2015年08月04日

使徒の働き第28章第17節~第31節:パウロが警護の下にローマで伝道する

第28章




(英語は[NLT]、日本語は私の拙訳です。)


Paul Preaches at Rome under Guard

パウロが警護の下にローマで伝道する


17 Three days after Paul’s arrival, he called together the local Jewish leaders. He said to them, “Brothers, I was arrested in Jerusalem and handed over to the Roman government, even though I had done nothing against our people or the customs of our ancestors.

17 パウロの到着から三日後、パウロはローマのユダヤ人の指導者たちを集めました。パウロは指導者たちに言いました。「兄弟たち、私はエルサレムで逮捕されてローマ政府に渡されました。私は私の国民に対しても先祖の慣習に対しても、何一つ背くようなことはしていないのにです。

18 The Romans tried me and wanted to release me, because they found no cause for the death sentence.

18 ローマ人は私を裁判にかけ、私を死刑にする理由を何も見つけなかったので、私を釈放したいと思いました。

19 But when the Jewish leaders protested the decision, I felt it necessary to appeal to Caesar, even though I had no desire to press charges against my own people.

19 ところがユダヤ人指導者たちがその決定に反対したので、私は皇帝に上訴する必要があると感じました。私の国民を告発したいという願望はまったくありません。

20 I asked you to come here today so we could get acquainted and so I could explain to you that I am bound with this chain because I believe that the hope of Israel -- the Messiah -- has already come.”

20 本日、あなた方にここに来て欲しいとお願いしたのは、互いに知り合いになり、私がイスラエルの希望である救世主がすでに来ていると信じていることで、この鎖につながれている説明できるようにです。」

21 They replied, “We have had no letters from Judea or reports against you from anyone who has come here.

21 指導者たちは答えました。「私たちはユダヤから何の手紙も受け取っていませんし、ここに来た誰からもあなたを悪く言う報告を受けていません。

22 But we want to hear what you believe, for the only thing we know about this movement is that it is denounced everywhere.”

22 ですが私たちはあなたが信じていることを聞きたいのです。と言うのは、この動きについて私たちが知っているのは、それがあらゆる場所で非難されているということだけだからです。」

23 So a time was set, and on that day a large number of people came to Paul’s lodging. He explained and testified about the Kingdom of God and tried to persuade them about Jesus from the Scriptures. Using the law of Moses and the books of the prophets, he spoke to them from morning until evening.

23 そこで日取りが決められ、その日には大勢の人々がパウロの宿にやって来ました。パウロは神さまの王国について説明し証言し、イエスさまのことについて人々を聖書から説得しようと試みました。モーゼの律法と預言者たちの本を使ってパウロは朝から晩まで人々に話しました。

24 Some were persuaded by the things he said, but others did not believe.

24 中にはパウロの言ったことによって説得された人もいましたが、他の人たちは信じませんでした。

25 And after they had argued back and forth among themselves, they left with this final word from Paul: “The Holy Spirit was right when he said to your ancestors through Isaiah the prophet,

25 人々は自分たちであれこれと議論した後、パウロの次の最後の言葉を聞いて帰りました。「聖霊が預言者イザヤを通じてあなた方の父祖たちに言ったとき、聖霊は正しかったのです。

26 ‘Go and say to this people: When you hear what I say, you will not understand.
When you see what I do, you will not comprehend.

26 『行ってこの民に告げなさい。私の言うことをあなた方が聞くとき、あなた方は決して理解しない。私のすることをあなた方が見るとき、あなた方は理解しない。

27 For the hearts of these people are hardened, and their ears cannot hear, and they have closed their eyes -- so their eyes cannot see, and their ears cannot hear, and their hearts cannot understand, and they cannot turn to me and let me heal them.’

