世紀にスタートした直後から異端や誤った教えの脅威にさらされていました。



ペテロの手紙(2通)

16). 1 Peter(ペテロの手紙第1) :62~64年頃、ペテロから迫害でエルサレムを追われ小アジアに散り散りになった信者に宛てた励ましの手紙。恐らくローマにて記述。この頃ローマ皇帝ネロの迫害が激しくなり、ローマ帝国内のあちこちでクリスチャンは拷問にかけられ殺されていきます。エルサレムにいた信者たちは次々とパレスチナの外へ脱出しました。ちなみにペテロも最終的にこの迫害の中で処刑されました。

17). 2 Peter(ペテロの手紙第2) :67年頃(「ペテロの手紙第1」の三年後)、ペテロからすべての教会とすべてのクリスチャンに宛てて、異端を警戒せよ、信仰を育みイエスに関する知識を備えなさいと伝える手紙。本当にペテロが書いた手紙なのかについて最後まで議論され、結果として新約聖書に最後に加わった手紙です。



ヨハネの手紙(4通)

18). 1 John(ヨハネの手紙第1) :85~90年頃、エペソの教会でリーダーを務めていたヨハネが記述した手紙。特別に宛て先は書かれておらず、牧師のヨハネがいくつかの異邦人のグループへ宛てて信仰を正しく守り異端を警戒せよと書き送った手紙。ヨハネは「愛の使徒」と呼ばれ、この手紙は最初から最後まで愛で貫かれている。また「ヨハネの福音書」を想起させる部分も多い。

19). 2 John(ヨハネの手紙第2):後で書きます。

20). 3 John(ヨハネの手紙第3):後で書きます。

22). Revelation(ヨハネの黙示録):後で書きます。

 




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