27 なぜならこの民の心は無感覚にされ、耳は聞くことが出来ず、目は閉じている。それは彼らの目が見られないように、彼らの耳が聞こえないように、彼らの心が理解できないように、そして彼らが私に立ち返り、私に彼らを癒やすことができないように、である。』

28 So I want you to know that this salvation from God has also been offered to the Gentiles, and they will accept it.”

28 ですから私はあなた方に知っておいていただきたいのです。この神さまからの救いは異邦人にも差し出されています。そして異邦人は受け入れるでしょう。」

29 (And when he had said these words, the Jews departed, greatly disagreeing with each other.)

29 {そしてパウロがこれらの言葉を言うと、ユダヤ人たちは互いに激しく意見に反対し合いながら帰って行きました。}

30 For the next two years, Paul lived in Rome at his own expense. He welcomed all who visited him,

30 次の二年の間、パウロは自費でローマに住みました。パウロは訪ねてくる人たち全員を歓迎しました。

31 boldly proclaiming the Kingdom of God and teaching about the Lord Jesus Christ. And no one tried to stop him.

31 そして大胆に神さまの王国をのべ伝え、主イエス・キリストについて教えました。誰もパウロを止めようとはしませんでした。




ミニミニ解説

「使徒の働き」の第28章、最終章の最終回です。

パウロは困難の末、前回ようやくローマに到着しました。

第17節~第20節、パウロはローマに到着して三日すると、いつものように現地のユダヤ人のコミュニティと接触し、最初に指導者たちを招きます。自分がローマに来た経緯を話し、自分の信じていることを話したいと伝えます。

第21節~第22節、指導者たちはパウロの話を聞きたいと言います。指導者たちは「私たちはユダヤから何の手紙も受け取っていませんし、ここに来た誰からもあなたを悪く言う報告を受けていません。」と言いますが、この記述は耳を疑います。あれほど執拗にパウロを追いかけ、追い詰めるユダヤ人たちが、果たしてパウロの移送先であるローマへ先回りして手を打たないでいるでしょうか。

第23節~第24節、いずれにしてもパウロの話を聞く機会が設定され、その日にはローマに住む多くのユダヤ人たちがパウロの話を聞きます。パウロは朝から晩まで熱心に話し続けます。パウロの説明を受け入れた人もいましたが、ほとんどのユダヤ人は受け入れません。

第25節~第27節は、「Isaiah(イザヤ書)」、第6章に書かれている神さまの呪いの言葉です。預言者イザヤは神さまから見せられる幻の中でこの呪いの言葉を聞きます。第6章全体を引用します。

「1 ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、2 セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、3 互いに呼びかわして言っていた。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」 4 その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた。5 そこで、私は言った。「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。」 6 すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。7 彼は、私の口に触れて言った。「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」 8 私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」 9 すると仰せられた。「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』 10 この民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返っていやされることのないように。」 11 私が「主よ、いつまでですか」と言うと、主は仰せられた。「町々は荒れ果てて、住む者がなく、家々も人がいなくなり、土地も滅んで荒れ果て、12 主が人を遠くに移し、国の中に捨てられた所がふえるまで。13 そこにはなお、十分の一が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときのように。しかし、その中に切り株がある。聖なるすえこそ、その切り株。」([新改訳])。

ユダヤの民の心があまりにも頑固で、いつまでも神さまの言うことに耳を傾け、神さまに向き直ろうとしないので、聞いても悟ることのないように、見ても知ることのないように、立ち返っていやされることのないように、神さまがユダヤの民に呪いをかけたのです。

第28節、パウロはユダヤ人たちが福音を受け入れない様子を見て、福音は異邦人にも開かれていることを告げます。

第30節~第31節、パウロは次の二年間をローマで過ごしたとあります。かなり平安に過ごしたように書かれていますが、この時代のパウロの書簡は残っていませんから、逆に厳しい獄中生活を強いられていた可能性もあります。二年の後、パウロに何が起こったのかは書かれていません。またそれを証拠付ける文献も限られます。ローマで処刑されたとする説と、さらに西進してスペインにまで到達したという説があります。

ちなみにパウロの上訴は西暦60年前後で、そのときのローマ皇帝は第5代皇帝のネロです。在位は西暦54年~68年。

これで「Acts(使徒の働き)」は終了です。



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2015年08月03日

使徒の働き:全体目次

使徒の働き


はじめに
第01章 第02章 第03章 第04章 第05章
第06章 第07章 第08章 第09章 第10章
第11章 第12章 第13章 第14章 第15章
第16章 第17章 第18章 第19章 第20章
第21章 第22章 第23章 第24章 第25章
第26章 第27章 第28章
全体目次 




第1章






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2015年07月31日

ローマ人への手紙:はじめに

ローマ人への手紙


はじめに
第01章  第02章  第03章  第04章  第05章
第06章  第07章  第08章  第09章  第10章
第11章  第12章  第13章  第14章  第15章
第16章
全体目次




「Romans (ローマ人への手紙)」は新約聖書の六番目の本で、パウロによって書かれています。

パウロはユダヤ人の両親を持つ純血のユダヤ人で、キリキヤ州のタルソという、現在はトルコ共和国にある町で生まれました。イスラエルの国外に住んでいたいわゆるディアスポラ系のユダヤ人です。

パウロはエルサレムで1、2を争うガマリエルという高名な教師の下でマンツーマンの厳しい宗教教育を経て聖書の教師となり、ファリサイ派に所属しました。ファリサイ派は主に聖書の教師によって構成され、厳格に旧約聖書の律法を守ることで知られた保守派閥でした。ファリサイ派は同胞のユダヤ人たちから広く尊敬を集め、サンヘドリンというユダヤの最高議決機関に議席も持っていました。

さてこの時代、イスラエルはローマ帝国に支配されていました。ローマ帝国は、帝国に対する反逆罪に対しては、十字架刑という歴史上もっとも残酷な死刑を課して見せしめとしていましたが、当時、この十字架刑に処されて殺されたイエス・キリストという人物が、死者の中から復活したと主張し、このイエス・キリストを救世主として崇める人たちが現れて、エルサレムのみならず、ユダヤ人の住む大きな町で信者を増やしつつありました。

旧約聖書の律法に最高の権威を与えるファリサイ派は、律法を軽視するような発言をするイエス・キリストの信者たちを弾圧する立場にありました。パウロはファリサイ派の急先鋒として、この道の信者の迫害に燃え、教会を次々と襲っては信者に鎖を掛けてエルサレムの宗教裁判へと引き立てていました。

ところがある日、次の襲撃の標的に定めたシリアのダマスコの教会を目指して進んでいるとき、パウロは当のイエス・キリストに遭遇するのです。パウロはキリストに出会った瞬間、キリストこそが主であると悟ります。律法の教師として旧約聖書に精通するパウロは、死者の中から復活して自分の前に現れたキリストに出会って、旧約聖書の律法書や預言書の聖句の数々が、ことごとくキリストを救世主として指し示すこと、キリストこそが旧約聖書に秘められた奥義であると理解したのです。パウロはキリスト本人から、福音を伝える使徒して指名されると、立場を180度反転させ、直ちに福音伝道の活動を開始します。

パウロは合計で三回、現在のトルコ共和国とギリシヤを巡る伝道旅行を行い、町々でキリストを通じた神さまによる救済の計画、すなわち「福音」を伝えました。各町で信者を獲得すると、その地のリーダーを指名して教会を設立して行きます。

パウロには敵が大勢いました。まずはパウロが元々所属していたファリサイ派の人たち。この人たちはパウロがキリスト教の教会を襲撃したのと同じように、クリスチャンとなったパウロを殺害しようと命を狙いました。それからトルコ共和国やギリシヤの各地で、ギリシヤ神話の宗教を種に商売をしていた人たち。この人たちから見ればパウロは自分たちの商売を邪魔する存在でした。

それからクリスチャンと自称しながら、実はパウロとは異なる種類の福音を伝えていた人たち。この人たちが一番厄介なのです。まず、「割礼派」とか「ユダヤ主義者」と呼ばれた人たちは、ユダヤ人ではない外国人(異邦人)がクリスチャンになるためには、最初にユダヤ人になる必要があると主張して、旧約聖書の律法が定める「割礼」の儀式を受けることを異邦人に強要しました。それからキリスト教に修養的な考えを持ち込み、キリスト教からキリストの十字架を切り離して、信仰を霊的な悟りのようなものに置き換えようとする人たちも現れ始めていました。

神さまによる人類救済の計画は、神さまが人類に無償で与えたものです。それを受け入れるために必要な条件はひとつもありません。最初にユダヤ人になる必要があるとか、修養を積んで悟りを開く必要があるとか、そういう考えは福音を歪めてしまいます。パウロはこういう主張をする人たちと徹底的に戦い、そのために命も狙われました。パウロはキリストから受けた使命を全うすることに自身を捧げ、主に異邦人に福音を伝えると共に、福音を正しい形のままに守るために戦い続けました。パウロが信じ伝えた福音が、今日、新約聖書の中に「パウロ書簡」として編纂されたおかげで、私たちクリスチャンは福音を正しく理解することができるのです。

さて「Romans (ローマ人への手紙)」はパウロが第三回目の伝道旅行の最後に、三ヶ月にわたってコリントに滞在したときに書かれたとされます。西暦55年の暮れから56年にかけての冬のことです。

パウロは長く、ローマに行きたいと切望していました。西暦41年~54年まで第四代のローマ皇帝だったクラウディウスは、西暦49年にユダヤ人をローマから追放しました。パウロは、この迫害を逃れてローマからコリントへ来ていたアクラとプリスキラの夫婦と第二回目の伝道旅行のときに出会い、以来、親交を深めます。西暦54年にクラウディウスが暗殺されて皇帝がネロに代わると、クラウディウス帝のユダヤ人追放令は解除され、アクラとプリスキラの夫婦も含めてユダヤ人たちは徐々にローマに戻りつつありました。

パウロはこの手紙を書いている日までローマに行ったことはありません。「Romans (ローマ人への手紙)」を除く他のパウロの書簡は、自分が過去の伝道旅行で設立した教会の信者たちに宛てて、信者たちを励まし、教え、そしてパウロの敵たちが説く「異なる福音」から信者たちを守る目的で書かれていますが、「Romans (ローマ人への手紙)」は自分が一度も行ったことのない土地の信者に向けて書かれます。

そのため、「Romans (ローマ人への手紙)」はパウロが命をかけて伝え守ってきたキリストに関する福音の集大成になっています。ローマは自分の行ったことのない土地、自分が福音を説いたことのない土地ですから、ローマの信者たちには、自分がいつも伝道旅行で説いて教えているように、福音とは何であるかを文章で丁寧に伝えなければなりません。そして福音を正しく理解してもらうことで、これからローマへと容赦なく入り込むであろうパウロの敵たちが説く嘘の福音から、なんとしてもローマの信者たちを守りたいのです。

注目すべきはこの手紙が書かれた西暦55年は、新約聖書の中のどの福音書の記述年よりも前だと言うことです。新約聖書の構成は、キリストの生涯を描く四つの福音書から始まり、次にキリスト復活後を描く「使徒の働き」へと続きます。「使徒の働き」の後半ではパウロの伝道活動が語られて、その次に登場するのが今回の「Romans (ローマ人への手紙)」です。新約聖書を最初から順番に読み進めていくと、「Romans (ローマ人への手紙)」は時間軸として一番最後に書かれたものと言う印象を持ってしまいがちです。が、パウロがローマの信者たちに宛てて、キリストの真実を論理的に説明する「Romans (ローマ人への手紙)」は、実は一番最初に書かれた文書であり、内容はずばり、「パウロによる福音書」になっているのです。

全体の構成は、第1章~第8章がパウロによる福音書、第9章~第11章はユダヤ人について、第12章~第15章前半はクリスチャンの生き方、クリスチャンの心得のような話、第15章後半~第16章が手紙の結びになります。

それでは「Romans (ローマ人への手紙)」を読んでいきましょう。


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